「天誅なり」
時代物テイストの物語です。
当時は銀魂にハマってましたね。少なからぬ影響を受けているかもしれません。。。
「天誅なり」
夜空に暗闇がべったりと張り付いたまま動かないとある日の深夜。
これからの日本の面舵を一身に担った新政府が誇る洋風建築の建物は、昼間のそれとはまったく異なる雰囲気を醸し出し、闇夜に呼応するかのようにひっそりと静まりかえっている。
はずだった。
筆を走らせるがごとく実に軽やかな身のこなしで振るわれた大振りの薙刀によって、まだ周りの景観とは馴染むことができないでいる壮麗な西洋風の門が、あたかも砂山の門であったかのように粉々に粉砕された。
政府の館内では家に帰る時間すら惜しいらしく、新政府の重役たちが寝泊まりをしている。それゆえ、敷地内、さらには館内の警備並びに守護を命じられていた警官たちが、佩刀した刀をカチカチと鳴らしながら一斉に慌しく門前の広場に集まってきた。彼らの動きは俊敏この上なく、よく鍛えられていると言ってもいいだろう。
時刻は深夜である。みな眠さで目をこすっていてもよさそうなものなのだが、刀を帯びた警官たちは一様に目を真ん丸に見開き、口をぽかりと開け放っている。
それもそのはず。
闇夜を拭ってようやくちらりとのぞいた下弦の月が照らし出したのは、たった三つの人影だった。館内全土を揺るがす轟音とむせるほどの砂塵を巻き上げた犯人が人間だったのである。しかもわずか三人による。大砲から撃ち放たれた鉄球ですらここまで粉々に粉砕することはできないであろう。
「何者!」
数の上では圧倒的に勝っている警官たちが威勢よく空気を震わせた。
ところが、ゆっくりと近づく三つの人影はたじろぐ素振りすら見せず歩を進めている。
「すまん、どいてくれ」
どんよりとした月夜に照らされた中央の影が静かな声を発した。
しかしそんな要求を飲むことができるはずもない警官らが、「この者たちを捕らえよ!」という号令とともに三つの影を完全に包囲した。これで自分たちの勝利を確信したのだろうか、警官たちにおけるリーダーらしき人物が輪の中をどんどんと突き進み、その中央に躍り出た。そして三つの人影に声を投げかける。
「おとなしくせい」
精一杯の威厳を誇った一声だったが、影はその威厳を踏みにじるかのように黙殺し、代わりに内輪同士で語り合い始めた。
初めに口を開いたのはやはり中央の影だった。
「俺が中に行く。お前らはこの場を頼んだ。奴らが増援を頼もうとした場合はかまわず斬れ」
これに右側の影が応える。
「わかった」
一切の難色を示すことなく了解した右側の影とは異なり、大柄な左側の影は異論を唱える。
「ちょっと待ってくれ。俺は、好きなだけ人を斬ってもいい、って言われたからあんたについてきたんだぜ。増援どうのこうのっていう件は無しにしてくれ」
二つの影を引き連れた、おそらくはこの三人のうちの首領であろう男が呆れたように溜息をついている。
「知らん。俺は言うべきことは言った。あとは自分で判断しろ」
この言葉に巨体の影は安堵したのか、
「さすがだぜ。あんたは懐が深けえ。そんじゃ、一暴れしますぜ」
という言葉と同時に、一際目を引く大振りの薙刀を振り回し始めた。その切先が、控えめに覗く月光をキラキラ反射させ、空を切る。
三つの影がささやいている間にも、この三人を捕らえようと隙なく油断なく間合いを詰めていた警官たちが、彼らの、静から動、のあまりにも急激な変化に対応できず、ある者は尻餅をつき、またある者は悲鳴にも似た滑稽な声を上げている。そうした混乱に乗じて三つの影は雲散霧消してしまった。そして、闇夜に混じった蚊を見つけ出すかのように、ある意味途方に暮れていた警官たちの視線が突然の大声とともに一所へと集まる。
「かかってこいや、溝鼠ども!」
その薙刀によく似た重厚な喚き声が闇夜を引き裂いた。館内へと続く石造りの階段の上で居丈高に振り回された薙刀が、ぶぉんぶぉん、と空気を唸らせる。その薙刀を軽やかに扱う大きな影が警官たちを見下ろすように、ぎろり、と睨みつけた。
その巨体から見れば後方に位置する警官たちが、前方の荒々しい緊張感とは別に、後方からも静かな、それはあたかも氷の指先を、ぴとり、と背中にあてられたような感覚を感じ、振り返ってみると、粉々に砕けた門から町へと続く道をふさぐかのようにして、すらりとした影をのぞかせる男が立っていた。
闇が晴れればおそらくは色男の容貌をのぞけるであろうその人影が冷たく言い放つ。
「僕のことは気にしなくていい。ここから逃げようとしない限り刀は抜かんよ。まあ、せいぜいお前たちの前でやかましく騒ぎたてているあの無粋な巨体にだけ注意していろ。そうすれば命を奪われないで済む」
後方の警官たちは多くを語らずともわかるほど尋常ではない威圧感を感じていた。今すぐにでもこの場から逃げ出したいくらいだろう。しかし同時に彼らは名誉という重みからも目を逸らすことができないでいた。それゆえ彼らは己の力の矮小さを知りながらもこのすらりとした影を伸ばす男に立ち向かおうとしている。自らの命を投げ出すという無謀の勇気を持って名誉に変えようとしているのかもしれない。
そんな警官たちの葛藤と上気した体温をひんやりとした風が拭っていく。この夜風のおかげで何とか冷静な判断力を取り戻せた彼らは考えを改め、先程の人影が忠告した通り前方の巨体にだけ戦意と集中力を傾けることにした。そうすれば彼らの思う名誉だって少しは保てるような気がしたのだろう。
すらりとした影は自らの言動に二言はないようで、腕を組んだまま、前方で喚き散らす巨体を、あたかも猿の演劇でも見ているかのように眺め、くすり、と笑うだけで本人は少しも動こうとはしない。そもそも視線が警官たちに向けられていないのだから、彼が抜刀しないのは間違いないだろう。
そんな事情もあって多勢を極める警官たちの刃の矛先は全て薙刀の男に向けられていた。
巨体はなおも喚き散らしている。
「鼠退治にいざ行かん」
先程までの曲芸とも言える一連の身のこなしは終わりを迎えたようだ。薙刀の構えが明らかに戦闘の開始を告げている。
「お前らのごみ見てえな記憶に刻み込んでおけ」
巨体の振るった薙刀が風と共に朱を巻き込み、鈍い悲鳴が鼓膜を不快に震わせる。
「汚ねえ命を喰らいつくす薙刀の名は」
巨体はもはや人(、)ではなかった。
「骨喰藤四郎だ!あばよ!」
面妖な影が広場を支配し、赤い雨が狂乱を誘った。
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