呪いのゲーム
登場人物
椎名 匠 二組 成績底辺
和木合 藍 二組 転校生。大人しい性格
岡村 沙苗 二組 成績底辺。ソフトテニス部
夏川 奈緒 二組 ソフトテニス部
藤林 隆 一組 成績底辺
坂本 由美 一組 大人しい性格
仲井 健一 三組 成績底辺
武内百合子 三組 大人しい性格
上野 義孝 三組 野球部エース
川中 幹彦 三組 野球部。同じ小学校
近野 美佳 三組 川中の彼女??
一組担任 加藤 玲子先生 新人
二組担任 原田 幹雄先生 柔道部顧問
「タク、「パッパラビーム」しようぜ」
日曜日、兄の声で起こされた。
時計を確認すると、もう九時を過ぎていた。寝汗でTシャツは独特の汗臭さを放っている。
「あれ、父さんと母さんは?」
「とっくに仕事に出掛けている」
「ふーん」
土日も仕事とは……大人って大変だなあ。
両親は同じ会社へ勤めている。俺達兄弟は、親が出掛けるのは仕事のためだけだとずっと思っていた……。
一つ年上の兄は中学で吹奏楽部に入っている。吹奏楽部は夏休み中も日曜以外は、ほぼ毎日部活動があり、運動部よりも厳しいと噂されている。その反動かは知らないが、兄は今日みたいな休みの日に羽を伸ばすかのように一日中ゲームをする。
勉強を必死にやっているところは見たことがない。兄は俺と違って、「やらなくてもできる」タイプなのだ。なぜ兄弟でこれほどまで出来が違うのかと、親を呪いたくなってしまう。
二階の親父の部屋にある大きな液晶テレビとコンポの電源を入れ、ゲーム機の電源を入れる。コンポの上に立ち並ぶ真空管が僅かにオレンジに光り、次第にタイトル画面の音量が大きくなり、高揚感を掻き立てる――!
田舎のいいところは、近所に気兼ねなく爆音でゲームをしたり、大声で話したり笑ったりできるところだ。映画を見る時だって、映画館さながらの臨場感を味わうことができる。窓を網戸にすればクーラーなんていらない。裏山から涼しい風が吹き抜け、夜は寒いくらいなのだ。
今夢中になっているゲーム、「パッパラビーム」は、超高速シューティングゲームで、光速近くで飛ぶ宇宙戦闘機の後ろに次々と壁ができていき、その壁にぶち当たると負け。もしくは、戦闘機が発射する単距離ビーム「パッパラビーム」で相手を撃ち落とすという、単純なのに夢中になると時間を忘れ、さらには夢にまで見てしまうようなゲームだ。
やりだすと止まらない。勉強なんてしていられない。ご飯の時間だと呼ばれても止められない……。
やり過ぎて何度親に叱られたことか……。まさに呪いのゲームだ。
握るコントローラーが汗ばみ、時計を見ると、もう数時間が経過していた。
「そろそろ昼ご飯だなあ」
「ああ……。今日はカップ焼きそばか……」
「ああ」
日曜の昼食は、カップ麺、袋ラーメン、レトルトカレーを順番に食べていた。
夏休み中でも平日は母が全員分の弁当を作って冷蔵庫に入れておいてくれるのだが、土日だけは作ってくれない。その代わりに色々なカップ麺などが買ってあり、それはそれで楽しみの一つだった。
一階の台所へと降りると、兄が鍋に水を入れ、ガス火にかけた。その間に俺は階段下の小さな食糧庫からカップ焼きそばを二つ取り出し、ビニールを剥がしてお湯を入れる準備をする。
お湯を入れてからの三分間は、どんなことをしているよりも長く感じた。
「兄ちゃん、コックリさんとか天子様とかって聞いたことある?」
「コックリさんは聞いたことあるなあ。なんか、紙の上に十円玉を置くと、いつの間にか十円がなくなるってやつだろ?」
「え? なくなるの?」
「いや、増えるんだったかなあ……」
「え? 増えるの――!」
……増えると減るのでは大違いだ。結局は聞いたことがあるくらいなのだろう……。
兄は成績も優秀だが、それ以上に色々なことを知っていて、いつも教えてくれる。彼女はいないと言っているが、去年のバレンタインにはチョコレートを鞄から出し、家族全員でそれを分けて食べた。三つか四つはあった。甘くて美味しかった。家族みんなで食べたのに、……俺も欲しいと思った!
