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転校生にかけられた呪い

 

 ――藍が来ていない!

 昨日、俺がバス停へ走り帰ったその後、なにかあったのか――? 俺が誰かに殺されずに済んだ代わりに……まさか、藍が――。


 考え始めるてしまうと、悪いことしか思い浮かばない――。


 昨日、王子様は、俺が助かる方法を教えてくれた。だが、その質問にはたくさんの不確定要素を含んでいる。

 ――次のバスに乗って帰れば、殺されない。

 ――俺は。

 もし、あれから教室に不法侵入してくる殺人鬼が来るのを予言していた場合はどうなる? 教室から先に帰った俺は無事だが、その場合、一人残っていた藍が犠牲になってしまう――。


 椅子から立ち上がり教室内を見渡す……。窓の鍵も掛けられている。

 争った跡や、血痕などは見当たらない……。


 だが、次から次へと不安が襲い掛かる――。こんな田舎で事件が起きても、新聞やテレビで報道されるのにはかなりの日数がかかる。


 市役所や警察で事件をもみ消す場合もあるのかもしれない――。


「おっはよー」

 真っ青な顔をした俺に、一オクターブほど甲高い声が掛けられ、心臓が飛び出すほど驚いた。

「お、お、岡村! お前、藍を――。和木合藍を知らないか!」

 慌てて駆け寄り、岡村の両肩を手で掴むと、必死に問い掛けていた――。

「まだ来てないんだ! 何か聞いていないか――」

「ちょっと、痛いでしょ! 放して!」

 手を払い除けられて、一歩後ろへ下がる。

「――ああ、ご、ごめん」

「……バカ」

 気のせいだか、日に焼けた小麦色の頬が赤くなっていた……。


「和木合達はあんた達みたいに成績底辺で補習に来ているわけじゃないから、来なくてもいい日があるのよ、きっと」

「え? ええ!」

 そんなこと、一言も聞いてないぞ! あんた達みたいにって……お前もだろーが。

「今日は金曜日でしょ。だから和木合と坂本と武内の三人は来ないわ」

 少し怒りながら鞄とラケットのケースを机の横に掛けた。


 岡村は今日も体操服姿だ。白地の半袖がきちんと緑色の長ズボンにインされ、女子ソフトテニス部のスタイルの良さを強調している。

「そっか。そうだよな……」

 安心した。

 岡村の一言に、最悪の事態を免れたのを確信できた。


 そりゃ……そうだよな。もし、学校でそんな物騒な事件が起こっていれば、まずなによりも先に俺の家に電話が掛かってくるはずだ。田舎者の俺にとって、携帯やスマホは手の届かない高価な存在だ。クラスでも数人しか持っていない……。


「ひょっとして、匠は和木合が来なくて心配していたの?」

 小バカにするような見下した視線にヒヤッとしてしまう。

「ち、違うよ! ただ、いつも一番に教室に来ているのに、今日は来てなかったから、どうしたんだろうな~って思っただけさ」


 ――なんでそんなニヤニヤしながら聞いてくるんだよ! 岡村は心配にならないのかよ!


「それを心配っていうんでしょ。ひょっとして匠は夏川奈緒から和木合藍に乗り換えたの? いつのまにか「藍」なんて呼び捨てにしてるし~」

「――ち、ち、違うバカ!」

 汗が吹き出てしまう。それに、二人だからって匠って呼び捨てにするなと言いたい。

「じゃあ、まだ奈緒のことが好きなの~? あきらめて和木合にしときなよ。奈緒はライバル多いよ~」

 クククと笑う岡村は、どこかの誰かと同じように腹が立つ!


 あきらめて和木合っていうのが――ムカつく! なぜだか分からないが……頭の中を全て見透かされている気がして――ムカつくう~! こいつにだけは何か言い返してやらないと気が収まらない! 


