呪いたい
帰りのバスで、二年三組の川中幹彦と一緒になった。
部活動をしている奴らは、いつも一時のバスに乗って帰るのが普通だったが、今日は日中の気温が三十八度を上回る猛暑日で、野球部の練習が早目に終わったらしい。
汗だくの体操服姿で、パンパンになったナップサックを背負っている。
「なんだ、匠は夏季補習か?」
「……ああ。成績最下位は強制参加で嫌になるぜ」
「だったらちっとは勉強ぐらいしろよ」
小学校から中学一年の時までは、ずっと俺と同じように成績底辺を彷徨っていた幹彦だが、二年になると一気に成績を上げ、それからは俺のことを上から目線だ。悔しいが反論できない。野球部でも三年生が抜けてから幹彦は、レギュラーが決定している。
丁度バスが来て二人は乗り込み、一番後ろの席へと向かった。夏休み中、バスの中は空いている。二人だけを乗せて走るバス……採算が取れてないのではなかろうか。
「相変わらず匠は、夏川が好きなのか?」
――!
なんで俺が好きな女子の名前ってば、こんなに拡散されているのだろうか。頭の中で和木合と岡村が嘲笑っている。
「どこで誰に聞いたんだよ」
声が小さくなってしまう……。バスの運転手に聞かれないように……。
「何言ってんだよ。お前、入学して最初の林間学校の夜、一番可愛いのは夏川奈緒って言ってたじゃないか」
一年一学期のことを……よく覚えていると褒めてやりたい。
……そういえばあの時、小学校区で部屋分けされたから、夜遅くまで起きていて、それで好きな女子の名をみんなで言い合ったんだ。
「じゃあ、ひょっとして幹彦はまだ三組の石橋香織が好きなのか?」
「んなわけないだろ」
――チッ。
なんか俺の方が劣勢じゃないか。分が悪い。
「じゃあ誰なんだよ」
幹彦の性格上、好きな女子の名前を俺なんかに軽々しく明かさないと思っていたのだが……。
「あ? ああ……今は近野だ」
まるで聞いて欲しかったかのように、好きな女子の苗字を言ったのだ。
「三組の近野美佳か」
「ああ」
近野も……確かに可愛い。
石橋って女子よりも少し背は低いが、可愛くて性格も明るい。そしてソフトテニス部だ。
「実は……今、付き合っててよ……この前、胸触ったんだぜ」
――!
付き合っている――?
胸を……触った――?
「胸に手が当たっただけなんじゃないか?」
「そんなわけないだろ。誰にも言うんじゃねーぞ」
「あ……ああ」
女子中学生の胸なんかに、俺は興味なんてなかったのだが、触ったと言い切る幹彦に、追いつけないような嫉妬心が芽生えた――。
誰にも言うなよっていいながら、誰かに自慢したくてウズウズしていたのが分かる。
「そう言えば、上野って誰が好きなのか知ってるか?」
同じ野球部同士なら、そういった話もしたことがあるんじゃないかと思って聞いてみた。
「さあな。部活ではそんな話はしないからなあ。どうせ岡村沙苗じゃねえの?」
――なんで聞いてもいないのにソレが分かるんだよ! と言いかけてしまう。
「――なんで、……そう思うんだ?」
「ほら、学校区で好きな女子のタイプって決まってるじゃないか。俺達の小学は美人系が好きだが、他の学校の男子はよくしゃべる元気な女子が好きなんだろ。だから岡村沙苗って二年では一番人気があるんじゃないか?」
凄い分析力だ。そんな風に考えたことはなかった。やっぱり……あいつが一番人気なのか……。
俺は、男子は全員が夏川奈緒が好きだと思っていたくらいだ――!
「でもさあ、岡村沙苗って……ないよな。あんなバカでお喋りで口やかましい奴のどこがいいんだろうなあ」
「ああ、俺もそう思う」
まあ、勉強が出来なくてバカなのは俺も一緒なのだが……。
「他の学校の男子って、俺達に比べてまだまだ子供だよなあ」
「そうそう。子供だ子供」
ハッハッハと二人で笑い合った。
俺の方が二つ先のバス停で降り、家まで歩きながら色んなことを考えていた。
なんで幹彦は俺なんかに女子と付き合っていることや、胸を触ったことを話したのだろう。……ただ自慢したかったのだろうか。
――は! ひょっとすると、のろけていたのか? のろけ話を聞かされたのか!
――俺達、まだ中学二年生だぞ? 岡村沙苗が思った以上に人気があることなんかも、俺の想像とぜんぜん違っていた――。
俺が知らないところでいったい何が起こっているんだ、この世の中は――。
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