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呪いのタコ焼き


 夏休み最後の日曜日、俺はすっかり日が落ちるのが早くなった夕焼け空を見上げながら、夏祭り会場近くの公園で、藍を待っていた。


 藍の私服姿は……初めて見ることになる。いや、藍の私服姿もそうだが、中学になると制服か体操服で登下校するから、女子の私服なんて殆ど見たことがない。

 去年は……浴衣姿の夏川奈緒を見て、何も声を掛けられず、話すことすら出来ず、早くに一人バスに乗って帰った思い出がある。それでもあの頃は、当て物をやったり流しそうめんを食べたりするだけで夏祭りは楽しいと思っていた。友達と食べ歩きするのが楽しいと感じていた。


 今年は……それ以上に楽しみになっている自分に気付く……。


 浴衣ではないが、すらりとした都会感溢れる紺色の……服とスカートがくっ付いた服……。

 ――ええっと、ワンピースだ! 膝と肩がそれぞれ少しだけ見えているのが、浴衣よりもググっと大人っぽく見える。髪は少し上げて結んでいて、学校で見る時とは……別人のようで、声を掛けられるまで藍だと気が付かなかった……。


「匠、お待たせ」

「うわ! え、え、もしかして和木合さん?」

 自分の驚き方に引いてしまいそうになる……。クスクス笑う和木合さん……じゃなくて、藍。

 本当に同じ中学二年生なのかと疑ってしまう。俺はジーパンと白色のTシャツ。無地。

「どう? 可愛い?」

「……」

 どうした俺、勇気を出さなきゃ言えない言葉なんかじゃないだろ、「可愛い」なんて。なのに、なのに、どうしてもその一言が咄嗟に出てこない。

 そしてまた顔だけが赤くなり、白のTシャツに染みが出来てしまうのではないかと恐怖するくらい汗が出てくる。

 そしてまた、それを見て藍が笑っているのが……ぐやじい……。


 敗北感と高揚感、期待感と緊張感、もう何が何だか分からなくなるような気分だ……。

 まるで、あの時王子様に呪われそうになったような気分だ! 誰か助けてと言いたくなってしまう。


「もう、バカみたいに赤くなっちゃって。可愛い」

「……あ、ああ」

 先に言われてしまった……のか。

「じゃあ、行こうか」

「ああ」

 そっと出された手を、最初はどうしていいのか分からなかった。傷跡はもう塞がり、目立たない肌色の絆創膏が貼ってある。

「ぼうっと見てないで、繋ごうよ。手」

「あ、あーあ。そうか」

 二人きりなら簡単に手を繋げる。なんせ、夏休み中ほぼほぼ毎日触れ合っていた藍の手だ。

 優しく握ると、優しく握り返してくれる藍の手の感触は、出来立ての葛餅(くずもち)のように温かくてスベスベしている。


 ようやく謎が解けた……。「王子様」が呪いの遊びなのにやめられなかった本当の理由……。簡単だった。呪いなんて物騒なものではなく、俺はただ藍の手に少しでも長く触れていたかったからか――。

 藍と手を繋ぐことに、なんの抵抗も感じない……と思っていたが、いざ手を繋いで歩いていると、自分の汗が気になって気になって、嫌になってしまう~。

 俺が気付くぐらいなんだから、藍だってきっと気付いているハズだ。一番最初に王子様をやったあの日、「手汗が気持ち悪いでしょ!」って言われたのがトラウマのように蘇ってくる。ますます汗が出る。


 それに腕も汗ばんでいて、藍の腕にくっ付き、藍の汗を感じ……また汗が出てくる。


 これは無限ループだ! ……堂々巡りだ!


