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2/8

俺、女になっちゃったみたいです。①

「え……」


 目が覚めると、そこは見慣れない場所だった。

 家の天井ではなく、綺麗なシャンデリアのある部屋。

 起き上がると、いつものシングルベットではなく、誰と寝るんだよと思えるほどの大きなベッドだった。

 部屋の中に視線を送ると、ベッド以外何もない、ちんけな部屋だ。

 だが、部屋は途轍もなく広い。

 そして、天蓋付きのベッドであることから、女の子のベッドであることには気が付いた。


「どこだここ……」


 と声を発した時に、自分の声ではないことがわかった。やけに高い。

 喉に手を触れてみると、いつもの肌を触った感じではなく、滑らかで細い。

 顔もいつもより一回りも二回りも小さかった。


「これって夢……?」


 そうだ夢に違いない。

 きっとあり得ない夢を見たからあり得ない夢に切り替わったんだ。

 と思ってほっぺを抓るも、痛い。


 どゆこと? 夢じゃないの?


 そう思っていると、扉が開き、スーツ姿の老人が入ってきた。

 白髪が目立ち、眼鏡をした、これは、爺やとかいう呼び方が一番ピンとくる。


「お目覚めですね、お嬢様」

「は? お嬢様?」

「ええ、お嬢様です」


 ニッコリと微笑む爺や。

 俺の頭はわけがわからずパンク状態だった。


「手鏡を貸しましょう」


 爺やは胸ポケットから手鏡を取り出し、それを俺に向けた。


 そこらへんのギャルとは違い、まるで金の糸のような美しく長い髪。サファイアのように青く、大きい瞳。とても整った顔。そして……。


「む、胸が膨らんでる!?」

「ええ、当然ですね」


 ニッコリと微笑む爺や。

 いやちょっと待てよ。俺は男だよな!? 男だよな!?


「爺、待て、混乱しているようだ」


 新たに扉から入ってきたのは、二十代くらいだろうか。前髪を上げ、額を突きだし、かなり身長の高い男。花形とは違った意味で、かなりイケメンだ。品もあり経済力もありそうな感じだ。


「初めまして。私はお嬢様の身の周りの世話をさせていただきます。東郷(とうごう) 聖五(せいご)と申します」

「お嬢様って、俺は男なんだけど」

「ふむ。鏡を見ても信じられぬようですね。記憶がまだ曖昧といったご様子ですね」

「曖昧っつーか」


 覚えてるのは、卒業式の帰り道。鷹峰さんと話して、鷹峰さんが俺に何かを伝えようとして……そこで俺の記憶はなかった。

 俺の思考が終わったのを見て、聖五は続けた。


「お嬢様、思い出した事はありましたか?」

「どうしても、こうなったことに記憶はない」

「わかりました」


 聖五は頭を下げ、俺を真っ直ぐ見つめる。


「お嬢様は、かつて、一人の男杜若 菊乃として人生を歩んでおられました。しかし、彼女――――鷹峰 千里ととの下校中、不慮の事故に巻き込まれ、死亡しました」

「なっ……」


 俺が、死んだ?


「なんだよソレ……。笑えないドッキリに付き合ってられねーよ!」

「ええ、ですが、付き合ってもらわねば困るのです」

「何言ってんだよッ!」


 死んだなんて思えない。俺は鷹峰さんと帰り道で気を失っただけだ。

 そうだ、そうに違いない。


「大体これだって夢なんだろ? 明晰夢ってやつだろ?」

「違います。お気持ちはわかりますが、これは一刻も争う事態なのです」

「だからなんなんだよ!」


 溜息を吐く聖五。横にいる爺やも目線を俺には向けていない。


「車、飛行機、電車、銀行、不動産、保険。その全てにおいて名の知られる、一ノ宮グループをご存じですね?」

「なんだよ、いきなり、そんなの誰だって知ってるわ……」

「ここは一ノ宮財閥の総裁、つまり、一ノ宮家でございます。そして、あなたは一ノ宮家の令嬢として、ここに来てもらいました」

「なんだと!?」


 日本、いや世界をも動かせると言われている一ノ宮財閥。一般人の誰でも知っており、一日に一回以上は必ず目にする名前だ。


「この財閥には、ある風習があります」

「……風習?」

「はい。我々、一ノ宮財閥では、神の助言を頂くことができるのです。この一ノ宮家始まって以来、神の声を聴き、あらゆる状況を打破してまいりました。現在の総裁で十五代目ではありますが、財閥を脅かす数々の困難を神の声に従い、避けてきたのも、これまで同様の風習、神の声に従ってきたのです。ですが、今回の危機は少し特殊でして……」


 喉の奥で言葉がつっかえた様子で聖五は一度、言葉を止める。


「……我々の総裁と、その奥様の間には子供が生まれなかったのです。今年でもう還暦となり、総裁は神の声に耳を傾けました。その神からは、一ノ宮家にやってくる女子が新たに、この世界を回すであろう、と」

「俺に、そんなことができるのか?」


 どんな大事だよ。ドッキリカメラを見てるみたいだった。

 しかし、聖五の表情は嘘を吐いていない。それだけは確かにわかっていた。


「いえ、できません。正確に言うと、今のままでは、という意味です。あなたの運命の相手こそが、この一ノ宮財閥の新たな総裁になる、いや世界の総裁になるということです」

「……なんなんだよ。わけわかんねーよ……」

「これは予言などではありません。数々の危機を救ってきた神の確信です」


 俺の運命の相手が世界を救う?