カップ焼きそばを食べ終わり、ゴミを捨てると俺は、新聞の間から裏が白い広告を一枚取り出し、黒色のボールペンで「あいうえお」……といつも目にしてきた「王子様」の紙を書き始めた。
「ああ! これなら一度だけ見たことがあるぞ。二年の時に一年の女子が部活中にこっそりやっているのが先生に見つかり、退部させられたやつだ」
――え! 退部だって?
「吹奏楽部って……そんなに厳しいの?」
「ああ。全国を狙っているからなあ。まあ、小学の時に何も楽器をやってない状態で、いきなり音すら出ないのに、「フルートやりたい」って言いだすような女子だったらからなあ。やる気も全然なかったみたいだし」
だからといって、退部させられるほどのことだろうか……。
まさか呪いの遊びの呪いは、そんなところまで影響するのだろうか……。
「もう絶対に王子様なんてやらない――」なんて言っていたのだが、もうそのことを忘れて紙の前にペンを握って座っている。兄と一緒にペンを握り、木曜日の最後に王子様が帰って行った「コンビニ」と書かれた上にペンを立てる。
「王子様、王子様、お戻りください」
やはりペンは一ミリたりとも動かなかった。
「王子様、王子様、どうぞお戻りください」
……。
万年筆じゃないと駄目なのだろうか。それとも、藍くらいに王子様や霊的な現象を信仰していないと動かないのだろうか。
普段から信仰なんてしていない神様に、「成績が良くなりますように」とお参りしても、ちっとも頭が良くならないのと同じなのかもしれない――。
「タク……これって、ただ相手が動かしているだけなんじゃないか?」
ほぼほぼ同じことを言う……。そう言った藍の言葉を思い出していた。
「俺もそう思ったんだけど、考えてみると分からないことがあるんだ。例えば、三組の男子の名前を一緒にやっていた相手の……転校生は知らなかったのに、ペン先はその名前を指し示したんだ」
「ふーん、転校生がねえ……。だが、タクは知ってたんだろ」
「え?」
そりゃあ、上野義孝は二年で一番有名だから知ってたけど……。
「人の隠し持った潜在能力とか、夢を見るのとかと同じ現象なんじゃないのか?」
洗剤の能力が夢? アリエールか……?
「霊や呪いじゃなくて?」
「うーん。無意識でそんな訳の分からない力が出せるのを、「呪い」っていうのなら呪いさ」
兄は少しも動かないペンを放した。
「ああ、勝手に放したら呪われるのに――!」
なにも起こらない。
「その「王子様」が来てないのなら、これはただの紙とペンだ。でも、それを「放したら呪われる」と強く思っているから呪われる。自分で自分に縛り……つまりは自分で自分に呪いをかけているだけだろ?」
……そうなのかもしれない。見ていても何も起こらない。
「さすが……兄ちゃん」
的確な答えと理にかなった考え方……さすが自慢の兄ちゃんだ――。
「それより、昼からもパッパラビームしようぜ!」
「ああ! 次は、負けないぞ!」
パッパラビームは勝敗が付いた時点で軌跡が二次元で画面に大きく表示される。偶然だと思うが、画面に書き殴られたような奇跡の線が……終わった後の「王子様」みたいに見えてならなかった……。
それから兄と「王子様」の話は一度もしなかった。