「どうしたの? また顔赤いよ?」

「なんでもない」

 もう祭りの会場は目の前だ。たくさんの提灯が明るくて……もし誰か知っているやつに見られたら、俺と藍が手を繋いで祭りに来ていたとバレてしまう。冷やかされてしまう――。

「あー、もしかして恥ずかしい? 匠、可愛い」

「恥ずかしくなんかない。俺は大人だ」

 嘘です……。滅茶苦茶恥ずかしいです。女子と手を繋ないで歩くなんて。それに、男子に向かって可愛いなんて言うなと反論すらできない……。



 祭りの会場は役場前の大きな駐車場だ。

 中央には四角い(やぐら)が組んであり、その上には大太鼓とマイクが設けられ、地元で古くから踊られている盆踊りを歌い手の爺さんが歌い、別の若者が太鼓を叩いている。そこをぐるりと輪になって浴衣姿の人達が無言で踊る。


 ……日が落ちたとは言え、まだ暑い中での盆踊り……。いったい何が楽しいというのだろう。

「わあ……盆踊り! 凄く楽しそうね」

「……そんな微塵も思ってないこと、言わなくていいぞ」

 ペロッと舌を出すなっつーの。

 夏祭りが楽しいと誘っておいてなんだが……、俺達子供にとっての楽しみは、屋台の食べ物と当て物屋のクジ引きぐらいなのだ。

「匠は踊れるの? 盆踊り」

「……ああ。この辺りの小学校では運動会の最後に必ず盆踊りを踊らされるからなあ。小学に入れば強制的に教えられるのさ」

 歌詞は覚えてないけれど、長くて暑いのだけはよく覚えている。

「ふーん。いいなあ、そういうのって……」

 ……いいのか? そういうのって、本当にいいものなのか?

「教えてよ。私も踊りたい」

「い、いや、やめとこう。それに、踊るんだったら浴衣を着てないと、ワンピースで踊るのはちょっとおかしいよ」

 大勢の目を引いてしまう――。美人だから注目の的になってしまう――。

「それに、ほら、中学生とか高校生とかはまったく踊っていないだろ? あんなのは歳を取ってからハマればいいのさ、それよりお腹空いたから何か食べよう」

「うん」


 屋台にも列が出来ることなんかない。盆踊りが始まると屋台は空いた状態になる。並ばずに焼き立てのタコ焼が買えるのも、田舎の祭りのいいところだ。

「うわー、凄い! 私、(たこ)の入っていないタコ焼なんて、初めて食べた!」

 ちょっと声が大きい――焦るじゃないか!

「しょうがないだろ、プロのたこ焼屋さんじゃなくて、地元の青年団が焼いているんだから。それに、タコ焼が六個で百円なんて、普通はないだろ」

「うーん。確かにないわ」

 その、「ないわ」が微妙に怖い……。蛸が入ってないのなんて、生で粉っぽさが舌の上にに残るやつよりは、よっぽどマシさ。たまにそんな「ハズレ」に当たるのだ。


「あと、アツアツの汁が吹出し、口の中を火傷したことが何回あることか」

「それはちゃんとフーフーしない匠のせいでしょ。自業自得よ」

 それでも俺は今日も焼き立てのタコ焼きを一口で食べる。これがたこ焼の醍醐味なんだ! カブッ!