 そんなバカげた話があるか。


「そんな話に付き合ってられないな。俺は帰る」

「どこにですか」


 ベッドから降りようとすると、聖五の厳しい眼差しが俺を射抜く。


「あなたは、今、帰る場所があると思ってるんですか? あなたは死に、今頃葬式をやっている頃ですよ」

「な、そんなふざけた話あるか!」

「いいでしょう」


 聖五は爺やに無言で指示を出し、部屋から出て行った。


「それではお嬢様はこちらを着てください」


 そう言って渡されたのは、女物のスーツだった。




 ◇




 車に乗り、二十分くらい経った。昼間の道を爺やが運転し、助手席には聖五が座っている。

 窓から見える景色は、俺の知っている街、朝日ヶ丘だった。いつも俺が見てきた街だ。

 ようやく到着する。


「くれぐれも、自分が杜若 菊乃であることを悟らせてはいけませんよ」


 聖五はそれだけ伝え、家まで見送ってくれた。

 だが、俺は足を止めた。

 そこには、葬式の看板があり、俺の名前の上に『故』と書かれていた。


「……そんな……まさか……」


 俺の足がまるで骨を抜かれたかのように座り込もうとした。

 だが、俺の身体は支えられ、地べたに座り込むことはなかった。


「……アンタ、知り合いか」

「……ッ!」


 俺の身体を支えてくれていたのは、あの日先に帰った啓二だった。

 必死に啓二、というのを抑え、俺は涙を流した。


「……そうか、知り合いだったのか。俺も、なんて言ったらいいのかわかんねーよ……」

「……すいません」

「あ、もうすぐ始まるけどいいのか?」


 啓二の声を身体を振り払い、俺は自分の車に戻った。


「いかがでしたか?」

「……俺、本当に死んでるんだな……」

「……ええ」


 再び、車は一ノ宮家へと走り戻った。



 家に戻ると、数十名ほどの男の執事達が迎えてくれた。

 やがて、俺は食席へと通され、席についた。

 自分が死んだことによるショック。だけど、生きているという事実。

 それが度重なってわけがわからなくなった。


「ほぉ、神のお告げ通りだったな」


 顔を上げると、目の前には白髪で身体ががっちりとした男が立っていた。年は六十代といった感じで、浴衣を纏い、歴戦の剣士みたいな風貌だった。


「初めまして、だな。私は一ノ宮 源蔵(げんぞう)。知っているかもしれないが、この財閥のトップだ。今日から、お前の父となる親だ」

「……お、俺は……」

「がっはっはっはっはっは!」


 声を発しようとした瞬間に、源蔵は高らかに笑った。


「おいおい、笑わせるなよ。お前は今、女だ。もう男じゃないんだぞ?」

「だけど、お、俺は!」

「あーもういい。わかった! お前面白い奴だな」


 源蔵は俺の対面に座る。


「さて、どこから話したものか。聖五から話は聞いてると思うが、お前さんは死んだ」

「……はい」


 この言葉を聞き、脳裏には啓二の悲しそうな顔がすぐに浮かんだ。


「だが、生きている。生きているってのは素晴らしいもんでな。美しいものをたくさん見れる。そう例えば空。例えば海。例えば山。例えば俺の嫁とかな。だが、死んだら見れねぇ。俺はガキの頃、神様なんて信じちゃいなかった。だけどな、いるんだよ」


 それは都合のいい人間を殺す神か?

 そう思ったが、やはり財閥のトップというのを聞いただけで、俺はいつも通りに話すことさえできない緊張に包まれていた。


「……これから話す話は全部嘘じゃねぇ。この一ノ宮家は聖五が話した通り、神のお告げを正しく聞いてここまでの財閥になった。その当時の人間には多くの試練があったんだ。中には、戦争を一人で止めにいかないといけない、とかあってな。だが、今回はそうじゃねぇ」


 源蔵の表情が曇る。


「俺ぁ、神に見放されたのさ。神からの言葉は、お前ではこの一ノ宮財閥を破綻させる。と。子供も産めぬのは嫁ではなく俺の責任だとな。実際不妊治療とかいうのにも行って、俺の方に生殖機能はなかったわけだ。だから、次世代の育成をしろって言われてな」


 子供を産む能力がない男だったのか。


「神からは、こう告げられた。この一ノ宮家に天空より現れし女子の、運命の人物こそが、この一ノ宮財閥ならぬ世界をも動かす人間であろう。そして、一年以内に見つからなければ、お前も俺も、この財閥は全部がなくなり、日本いや世界は破滅するだろう、とな」

「一年以内!?」

「ああ、お前の命は元々昨日で終わる運命だったそうだ。しかし、実際は生きている。ま、死んだようなものだが。だから、俺をいや世界を救ってくれねーか。頼む……」


 頭を下げる源蔵。世界でトップの総裁が俺に頭を下げてる姿など、かつての俺には想像もできなかっただろう。


「総裁。見つからなければ一年で世界は滅びます。ですが」


 聖五が現れ、話を割って入る。


「お嬢様。あなたは、一ヶ月のうちに運命の人とされる候補の12人のうち、どなたかとキスをしなければ、あなたの命はそこで亡くなります」

「……え?」


 一年以内に運命の人を見つけなければ死んで、一ヶ月以内にキスをしないと死ぬの!?


「運命の人候補の12人ってなんだよ」

「神から告げられた、あなたの運命の人である候補に12人の人間がいます。その中に真実の運命の人間もいますが、その誰かとキスをしていただかないと終わる、ということです」


 俺、ファーストキスもまだなんだけど……。

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