攻略チーム完成みたいです。①
いつも温厚な爺や。俺が女としての訓練をしていて、失敗したときも、間違えて爺やの待っていた手紙を捨ててしまったときも、穏やかだった爺や。
だが、今日の爺やは一味違った。
「急がなければ何が起こるかわからん! 爺や!」
「心得ておるぞ! 聖五殿!」
「……気持ち悪くなるからっ!」
爺やと聖五は目の色を変え、俺たちの乗る車を飛ばす。信号が黄色ならフルアクセル。次々と前の車を抜かしていき、すっ飛ばしていく。
車から、虎の威嚇かと思うほどの呻き声が上がる。
「……ほんと、勘弁してくれ……」
普通の運転なら全然大丈夫だが、俺も荒い運転には酔うらしい。
こうして、俺達を乗せた車は自宅に到着する。
「……間に合ったか?」
「かもしれないですな、聖五殿!」
「爺ッ! 俺らは間に合ったのだ!」
二人して抱き合いながら歓喜の涙を流す。
死ぬ覚悟をしてまで、待たせてはいけない昌子様というのが恐ろしいのか。
源蔵とは違い、女なのだから、さほど怖くはないだろうと思っていたが、二人の姿を見ていると、ヤバイ人なのかと思えてくる。
二人はお花畑にいる少女みたいに微笑んでいた。
だが、その微笑みは、一瞬で消え去る。
「ほぅ、お前達は、この私を26分待たせた挙句、二人して遊ぶ趣味の持ち主なのか。これは鍛え甲斐がありそうだな」
声のする方へと視線を向けると、そこには金色の長い髪をツインテールに纏め上げた少女が立っていた。
瞳はサファイアのように青く、肌は白い。子供だからか、やはり胸はぺったんこだ。
しかし、この女の子、どこかで見覚えがある。
「あ、あああ、遂に現れた!」
聖五は携帯のバイブかと思うほど全身を震わせ、少女を見つめた。やがて、足から魂が抜かれたのか、その場にしゃがみこんだ。
「爺や、あのエロ執事は一体何にビビってるんだ?」
「……秋桜様、爺やは良い人生でした」
「え、遺言!?」
爺やの顔は仏になったのか、全てを悟った表情をしている。
小さな女の子は爺やと聖五に近づいてきた。
「お前ら、この私の帰宅を知っていたにも関わらず、出迎えもなく、どこをほっつき歩いていたッ!」
「「ひぃっ!?」」
爺やと聖五は二人して震えている。その震え方といったら、猛吹雪に全裸で耐えているのかと思ってしまうほどだ。
俺は二人の前に出て、女の子と対峙する。
「やめてください。この二人は私の家臣です。この人達は、私のワガママに付き合ってもらっていただけです! だから、二人は悪くないです! 私が代わりになんでもしますから!」
「……そうか、お前がそうなのか」
「……え?」
悪戯でも思いついたかのような顔をして、少女は俺を見つめた。
俺も生唾を飲み込む。何をされるかわからないが、このまま引き下がるわけにはいかない。そう思った。
「ふん、まぁいい。お前に免じて、そこの二人は自由にしてやろう」
「ほっ……」
俺が安堵のため息を吐くと、少女は背中を向ける。
「そこのカス男共、私のことを何も話してないみたいだね。一先ずお仕置きは後だ。ついておいで」
何故か俺の家なのに、少女に言われるがまま、俺たちは自宅に入っていった。
自宅に入ると、異様の空気に包まれていることがわかる。
いつもは笑顔で話しながら掃除をしているメイドも、料理長ですら、玄関の前で並び、少女の行く道を空けていく。
そして、少女は真っ直ぐ進み、朝はなかった高そうな椅子に腰を掛けた。
「さて、秋桜と言ったか。おかえり。そして、ようこそ花の一ノ宮家へ。私が一ノ宮家総裁の妻、一ノ宮 昌子だ」
「え?」
「なんだその顔は。信じられない、と言いたげだな」
え? いや、だって源蔵の嫁って言ったら随分年齢が若すぎるんじゃないか?
もしかして、源蔵ってロリコンだったのか? だけど中学生は法に触れるぞ。
「……ま、初対面の人間は皆同じような顔をする。私はこう見えて、98歳だ」
「……嘘ですよね?」
後ろから叱られた犬みたいな聖五が俺の耳に細々と話しかける。
「嘘じゃないです。本当にあの人98歳のくそババァなんです」
「おい」
昌子はドスの効いた声で口を開く。
「誰がクソババァだって? 死にたいのか? 変態クソ野郎」
「いえ、死にたくないです!」
「それはまぁいい。それよりもお前、なんで二足歩行してんだ?」
「え?」
「お前は二足歩行などしていい生物ではないと教えた筈だ」
「おっしゃる意味がわかりませんが……」
「こっちに来い! クソ犬!」
「わんッ!」
昌子のあまりの怖さに恐れたのか、聖五は四つん這いになり、昌子の元へと走って行った。
驚く事に、犬の真似……なのかはわからないが、途轍もなく上手だ。
「いい子だ。お前は私の……?」
「椅子です!」
「よし、良い子だ」
昌子は四つん這いの聖五の背中に、腰を降ろした。
「ふぅ、良い椅子はやはりリラックスできるな。やはり一緒に持ち帰った方がいいだろうか」
主従関係がしっかりされていらっしゃる。
俺ですら身を震わせるレベルだ。
まさか、あの変態がこうも簡単にやられるとは……。
「とりあえず、久しぶりの再会を果たしたところで、君が私の夫の言っていた秋桜、という子だね」
「は、はいッ!」
「そんなにかしこまらなくてもよい。先ほどのような毅然とした態度で良いぞ。私はお前のような人間が好きだ。男は嫌いだが」
「うぐ……」
中身は男なんですけど……。
「おお、気に障ったか? すまんな、私も初めての娘と思ったら、つい……」
「いえ、お気になさらず……」
「そ、それより! やはり、私の子なんだな」
「へ?」
「見た目の話だ。秋桜。君の見た目は私の若い頃にそっくりだ」
いや、今俺ちゃんと高校生の見た目してますけど、あなた小学生みたいな姿してますよ!?