「――アフアフ!」

「ちょっと、バカ? 熱いって言ってるでしょ」

「ホレハ、ハホヤヒノオイヒイタヘカハナノハ――ハッハ!」

「……口の中、火傷するわよ?」

 唾液がわんさか吹き出るのだが、口の中を冷却するのには及ばない。出すわけにはいかない。

中学生男子がそんな醜態をさらす訳にはいかない――。

 藍は、持ってきた小さな鞄から小さなペットボトルに入ったお茶を取り出すと、蓋を開けて渡してくれた。

「はい」

「……」


 ペットボトルの口の部分を凝視してしまう……。

 いや、俺が潔癖症ってわけじゃないぞ。本当にいいのかどうかってことだ……。


 間接キッスだ……。


「い、いいの?」

「早く飲みなさいよ、火傷するよ」

 いいのだろう。藍の持ってきたお茶、香りのいい麦茶だった。激熱状態の口の中が、冷やされていくのが心地良い。

「サンキュー」

 ペットボトルを返すと、俺が飲んだ直後なのに、気にもせずに口を付けて飲む藍……。

それを見て……女子が男子よりも先に大人になっていることを実感した……。


 誰かが見ていたら……もう、引き返せないところまで二人は来てしまったんじゃないだろうか……。俺だけ顔は真っ赤なのだろうが、提灯のおかげで目立たずにすんでいる。

 藍の顔も、周りの大人の顔も、みんな夏祭りの赤さをしている。


 タコ焼きを食べ終わり、周りに気を付けながら次の屋台へと向かった。

 当然だが夏祭りに来ている友達の目から、なるべく遠ざかるように藍を案内している。まるで探偵にでもなった気分で、これはこれで楽しい。


 だが、同じようにコソコソ二人っきりで夏祭りを楽しんでいる川中幹彦と近野美佳に、バッタリ出会ってしまった。幹彦と近野は普段掛けもしないサングラスをしていたのだ。気付くわけがなかった。

「よう匠」

 ――! 

 俺達と同じように手を繋いでいる。恥ずかしそうにもせず、楽しそうに。慌てて手を放そうとしたのだが、藍がそれをさせてくれない。

「……今放したら――負けよ!」

 小さな声で呟く。

「……いったい何が何に負けるって言うんだよ~!」

 コソコソ話し合っているのを見て笑われた。

「お、匠もラブラブだなあ」

「そんなんじゃねーって!」

 小さい声で反抗するが、近野も藍も笑っている。


 ――なんで俺だけが冷やかされなければならないのか! こんなの、不平等だ! 不平衡だ……不公平だ!

「幹彦と近野こそラブラブじゃないか。サングラスなんかして、周りは真っ暗だぞ!」

「これはカモフラ―じゃさ」

 冷やかし返しても全然照れていない。幹彦と近野は付き合って長いのかもしれない。

 ……ひょっとすると、キ、キ……キスもしているんじゃないだろうか――。ゴクリと唾を飲む音が……藍に聞こえてしまいそうで恥ずかしかった。


 二人に比べたら俺達は……別に付き合っているわけでもないんだ……。


「今日のことは内緒だからな」

 お互いにってことだろう。

「あ、ああ。じゃあな」

 散々冷やかすだけ冷やかしておいて、幹彦と近野は屋台の方へと歩いていった。……幹彦の「内緒」がいったい、いつまで続くのかが不安でならない。たぶん口は軽い方だ。

「俺達もサングラスさえあれば……」

「そうよね……サングラスさえあれば……どうしたいの?」

「え?」

 逆に藍に聞き返され戸惑ってしまった。サングラスさえあればだなあ……、友達に気兼ねなく……。

「もっとラブラブにできるのかなあ~?」

 また俺だけ冷やかされてる……。


 クスクス笑うなって――。



 次に見つけたのは、野球部とソフトテニス部のグループだった。見つかる前に気付いてよかった。そっと人だかりに隠れてやり過ごす。


 男子と女子が数人ずつ。その中には上野義孝がいて、夏川奈緒と岡村沙苗もいる。

 上野と岡村の距離が……一番遠いのが少し切なく感じてしまう。夏川だって上野の気持ちを知らないのだろう。他人の恋事情なんて、夏休みに入るまで全然興味もなく、考えたことすらなかったのに気付く……。俺も大人になったのだ。


 ちょうど俺達の隠れている人混みの横を通り過ぎる時、岡村と目が合ってしまった。慌てて視線をそらすのだが、またしても手を放してくれない藍。

 ああー! とか言われて盛大に冷やかされるのかと思ったのだが……、何も言うことなくすれ違っただけだった。

「ふう……絶対に冷やかされると思ったんだけどなあ」

「フフ。あっちはあっちでそれどころじゃない修羅場なんじゃない? せっかくの楽しい夏祭りが台無しで可哀想」

「修羅場か……」

「あの野球部とソフトテニス部のグループは、誰かが誰かを好きなはずでしょ。上野と岡村は手を繋ぐなんて、絶対にできないでしょうね」

 握る手にキュッと力を込められたのが、嬉しかった。


 藍は「せっかくの楽しい夏祭り」と言ってくれた。俺なんかと一緒なのに楽しいと喜んでくれるのが本当に嬉しい。なにより、藍と手を繋いで夏祭りを満喫している俺だって、凄く楽しい。


 こんな楽しい夏祭りは……生まれて初めてかもしれない。


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