呪いの心配
月曜日になり教室へ行くと、藍が一人座っていつものように小説を読んでいた。
「――藍!」
「……なによ。いきなり名前なんて呼んで……」
思わず自分が藍の名を呼んでいたことに恥ずかしさを感じた。
「いや、あの……。実は心配していたんだ」
「なにをよ」
「先週の木曜日に、俺が殺されるかもしれないからって慌てて帰ったが、その後もしかしたら殺人鬼に藍が襲われたりしていないかって……」
「プーップップップ」
口元を押さえて渾身の力で笑いをこらえる藍……。そこまで笑えるかい?
「アハハ、匠って面白いね! 凄い想像力。超ネガティブシンキングだわ」
クスクス笑いながら喋るのを見ていると、なぜだかホッとしたのだが……。
「あのなあ。藍は逆に俺の心配とかしなかったのかよ。「バスに遅れなかったかしら」……とか」
「するわけないじゃん」
……。
頭に金属製の「タライ」が落ちてきた時って、こんな感覚なんだろうなあ……。
それとも、俺の命って、藍にとっては心配にも及ばぬ程度……。
「もし匠が誰かに殺されていたら、その日のうちにニュースになっているだろうし、私の家とかクラス全員にも連絡が入るハズでしょ?」
「いや、それは俺も考えていたんだが、万が一のことがあると思ってだなあ」
はあ~。目を閉じて口を開け大きく息を吐き出す。ため息だ……。
「それに、匠がバス停にいなかったの、私、知ってるもの」
「え?」
少し頬が赤く見えた。なんで俺がバスに乗れたことを知っているんだ?
「帰り道からずっとバス停が見えるもの。補習の帰り、いつも一人でバスに乗って帰ってるのも知ってるのよ」
うわ―。
なんだろう。この……こっそり見られていて嬉しいような恥ずかしい感覚は……。胸の中で蓮の花が次々と咲いていくような感覚だ――。
気もそぞろ……じゃないなあ。
決まりが悪い……いや、悪くないはずだ、決まりが良いんだ!
「おはよー! あれ匠、和木合と朝から逢引きか~」
――!
――!
その声にビックリして席から離れる。藍も直ぐに小説に目を戻す。
教室に入って来たのは藤林隆だった。一体どこで「逢引き」なんて言葉を知ったのかと問いただしたくなる! 背が低くポッチャリした隆を……合い挽きミンチにしてやろうかと憤りすら感じる~!
「そんなんじゃねーって。俺も今来たところだ」
「ふーん」
汗がダラダラと滝のように流れてしまうのはなぜだろう。人体の摩訶不思議現象かもしれない。
「あー暑い暑い」
勘弁してくれよ。窓からは今日もいい風が入っていて、それほど暑くはないはずだ。
「おはようございます。今日も暑いね」
……。
「健ちゃんおはよう。やっぱり暑いよなあ、教室の中」
まだ隆はニヤニヤしてこっちを向くのが嫌になる。……まだ言うか。
冷やかされても……ぜんぜん涼しくならないってことに気付かされた。
いつもの補習メンバーが揃い、先週と同じようにワラ半紙のプリントが配られる。
加藤先生はいつものように相変わらず小説を読んでいるし、俺や隆は睡眠学習に力を入れる。文字通り、夢中ってやつだ。
夏の蝉で煩い教室には、時折涼しい風が吹き込み、夏休みの教室も居心地がいい。
学校の机の寝心地がいいのに、驚かされてしまう。机からは木の独特の甘い香りがして、心に癒しを与えてくれるようだ。
受験も卒業もなく、ずっとこんな学校生活が続けばいいのに……。