「貴族を思わせる黄金の髪色、可憐な顔立ち、海を想像するほど綺麗なブルーの瞳……」
昌子は立ち上がり、俺に飛び込んできた。
「かわいいッ! 私の子よッ! 絶対ッ私の子! 可愛い可愛い可愛いっ!」
俺をハグしてはしゃぐ昌子。
さすがに、このテンションの切り替えにはついていけない。
すると、爺やが俺の後ろから出てくる。
「それで昌子様。一体何の御用で来られたのですか?」
「別に愛する我が娘の元に、いつ帰ろうかだなんて私の自由だろうが」
「うぐっ……」
「まぁよい。簡単な話だ、源蔵のジジィに言われたんだよ。秋桜の……うちの娘の世話を頼むってな」
「俺の世話……」
源蔵は一体何を企んでるんだか。
ついつい、俺は男の口調で話してしまった。
だが、気にするそぶりもなく、昌子は続ける。
「簡単な話、男だった秋桜が、いきなり心まで女になれるわけではない。だから、今回私は君のサポートを務めることとなった。だから、安心して運命の相手を探すと良い。ま、その前に多少の訓練はしてもらうがな」
すると、椅子――――いや聖五が口を挟んだ。
「聞いていないですが」
「聞いていようが聞いてなかろうが、ここは私の家でもあるんだ。たかが執事のお前に口を挟む資格はない!」
「いえ、あります。俺は、秋桜様の身の周りを任された、唯一の男ですから」
「ほぅ……そこまで言うのか」
昌子の背後から目には見えない炎が上がっていた。
しかし、聖五も引けを取らず、昌子に視線を鋭く突き刺している。
これが、椅子になってなければカッコイイんだが……。
「なら、いいだろう。聖五、私は秋桜の為をもって、あるプロジェクトを立てた。その名もプロジェクト・D」
「D?」
聖五の背中から立ち上がった昌子は突然、叫んだ。
「そう、秋桜は、私の可愛い可愛い娘ではあるが、運命の相手候補とキスを一ヶ月以内にしなければならない。そうじゃなければ死んでしまうからな。前世がそこらへんに転がっている虫みたいな石ころ高校生だった秋桜。可哀想だ……私がもっと早く産んであげれば、今まで一緒に育ってこれたのに……」
いや、俺本体が前世扱いだし、虫みたいな石ころの高校生とか、そもそも俺のこと産んでなくね!?
ツッコミどころ満載過ぎて、最早誰もしゃべらない。
「そう、今の秋桜は孤独……。誰のことも信じられない! ――――そう、自分の愛する母である私以外は、ね。だから、その孤独を取り除く為にも、男や女に慣れる練習が必要なの! そして、最後には相手からキスをさせるほどの、テクニックがね」
「……なるほど、さすが昌子様だ。よくお考えになっていらっしゃる」
さすがの聖五も反論できずに、奥歯を噛みしめている。
というか、そもそも、俺孤独じゃないから! 人間不信とかになってないから!
「そこで、プロジェクト・Dは、ただ恋を応援するのではない。全面的にデートをサポートし、別れ際にキスを相手からさせる。それこそが、プロジェクト・Dだ!」
ということは、俺が例えば六月とデートすることになったとしたら、サポートしてくれるとかいうことだろう。
まぁ、ありがたいが……。
「私、別にそんな応援団必要ありませんよ?」
「どうかな?」
ニヤリと微笑んだ昌子。口元が笑っている。
「ここでもし、私からキスをさせるならどうする!?」
「え!?」
「なーに、私も意地悪ではない。選択肢をやろう。①私に『大好き』と言う。②私に『愛してる』と言う。③私に『誰かのモノになるのなら殺してやる』という。さぁどれだ!」
「それただのギャルゲじゃ……」
「犬は黙ってな!」
いや、全部選択肢として終わってるんだけど!?
俺は溜息を吐いて、仕方なく指で番号を示す。
「……ほ、ほぅ……そ、それを選んだか……。ど、どうだ? 言えるのか……?」
緊張したのか、昌子の顔は真っ赤だった。
「い、いや待ってくれ! い、今な、私、こんな姿だから、家の中でしか昌子じゃないんだ。せ、世間では、フィロちゃんって呼ばれてるんだ。そ、そっちで呼んでくれないか!?」
え、なにそれ。家の中だけ昌子でそれ以外フィロちゃんって何やってんの!?
こんなこと、本当に想わないと言ってはいけないんだろうけど、でも俺は秋桜だ。
普通、女の子が母親に、言うのは、大丈夫だよな?
自分に自信はないけど、俺は必死に声を振り絞って言った。
「だ、大好きだよ……フィロちゃん……っ」
静寂。
それは一番俺が恐れていたものだった。
しかし、その静寂を斬ったのは、他でもない。昌子ことフィロちゃんだ。
「も、萌えるわぁ……」
秋桜の母、昌子こと、偽名フィロちゃんは鼻血を出して、倒れた。
「……この家、変態しかいないのかよ……」