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勉強がしたくなる呪い?


 補習の始まる前、昨日やっていてどうしても分からなかった数学の問題を藍に教えてもらった。

 数学で解答を見ても分からない問題があったのが悔しくて、夜も眠れなかったのは初めての経験だった。……十時半には爆睡していたと思うが……。

「これはね、この展開方法を覚えておかないと絶対に解けない問題なのよ」

「わざわざこの問題のためだけにか?」

「そう。もうこれは暗記問題みたいなものなのよ」

 暗記問題……聞いただけで鳥肌が立つやつだ。でも、問題を解くために必要なら……覚えられなくもない。


 藍の言葉一字一句が、頭の中に染み込んでいくように記憶に留まる。

 時折ふわりと流れてくるいい香りと共に、――展開方法の公式が脳に留まる。


「おっはよー! うわあ、今日も教室、滅茶苦茶暑いわ!」


 今、覚えた公式を忘れたとしたら……岡村沙苗のせいでしかないと断言できる――。

 二人して顔が赤くなってしまい、憤りすら感じる。


 つーか、廊下を歩く足音が聞こえなかったのは何故かと問いたい~!


「匠ったら急に勉強に目覚めたの? それとも、和木合の気を引くため?」

「――んーなわけねーだお!」

「ねーだお?」

 ケタケタと笑う岡村と……クスクス笑う藍……。いやいや、藍は笑ってる場合じゃないだろーが!

「そういう岡村こそ、なんで急に真面目に勉強をやりだしたんだよ! 一学期の期末テスト、いい点数だったらしいじゃないか」

「ちょっと、それ誰から聞いたのよ!」

 急に岡村の声が甲高くなる。ひょっとして秘密だったのだろうか。

「――別に誰だって……いいじゃないか」


 岡村は机に座っている藍と俺とを交互に見る。

「ははーん。そういうことか」

 ……たぶん……誤解されているな。「そういうこと」ではない。岡村は「藍に聞いた」もしくは「コックリさん」や「天子様」に聞いたのだと絶対に勘違いしている。


 腕を組んで分かったような顔をする岡村沙苗も、身長は高く、小麦色に焼けた腕や顔は、色白の女子バレー部三人組よりも、いっそう威圧感がある。


 こいつを好きな男子の気持ち……。やっぱ俺にはまったく理解できねー!


「いいわ、教えてあげる。ここだけの話だから絶対に言いふらさないでよ」

「あ、ああ。もちろんだ」

 ここだけの話っていうことは、岡村にとっては秘密の話のはずだ。それを俺が知っておけば、夏休み中に俺が藍と仲良くなったことにも歯止めが効くのかもしれな。


 言いふらされたくなければ……言いふらすな……。ギブミーマネーだ? ――いや、ギブアンドテイクだ!


 岡村が勉強を頑張り始めた本当の理由は、「三バカス」と一緒にされた見返しをしてやりたいからだった……。


「一学期のちょうど真ん中くらいに、担任の原田に呼び出され、「夏休みに「三バカス」と一緒に補習に出ろっ」て言われたのよ。それを聞いて、どんなに落ち込んだことか――!」

「落ち込むって……そりゃあお前が勉強しないからだろ?」

 つーか、俺達男子三人は、担任の原田先生にまで「三バカス」と呼ばれているのだろうか――。そっちの方が問題だぞ!

「私はあんた達とは違って、やればできる女の子なのよ! 頭の構造が違うの!」

 自分のことを「女の子」と言い切って、両手を拳にして腕をピーンと下げている岡村……やっぱり可愛いのかもしれない。

「頭の構造? フッ、俺も同じことを考えていたさ……。つまりそれは成績底辺の強がりだ――。やらないからできない――敗者の遠吠えだ!」

「違うわっ! 本当に頭にくる~バカ! カス!」


 隣で藍が笑いをこらえるのに必死なのが……久々に腹が立つ。


「じゃあもっと勉強しろよ!」

「してるわよ! あんた達と違って。フンっだ!」

 プリプリと怒って机に座り。夏休みの宿題をナップサックから取り出すと、カリカリと音を立ててやり始めた。


 岡村は、本当に勉強を頑張っていたのだろう。一学期のうちから……。


 だが、補習の態度まで一転したのははどういうことだ? 最初のうちは俺と一緒で上の空だったのに、急に補習中も真面目に勉強をするようになったではないか……。俺達には勉強を頑張っている姿を見せても構わないとでも思ったのだろうか……。

 一度トサカに血の上った岡村にこれ以上聞いても、面倒なだけだな。甲高い声をこれ以上聞かされると頭が痛くなりそうだ。


 補習が終わった後で……王子様にでも聞いてみるか……。昨日は王子様をしなかったから……なんか、ちょっと物足りなさというか……ぽっかり心に気泡のような空間ができたような……。

 ……虚無感があった。


 藍の手に……ひんやりと冷たくて柔らかい手に、触れたかったのかもしれない。



 補習の後、藍はいつものように王子様のワラ半紙を書いて準備していてくれた。たった一日王子様をやらなかっただけなのに、万年筆を握る手が触れ合うと、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

