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呪いの予言


 次の日の朝、急に地震があった。

 この辺りは震度二ぐらいの軽い揺れだったが、震源地では震度六弱を観測した。


 地震があった時間にバスに乗っていた俺は、揺れにまったく気付かなかったのだが、一緒に乗り合わせていたサラリーマンや見ず知らずのおばちゃんのスマホがギャンギャン地震速報を鳴り響かせて知ったのだ。


「この辺りの電車やバスも止まってくれたら補習がなくなったかもしれないのになあ」

「止まっても歩いて来られるじゃない」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 補習なんてものには、極力来たくないのだ……と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。


 昨日、藍が普通に話しかけて欲しいって言うから、まだ他に誰も来ていない教室で、普通に話をしていたのだが、

「おはようございます」

「おはよう、健ちゃん」

 健ちゃんが来たことで、話をやめてしまった。


 ……なぜだろう。藍と親しく話しているところを……見られたくなかった。健ちゃんは友達の噂話や悪口を言いふらすようなタイプではないのに……。


「健ちゃん、地震は気付いたか?」

「うん。自転車に乗ってたんだけど、電線が揺れて急にカラスが飛び回っていたよ」

「そうか……。……和木合……は?」

「……気付いたわ。椎名君」


 なんか、「椎名君」って強調して言われた……。

 いつものように匠と呼び捨てにはされない。俺だって、まさか藍だなんて呼べない。


 ――ひょっとして、みんなの前でも藍と呼んで欲しいのだろうか?

 いや、それはないだろう。



 補習が終わり、またいつものように呪いのワラ半紙を机の上において待っている。

「今日の地震。予言してた人がいるって知ってた?」

「予言だって?」

 前の席に座りながら答える。

「ひょっとして、王子様とかコックリさんとかで、そんなことも分かるのか?」

「かもしれないわね」


 王子様――。恋の話を教えてくれるだけかと思っていたが、もしなんでも分かる全知全能の神様だったら……めちゃくちゃ便利じゃないか! 


 呪いや都市伝説なんかじゃない!

 まさに――救世主伝説だ!


「でも、王子様やコックリさんで地震予知や予言なんかが本当に当たるとしたら、もっともっと活用されているハズだ。地震を研究する必要もなくなるだろうし、天気予報もいらなくなるかもしれない」

「そうね。そうすればもっと人は幸せになれるはずよね」

 藍は王子様を神様か宗教かのように信じ切っている――。

「でも現実はそうはなっていないよな。それどころか、呪いの遊びだなんて脅している。俺は今まで学校だけじゃなく、どこでだって見たことすらなかった……」


 得体の知れない王子様……。予言するには信憑性にかけるのだろうか。

 それか、以前に大予言をして外れたから……世間から廃れていったのだろうか……。


「質問したら駄目なことを聞いたりするから、問題が起こるのよ。未来のこととか。それで色んな問題が起こるから、呪いの遊びって言われるんじゃないかしら。保健室から出てこれなくなったり」

「保健室から出てこれない?」

「うん。もし、今日は保健室に行った方がいいですかって質問をして、はいって答えられてしまったら……私なら迷わず保健室に行くわ。それで次にどうしていいか分からなかったら、ずっと下校の時間までいるかもしれない」

「はあ……。藍は、占いとか風水とか、予言も信じるタイプなんだ」

 うちの家の玄関にも飾ってあるぞ。八角形の金縁の鏡が……。

「王子様はそんな不確かなものじゃないわ。近い部分はあるかもしれないけど……。匠は予言者ってどう思う?」


 どうって聞かれても……。


「どうも思わない」

「私は、犯罪者だと思う」

 藍の表情は硬い表情だった。犯罪者と断言するところにも、ドキッとしてしまう。

「予言のせいで、それを知った人は怯えて暮らさないといけない。人生を滅茶苦茶にされてしまう場合だってあるじゃない」

「大袈裟だなあ……」

「地震の予言があったら、怖くて引っ越しするかもしれない。でも、地震が起こらなくても、その予言者は責任を負う必要はない。埋め合わせなんてしなくていい……。だって、信じる方が悪いんだから。だったら予言なんて無責任なもの、ない方がいいわ」

「ない方がいいって言うくらいなら、逆に信じなかったらいいじゃないか。それに、もしかしたらと思うから広まったり信憑性があるんじゃないか? 核戦争が起こるって予言があって、その予言のおかげでみんなが思いとどまったから予言が外れたのなら、予言のおかげってことになる。地震だって、いつの間にか怖さを忘れてしまうけど、そうした予言の度に防災を見直せば、予言が外れても無駄にはならない」

「なんで予言者の味方をするのか分かんないけど、匠は予言が啓蒙(けいもう)って言いたいわけね」

「え? けいもう?」

 どこの毛だ。ゾウリムシに生えている毛だっただろうか……。

「よく分からないけど、とにかく、何も確証がない予言なら信じなければいい。もし信じていた予言が外れたとしても、それは決して無駄じゃなかったと思えればいいんじゃないかな」