「お前こそ、ライバル多いじゃねーか。野球部の上野だろ?」

「え?」

 ――どうだ、図星だろ! そんな女子力上げたような驚きの表情をしたって、可愛くともなんともないぞ。

「それに、友達の夏川だって上野のことが好きなんだろ? そっちの方がライバル多いんじゃないのか」

「誰に聞いたのよ――」

「……それは」

 ……王子様とは言えない。藍だとも言えるわけがない。

「教えな~い。ああ、暑い暑い~」

 制服の胸元をパタパタさせ、下敷きで扇いで風を送る。

「ふーんだ! どうでもいいわ。匠にバレたって」


 どうでもいいわ、だって? ――強がり言いやがって。俺なんかにバレて内心ヒヤヒヤしているくせに……。二学期が始まったら男子全員にバラして笑いものにしてやろうか……。


 ――いや、まさか! 両想いだからバレてもいいってことなのだろうか。絶対の自信と自慢……。

 むしろ俺に言いふらされた方が好都合と考えているのだろうか――。

「まさか……両想いだから、バレてもいいのか?」

 ハア~っと大きくため息をつかれた。

「そんなわけないでしょ。アホ! 死ね!」


 やっぱり腹立つ。男子に平気で死ねと言う岡村……俺にとっては日常茶飯事のことなのだが……悔しいが可愛い。


 岡村は自分がまさかの両想いってことに気付いていないのか。だったら教えてやるべきか……?

 俺が「愛のキューピット」に、なってやるべきなのだろうか……。

 いや、ダメだダメだ!

 せっかくの両想いかもしれない二人の気持ちを、俺のせいで破局させてはいけない。岡村に恨まれてもいいが、上野に恨まれるのは怖そうだ。

 喧嘩だって強そうだ……。



 今日は教室に二組の……俺の担任の原田先生がやってきた。加藤先生じゃないのにがっかりしてしまう。手には大量のプリントを持っているのに、さらにがっかりしてしまう。

 ペロッと親指に唾を付け、ワラ半紙のプリントを配り始める。

「先生! 汚い!」

「おお、すまんすまん」

 岡村の嫌そうな顔をものともせず、また唾を付けてプリントを配る。聞く耳持たずってやつだ。

「先生、今日は他の三人は来ないんですか?」

「今日は補習のやつだけだ。しっかり勉強しろ」

「なーんだ」

 だったら来なかったらよかった。がっかりしてしまう。

「最近、椎名は和木合と仲良いからね〜」

 岡村が頬杖を立ててこちらを見て呟く。余計なことを聞こえるように呟きやがる!

「なんだと!」

 なんで俺の顔は直ぐに赤くなってしまうんだ! これじゃ、なんか……みんなにバレバレじゃないか!

「なになに? 椎名はそうなのか?」

 先生が年甲斐もなく興味津々なのが、キモイ。

「和木合藍と和気あいあいか?」


「「――先生っ!」」

 岡村とほぼ同時に声を発した。ハモっていたかもしれない。

「あ、すまん」

 すまんじゃねーよ。本人が気にしていることを冗談でも言うなよ。あんた担任だろ? と言ってやりたい。

「それに先生、二組の教室に和木合の机と椅子がないのはあんまりじゃないですか?」

 一学期の第一週目以降、教室には三十九個の机と椅子しかない。もし教室に来たとしても、自分の席がないのはあんまりだ――。

「それはだなあ……」

 生徒に痛いところを突かれたように口ごもる。

「そう言えば一組だって、坂本の机はないぞ」

 隆が教室内を見渡して言う。

「じゃあ健ちゃん、三組も武内の机はないのか?」

「ないよ。最初はあったけど」

 健ちゃんの言う最初というのは、一学期の初めということなのだろう。


 学校側は、教室に来ない生徒の机を置かなくていいのか――!