「王子様、王子様、岡村沙苗はどうして補習まで真面目に受け始めたのですか?」


「き」「を」「ひ」「く」「た」「め」


「気を引くため? いったい誰のだ」

 三バカスと教室に来ない三人しかいないんだぞ? あとは、先生ぐらいだ。

「王子様、誰の気を引くためですか?」


「た」「く」「み」


 額から汗が、ダーっと滝のように流れ落ちる気がする。自分の名前を王子様が指し示すと、鳥肌が立ってしまう――。

「ちょっと待てよ、俺の気を引いてどうするんだよ」

 ――岡村が好きなのは上野で、上野とは両想いのハズじゃないか。

「ははーん。分ったわ」

 藍の目が少し細いのが……なんか引っ掛かるなあ……。俺はなにも悪いことはしていないのに、後ろめたいような気になってしまうのは何故だろう。

「岡村は匠と私が仲良くしているのが面白くないのよ、きっと。一学期に勉強をして、匠には成績で圧勝しても、他の女子にはまだまだ敵わないってことに気付いたのよ。朝にやっていた数学の問題だって、岡村にはまだ解けないわ」

 岡村にはまだ解けないと言い切る藍。まだ……てことは、もうすぐ解けることまで知っているみたいだ……。藍の成績はクラスでもトップクラス……成績底辺の俺達や岡村が数カ月間死にもの狂いで勉強をしても、ずっと真面目にコツコツ勉強してきたトップ集団に敵う訳がない。

 そして……他人を見る洞察力が……たぶん半端ない! 教室に来てないのにクラス全員の性格や成績まで分かっているんじゃないだろうか……。


「でも俺の気を引いたって、なんにもならないだろ?」

「ほら……。よくいるでしょ、クラスで全員が自分のことを好きじゃないと腹立つタイプの子って」

 ……いや。いない。初耳だぞ。

「なんだその自信過剰アイドルのような話は」

 都会にはいるのかもしれない。――アイドル。


 ……田舎にはいない。

 ……テレビの中にだけいる。


「全員とはいわなくても、クラスの中心的存在になりたいって子よ。二組は普段から女子は岡村が仕切っているんでしょ?」

 そう言われればそうだ。夏川奈緒は可愛くて成績もいいが、クラスの中心というポジションではない。どちらかといえば口煩い岡村が中心だ。


 岡村の一言で、合唱コンクールの曲は「怪獣のバラード」に決まったことがあった。


「でも補習の間、岡村はずっと一人だけ浮いた感じになっていたもの。成績だって上がってきているのなら、本当は受ける必要だってないんじゃないかしら」

 そっとワラ半紙に視線を落とす。

「王子様、王子様、だったらなぜ岡村は補習を受けさせられているのですか」


「ふ」「ろ」「く」「ら」「む」


「……ふろくらむ? 風呂? ブログ? ラム? ……ちょっとなに言ってるのか分かんないや」

 王子様の紙に濁点や小文字が欲しいぞ。

「プログラムじゃないかしら?」

「プログラム? いったいなんの」

 ――!

 藍が一瞬だけ、何かに気付いた表情をしたのを見逃さなかったのだが。

「……どうでもいいわ、岡村のことなんて」

 急に普段の冷めた口調に戻る。やっぱり岡村とだけは仲が悪いのか……さっきまで知りたがっていたくせに……。


 藍は急に話題が変わったり、熱くなったり、直ぐ冷めたり……気変わりが早い気がする。頭がいい人って……全員がそうなのだろうか。


「どんな理由にしても、些細なことで勉強して成績が上がるなんて、得な性格ね。天才だわ」

 皮肉のようにも聞こえたが、滅多に人を褒めない藍が岡村を「天才」呼ばわりするのに、嘘が見当たらなかった。ひょっとして、本当にそう思っているのか……。

「天才? あの岡村が?」

 笑うところなのだろうかと疑問視してしまう。三バカスと同じ底辺だったんだぜ……一学期までだけど。

「きっと将来、クラスで一番幸せになっているのは間違いなさそうね」

 成績で一番ではなく、一番幸せという掴みどころのない漠然としたものに疑問を抱いてしまう。

「え? ……一番幸せって」

「そう。幸せ。勝ち組。


 私なんかには手の届かないところ……」


 藍は……自分のことを幸せだとは思っていないようだ……。

 だが岡村はどうだ。岡村だって成績が悪いから夏の補習に出さされているし、好きな男子が……両想いだし……。成績だってぐんぐん上がって来ている――!


 ひょっとして、これが――中学生における幸せの定義なのか?


 じゃあ俺はどうだ……。

 成績底辺で「三バカス」と呼ばれて……喜んでいる……?

 好きな女子にはブロークンハート……?

 幸せも底辺なのか……。

「いやいや、幸せなら俺も負けない自信がある」

「……なんでよ」

 自分は幸せから遠いなんて言っている藍に聞かせるのは申し訳ないが……。

「なぜなら俺は、中学二年という若さで女子と二人っきりで夏祭りに行けるからだ」

 ぽかんと口が空いたままの藍も可愛い。数日後に迫った夏祭り。いつの間にか俺は、藍と二人で行くことに期待が膨らんでいた。

「これはまさかの――リア充だっ! 楽しみでならないのが、正直、気恥ずかしいくらいだ」

 クスクスと笑い出す。

「本当に匠ってバカだね」

「ハハハ、褒められたと思っておこう!」


 ああ、どうか夏祭りの日までに交通事故に遭いませんように!

 季節外れの大型台風が日本列島を直撃しませんように!


 最初は恥ずかしいだとか、照れ臭いだとか言っていた夏祭りが、二人の楽しみになっていたのは否定のしようがなかった。


 でも、二人で夏祭りに行けなくなりそうな……ちょっとした事件があった。


 ちょっとした些細な事件が……。


 俺と藍の仲を……快く思っていない奴がいたのだ――。


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