「……楽観的ね」

「ポジティブって言って欲しいな。予言なんて怖くないのさ」

「匠って、怖いものはないの?」

「ないね」

 もちろん嘘だ。暗い部屋だって怖いし、テストが返ってくるのも怖い。

 夏休みの最後の日だって怖い。担任の原田先生だって怒ると鬼のように恐い。


 だが、藍の前では強がりをして見せたかった。


 そっと二人で万年筆を握りしめた。

 王子様は呼ばれることなく凸の形をしたお城の絵の所へと移動する。


「じゃあ、王子様、王子様、俺はいつ死ぬんですか?」

 王子様や予言なんて、怖くないところを見せびらかしたくなったんだ。

「あ、バカ! そんなこと聞いてどうするのよ!」

「平気さ」

 万年筆が指し示したのは、


 「き」

 「よ」

 「う」


 今日。


 ――さすがに冷や汗が頬を伝った――。


 これは藍が動かしたのか――? それとも、俺が動かしたのか――?


「今日って……。これも藍が動かしたのか?」

「そんなわけないでしょ!」

 顔が真っ青になっているのに、俺もヤバさを感じ始めていた。

「じゃ、じゃあ、もしかして、本当に俺、今日、死んでしまうのか?」

 握る腕が小刻みに震える。俺が震えているのか、藍が震えているのかすら分からなくなってきた。

「冗談だよな。ただの、悪戯だよな……」

 ――スッと「いいえ」に動く。万年筆を握る手は震えているのに――真っ直ぐな線を描く――。

「落ち着いて。今日、なんで匠が死んでしまうんですか? 教えてください王子様!」


 「こ」「ろ」「さ」「れ」「る」「か」「ら」


 恐怖で手を放したくなるが、今放したら絶対にダメな気がした。

「冗談だろ、俺、今日、これから殺されるのかよ!」

 誰にだ! いったい誰に殺されるというんだ! ――まさか!

「落ち着きなさいって!」

 甲高い声で叫ばれて正気を取り戻した。一瞬だが、藍のことすらも疑ってしまうところだった――。

「王子様、王子様、なんとか殺されない方法はありますか?」

 ――「はい」へ移動した。

「どうすればいいんですか! 教えて下さい!」


 「つ」「き」「の」「は」「す」「に」「の」「る」「こ」「と」


「――次のバスに乗って帰れば、殺されないんですか!」

 ――「はい」。

 時計を見ると、針はもう十二時に近づいている。


 ――あと三分しかない!

 走っても間に合わない時間だ――。


「ありがとうございました。王子様はこれからどちらへ行かれますか?」

「――ちょっと、何やってんだよ! 早くコレ終わらせろよ!」


 ――殺されるかもしれないんだぞ――。


「静かにして! ちゃんと次の所へ行く前に手を放したら呪われるのよ!」

 その声に、放しかけた万年筆を強く握った。

 藍は呪われるのを心底怖れている――。たかが遊びだったとしても……。俺が死なずに平気だったとしても、その呪いは暗示のように一生、彼女に付きまとうのかもしれない。


 途中で手を放した王子様の呪いとして、様々な災いを呼ぶのかもしれない……。


 万年筆が、「コンビニ」と書かれた所に移動すると、急に力を失ったように止まった。

「――いいわ! 早く帰って!」

「言われなくてもそうするさ!」

 ナップサックを肩にかけて廊下を走ると、後ろから藍の声が聞こえた――。


「走れタクミ!」

 ――メロスかよ!

 突っ込んでいる余裕すらなかった。激怒したかった……。


 間に合うのか!

 全力疾走で転がるように中学校から駅前のバス停までを走る!


 途中の信号は、赤でも飛び出して渡った――。この辺りは車がそれほど走っていないのが幸いした。だが、バスの時間には間に合わなかった。駅の時計は――一二時五分。


 ――俺は、今日、殺されてしまう――!

 誰に、誰にだ! 辺りを見渡すと、


 ――全員が怪しく見える――。


 最近ニュースでやっていた……。急に刃物を振り回して無差別に人を切りつけた事件や、 警官の拳銃を奪って発砲したニュース。クローン豚が逃げ出したニュースや、鴨の親子が道路を横切ったニュース……。日本のどこか遠くで起こった事件……すべて他人事だった。


 ――そんな事件には気を付けなさいと親や学校から注意喚起されていた。

 だが、いったい何をどう注意すればいいというのだ――。


 ――ファン!


 大きな音に心臓がドキッとし、鼓動が激しくなる。

 独特のクラックションを鳴らし――バス来た。


 バスが……今日に限って遅れていた――。


「ああ……ああああ~」

 奇跡だ……よかった……。俺は一命を取り止めたんだ。涙を腕で拭いながらバスに乗り込んだ。

 ……バスの中に怪しい人がいたら……どうすればいいのだろうか……。


 座席に座り、一人考えていた。

 こんな真夏の昼間、人通りも少ない田舎で、まさか殺人事件なんて起こるはずがない……。王子様の予言なんて、嘘だったのだと信じたかった……。

 もし乗り遅れていたのなら、その「次のバス」でもよかったんだと信じたかった。そして……、

 もう絶対に王子様なんてやらない――。本当の呪いは、今日、体験したような生易しいものではないのだろうと……。

 ……気付くことができたから……。



 次の日、教室に着いてハッとした。


 藍がいない――、


 ――誰もいない教室に、一人恐怖した――。



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