プロローグみたいです。
好き、という感情は一体どこから湧いてくるのだろうか。
俺には、好きが何なのかもわからない。
人は、すれば世界が変わると言っていた。
恋って一体なんなんだろうか。
運命って一体なんなんだろうか。
◇
円花中学校の卒業式。それは俺の三年間通っていた場所のものだ。
教室で、喜ぶ者、涙する者、それぞれが、三年間学んだこの学び舎の教室で話を交わす。
これで、過ごしていた日々が終わると思うと、切ない気持ちになる。
俺は、杜若 菊乃。見た目も普通で頭脳も普通、取り立てて何か特技があるわけでもないし、特別なものはない。趣味も普通のゲームや漫画。運動はしないけど、中背中肉だ。
だけど、一つだけ誇れるものがある。
それは平凡だからゆえなのか、誰にも気づかれることなく、誰かを見る事ができるということだ。
この才能あってか、知らぬうちに目で追ってしまう人がいた。
名前は鷹峰 千里。黒く艶のある肩まで伸びた髪の毛。宝石のガーネットのように赤みを帯びた瞳。ほどよく白い肌に平均以上はあるであろう胸。
鷹峰さんとは、中学三年中、今年と一年のときにしか同じクラスになっていない。
彼女に視線を奪われるようになったのは、中学校一年生の春。
まだ友達もできていなかった俺が教科書を忘れ、それに気づいて貸してくれてからだ。
彼女を見てると、幸せな気分になった。
それも今日で最後だ。
「おい、菊乃」
椅子に座っていた俺の背後から声がした為、振り返る。
そこには学年一、いやこの学校一のイケメンとアンケートでも結果の出た花形 啓二がいた。背も俺よりも高く、女かと思ってしまうほどの美貌を兼ね備えた男。小学校から親同士の仲が良く、いわば幼馴染というものだ。
もちろん、親同士だけでなく、俺と啓二も毎日一緒に登下校する仲だ。
「いつまでそうしてるんだ。今日はクラスで送別会やるからファミレスに行くって言ってただろ」
「そうだったね、ごめん。なんか感慨深くなっちゃって」
「ま、俺と菊乃も、高校は別々だからな」
軽く笑っているが、啓二もこの学校に思うことがあるのか、笑顔がぎこちない。
「啓二はモテるんだから、今日も告白スタンバイされてるんじゃない?」
「……その話はめんどくさいからやめろって言っただろ? それに好きでもない奴から告られたって嬉しくもないし、断る方も嫌なんだけどな」
啓二は半端なくモテる。それこそ、学年全員に告白されてるんじゃないかと思えるほど。
だが、その話をされるのは好きじゃないようで、何度かこの話をすると嫌そうな表情をするものだ。
「ごめんごめん! で、ファミレスには何時に行けばいいの?」
「一回各々帰ってからじゃないか」
「え、てっきり俺はこのままいくものかと」
「制服姿では入れないだろ。先に帰ってろよ。で、一緒に行こうぜ」
「うん」
その話をしたきり、啓二は教室から出て行った。
「杜若君」
「え?」
再び顔を前に向けると、そこには鷹峰さんの姿があった。
その瞬間、俺の耳に鼓動の音だけが響いた。
目の前に、鷹峰さんがいる、それだけで俺の緊張は期末試験のときを遥かに凌駕していた。
「え、えーっと、な、なんでございましょうか」
「ふふっその返事の仕方なんか変だよ?」
「あ、あはは、そ、そうかもしれないね」
軽く微笑んだ鷹峰さん。口元に手を当てている上品な仕草なのに、全く嫌気がない。
それどころか、彼女の顔が近くにあるというだけで、俺の視界はクリアになる。
「あのね、皆で打ち上げをする前に、話がしたいんだ」
「え、あ、う、うん」
「帰り道、途中まで一緒に帰らないかな?」
こ、これは告白という流れなのか!? それとも、ただ単に途中まで一緒とかいうことだからか!?
俺には全くわからなかった。
途中までお互い、クラスメイトと話をし、それから下級生達に見送られながら校門に向かった。
そして、校門を出ると、鷹峰さんが待っていた。
「いこっか」
その一言に言葉すらでなくて、俺はただ頷いた。
二人で歩く帰り道は、いつもの景色なのに、花畑のように見えた。
夕日は眼を奪われるかのようなオレンジ色。
春先だからか、少し風が冷たかった。
「……中学校一年生のときね、私、どうしても杜若君に話したかったことがあったんだ」
「それは何かあって?」
「ううん、何かってわけじゃないんだけど、あれは、日曜日だったかな。ショッピングモールの裏で、杜若君と花形君一緒にいたでしょ?」
それは、秋くらいだった気がする。
ショッピングモールに花形から誘われて、映画を見に行ったのだ。アクション映画を見た後、自販機を探して、裏手の方に出たら、不良に出くわし、その不良の彼女が啓二のことが好きだとかで別れた後で、いちゃもんつけられた挙句、啓二となぜか俺まで殴られた。という事件だ。
「あの日ね、私もあのショッピングモールにいたんだ。そしたら、花形君と杜若君がいて、何を言ってるかはわからなかったけど、花形君の前に出た杜若君が殴られたのを見たんだよね」
「あー、そんなこともあったね……」
カッコ悪いところ見られたな……。
俺は顔を下に向けた。
「それを見てね、私思ったんだ。友達を大切にするっていう人は、いっぱいいるけど、実際に友達の為に前に出て殴られる人初めて見たんだよね……」
「殴られる人って見る機会少ないしね」
愛想笑いしてみるも、鷹峰さんの表情は見えない。
そりゃ俺だって好きで殴られたわけじゃないし、啓二が殴られるのは、やっぱり駄目だって思ったからなんだ。
「で、でね……それを見てから、私は……」
鷹峰さんが顔を上げて、俺の方を見た。
宝石のガーネットのような瞳は今にも雫がこぼれおちそうで、彼女の顔もやや赤い。
「私ね……」
そのとき、俺の視界、聴覚は周囲全てのものをシャットアウトしていた。
ここから先が、本当に俺の求めていたものならば……。
心臓の鼓動の音だけが響き渡る。
顔が熱く、足が震えて今にも座ってしまいそうだった。
「私っ! 杜若君のことが――――」
その瞬間、俺の意識は消えた。