「それには訳があるんだ」

「どんな訳だよ!」

「まあ、聞け」

 原田先生は両手の平を前に出して俺達「三バカス」を制する。岡村は一人興味深そうに見守っていた。お前もキャンキャン何か言ってやれよと言いたくなる。

「和木合が自分で言い出したんだ。「私が教室に行く時はちゃんと言いますから、それまでは机と椅子は片付けておいてください」と」

 藍が自分でそう言った?

 ……藍らしいのかもしれない。先生や友達に連れられて教室に行くのではなく、必ず自分の意思でのみ行動する……。

「でも先生、そんなことで席を片付けてしまっていいのかよ!」

「だーかーら。先生もちゃんと教頭先生に相談したさ。そしたら、「生徒の意思を尊重させましょう。必ず教室に行く日が来ると信じるのです」とおっしゃるから……、逆らえるわけもなくそうしたまでだ」


 ……教頭先生が……?

 うちの教頭先生は少し変わっている。

 副業としてお坊さんもやっていて、そちらの方が稼ぎもいいそうだ。時折生徒達に、

「今は書き入れ時だからなあ……」

 とか、

「高齢化はいいが、少子化になるとこれから先は困るなあ……」

 さらには、

「学校の集金で寺の修繕費を集めようかなあ……」

 など冗談に聞こえない冗談を呟いている。

 給食のお肉はパクパク食べているし、頭を電動の髭剃りでジョリジョリ剃りながら廊下を歩くという、強面(こわもて)強者(つわもの)だ。

 よく教頭先生になれたものだ……。だが、そんな裏表のない性格が生徒から支持されている。


「それで机と椅子を片付けたら、一組と三組の坂本と武内も、「じゃあ私達もそうして下さい」って言うから……結局そうなったんだ。この件は先生のせいじゃない」

 ちょっと唇を尖らせながら大量のプリントにいつも以上に大量の唾を付けて配り始めた。

「先生汚い!」


 岡村がいつものように吠えた――。



 いつにもなく岡村は真面目に配られたプリントをやっつけていた。俺はまたしても上の空で、窓の外を眺めながらぼーっと考え事をしていた。


 一学期中、教室で俺達が授業を受けている時、藍や他の二人は何をしていたのだろうか。どんな授業を受けているのだろうか。先生がずっと三人に付きっ切りで教えることもできないだろう。ひょっとするとこの補習みたいに授業と同じ所のプリントたくさん渡されているのかもしれない。


 ワラ半紙のプリント……。

 それで……ひょっとすると、三人で……いや、三人だけに限らず、休み時間とかにも集まった女子との間で、コックリさんや天子様、王子様が流行っているのかもしれない。

 そしてそれは学校内だけにとどまることなく、公園や集会所とか、友達の家とかでこっそり人が集まり、どんどん広まっていくのか……。


 藍からは「学校に漂う王子様の霊」と聞いたが、学校だけでしか呼べないようなルールや縛りがあるのだろうか? じゃあコックリさんや天子様はどうだろう。学校と関係があるようにも思えない。



 補習は終わり、隆と健ちゃんが先に教室を出ていった。よし、聞いてみるか――。

「なあ岡村。お前、コックリさんとかやったことある?」

「はあ? ソックリさん?」

「コックリだっつーの!」

 ラケットの入ったケースを肩に掛けながら言った。

「あるわけないじゃん。なによそれ」

 全否定――か。じゃあ、前に落ちていた王子様の紙は……和木合と岡村がやっていたのじゃないのか……。

 じゃあ、他の二人……武内百合子か坂本由美のどっちかとやっていたのか……?


「匠、そんな遊びばっかりやっていると、


 ……呪われるわよ」


「――なんだって?」

 呪われる遊びって――やっぱり知ってるんじゃないか!

「転校生に呪われるのもほどほどにね~。バイバーイ!」

「おい、ちょっと待てよ!」

 手を小さく振って教室を出て行ってしまった。


 ――転校生に……呪われるだって?



 呪いの遊び……。呪われる遊び……。知りたいことが分かる魔法のような遊び。


 その本当の怖さを――俺は知らない。



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