俺、女になっちゃったみたいです。②
食堂、と呼ばれるにはあまりにも豪華で高そうな家具ばかりが置かれているところで、俺と源蔵、そして聖五は話を続ける。
「お嬢様、これは大事なことになりますが、運命の相手という人間には、キスをすればハートが見えるそうです」
「ハート?」
「ええ、なんでも普通の人には見えない、お嬢様にしか見る事ができないだとか……」
つまり、俺はキスをすれば、その人が運命の人かどうかわかるってわけか。
それはすごい知りたいけど、キスしなきゃいけない時点で、かなり難易度は高い。
「更に言いますと、あなたは今現在女性ではありますが、運命の相手が女だった場合は、どうやら性別が男になる――――つまり、元の姿に戻るようです」
「え!?」
「なんだ、戻っちまうのか。面白くねーな」
源蔵は俺をからかってくる。
だが、これが本当なら、運命の相手っていうので女を探せばいいんじゃないのか!?
「ですが、普通女子同士であってもキスはしないですよね」
それもそうだな。女子同士がキスするのも男子同士がキスするのも見ないよね。
「私からは以上です」
「御苦労だな聖五」
聖五は頭を下げ、食堂の奥に消えていった。
「っつーわけだ。お前さんには苦労をかけて申し訳ないんだが、俺にも打つ手はないんだ。お前さんが頑張る以外にはな。それよりも先に、お前の名前を決めねーとな」
「俺の名前……」
「そうだ。とりあえず、お前さんにはとある高校に行ってもらう。そこに運命の相手となる候補の人間がいるみたいだからな。なんでも偏差値もかなり高いらしいが、俺のコネで入学させることにしたからな!」
「ははは……」
流石、一ノ宮財閥、といったところだろうか。
「まず名前だ名前! 何が良いんだ? ん?」
「えっと……それじゃ……」
名前なんか考えた事もなかったな……。
でも、今はこれしかない。そう思った。
俺は真っ直ぐ源蔵の目を見て言った。
それが、俺なりの決意表明だと思ったから。
「……秋桜。一ノ宮 秋桜として、新たに人生を歩もうと思う」
源蔵は一瞬固まり、ニヤリと微笑んだ。
「秋桜か、いいじゃねーか! よし、今日はたらふく食って、明日からの稽古に備えろよ」
「はい!」
それから俺は自分が今まで過ごしてきた日常や、家族の話、友人の話、……好きだった人の話を源蔵に全て語った。源蔵は屈託のない笑顔で、ときには真面目な表情で聞いてくれた。
それから三日後、俺は聖五と爺やとこの家の玄関前にいた。
晴れた空の下。源蔵は黒塗りの車の後部座席に乗り込む。
源蔵は東京の方に向かわなければならないみたいで、三日間この家で休日を過ごしていたのが嘘のように多忙だったらしい。
「じゃあな、秋桜。俺の愛娘よ」
「はい」
笑顔で源蔵に手を振るう。
俺はこの人のことを尊敬した。
源蔵自身の話もたくさん聞き、これだけの想いをもって財閥だけでなく、世界をも守っているんだなと思った。
だからこそ、自分の為にも、源蔵の為にも頑張りたいと思えた。
源蔵の車が見えなくなり、俺と爺やと聖五だけになった。
「それでは秋桜お嬢様。特訓の時間ですね」
「覚悟はしている。女の中の女になる、だっけか?」
「言葉遣いがまずダメですね。叩き直してみせます」
「やってやろうじゃねーかッ!」
「やる気があって若いというのはいいですね、爺も陰ながら応援させていただきます」
こうして、俺は一ノ宮家の令嬢として、その名に相応しくなるべく、特訓を重ねた。
◇
麗修学園高等学部。幼少部から大学院部まで続く、私立名門学園。
その名を知らぬ者もいない、私立であるのに偏差値はトップレベル。
だが、通う生徒はお金持ちだけでなく、貧乏な人間でも通えるように学費の調節が成績次第でできる。
多くの学生が夢を見て目指す登竜門でもある。
そして、俺は、今日、この門を潜る。
門を超えると、人が集まっている場所があった。
そこに俺も足を向ける。
「……だ、誰でしょう、あのお方……」
「すげー美人だな……」
俺を讃える声が聞こえる。だが、それは俺に呼吸しているんですね、と言っているのと同じだ。
「あ、すいま――――すいませんッ!」
肩がぶつかっただけで、男子生徒の反応は異常だ。
「いえ、大丈夫ですよ。私の不注意でもありますから」
「そんな……すいませんっす!」
大声で男は叫んで、登校口に走って行った。
人の集まりは、俺に気が付くと、次々と道を空ける。
俺を見るたび、男女問わず、口から称賛の声が漏れる。
俺は自分のクラスを確認した。
どうやら一年B組らしい。
ゆっくりと、俺は登校口に向かった。
教室に辿り着いたが、中は家ほど豪華な感じではない。が、木造とかのような古い感じでもない。伝統ある雰囲気は漂ってくる。そんな感じだった。
一ノ宮、だから、前から二番目の席に座る。
前の席にいたらしき女の子が振り返るも、俺の顔を見るとすぐに前を向いた。
誰しも初日はこんな感じなんだろうか。
教室に女の教師が入ってくる。
生徒たちはグループなどはなく、皆最初は大人しく自分の席に座っていた。
「初めまして。私はこのクラスの担当になりました、羽風 四葉です。よろしくお願いします」
羽風、と名乗る教師は、黒色の髪をゆるふわパーマをかけており、白いシャツに紺のスカートを履いていた。眼鏡をかけているが、その愛らしい顔つきには、とても似合っている。
モデルのようなスタイルで、胸も普通以上にあり、やや強調しているような気もするが彼女なりの武器なのだろう。
「まだ入学式まで時間があるので、自己紹介を始めましょうか。私は年齢は二十四歳です。主に科目は数学を担当してます。趣味は家でDVDを見ることです」
見た目の割りには意外と普通、というのが俺を含めた全員の印象だろう。
「それでは出席番号一番の方、どうぞ」
「は、はい!」
突然指名されたから驚いたのだろう、とても大きな声で立ち上がった。
栗色の髪の毛のポニーテール。それに愛嬌があって、ややポッチャリしているが、それこそ男子の需要はあるんじゃないかと思う、普通よりやや可愛い、クラスにいる人気者ってよりかは影の人気者みたいな感じだ。
「は、初めまして! えっと、赤根 早月です! この高校に来たのは、私どうしても将来獣医になりたくて、勉強してこの学園に高等部から入りました。趣味はウチで飼ってる猫の肉球を触ることです! あまり馴染めないかもしれませんが、よろしくお願いします!」
恥ずかしかったのだろう、真っ赤になって赤根さんは自己紹介を済ませた。
惜しみない拍手が送られ、皆が暖かい笑みを赤根さんに向ける。
「では次の方」
「はい」
俺は席から立ち上がった。
クラスの視線は全てが俺に向く。
だが、怖くはない。不思議と冷静だ。
「初めまして。私も、赤根さんと同様にこの高等部から学園に入学致しました。私にはどうしても叶えたい夢があり、その為にここに参りました。クラスの一員となれるよう努力いたしますので、皆様、よろしくお願いいたします」
お辞儀をすると、クラスからはち切れんばかりの拍手が響いた。
それは俺を称賛する声と同じ。
――――そう、誰もが俺に惚れるのだ。
三日前、聖五は俺に女としてのファッションについてを教えてるときに言った。
「疲れたなぁ……。ゲームしたいし、漫画読みたいな……」
「戯言を」
「いや、さすがに毎日毎日女のことばっかり勉強してたら、そりゃ疲れるよ」
「秋桜様は何もわかってらっしゃらないようだ」
聖五は続けた。
「秋桜様の見た目は、それはもうとんでもない美貌でございます。これは既に一ノ宮家全員で上がっている話でして」
「どういうことだよ」
「厨房の料理人から、使用人、さらにはこの家に食材を運んでくださる方々、皆様、秋桜様のファンでございます」
「いや、料理人とか使用人はわかるけど、この家になんか送ってくる人が俺のファンっておかしいだろう!」
「それもその筈。何せ、私の個人用の携帯電話も仕事用の携帯も、全て秋桜様の待ち受けですから」
「……頭大丈夫か? 俺は男だぞ?」
「ええ、最初はそう思っていたんですが、過去のあなたは死んだので」
「ハッキリ言うな! 俺の傷心にもっと気を遣え!」
「いえ、言葉遣いの悪いお嬢様ですから」
「何言ってもダメだな」
「兎にも角にも、あなたの美貌は美し過ぎます。今まであなたを見た人、全員があなたのことを忘れられない、そう言っています。ですから、常にあなたにはスポットライトが当たっていることを意識して頂きたいのです」
「……わかったよ」
と、こんな会話をしていたのだが、自分で鏡で見てもそりゃ可愛いけど、可愛過ぎて手が届かないって感じがしたものだ。
この拍手もまた、そういうことなのだろう。
俺は席につき、その後も自己紹介を済ませていく。
クラスメイトの四分の一くらいが中等部から上がってきた生徒だが、このクラスは高校からこの学校に入学した者が多いようだ。
何人目かわからぬ自己紹介が終わったところで、教室の扉が開かれた。
「はぁ……はぁ……遅れてすいません……」
遅刻した人がいたのか、確かによく見ると、隣の席が一つ空いていた。
「ちょうどよかったわ。次はあなたの番よ」
「……はい」
走ってきたのか、息を整えてから顔を上げる。
「……え……」
俺は目の前にいる美少女に思わず声を漏らした。
黒く艶のある肩まで伸びた髪。
宝石のガーネットのような赤みを帯びた瞳。
ほどよく白い肌に平均以上はあるであろう胸。
名前は……。
「鷹峰 千里です」