『──』の罰
あぁ……めっちゃ遅れてごめんなさい
男の人────あきらお兄ちゃんが来て、私たちの生活は一気に変わりました。
「『──』、朝ごはんですよ〜。」
「はーい!!」
まず、数も2つから3つに増えました。
あと、ごはんの時にみんな笑うようにもなりました。
「へぇ、ご飯に味噌汁と魚ですか。これぞ『和』って感じですね。」
「……わ…………ですか?」
「あぁいや、気にしないでください。とりあえず、冷める前に頂きましょう。」
「「「いただきます。」」」
それと、ごはんがとっても美味しくなりました。
「ご馳走様でした。さて、私は街に薬を売ってきます。」
いち早く朝ごはんを食べ終わったお兄ちゃんは、そう言って立ち上がりました。
「じゃあ、私たちは薬草を取りに行きましょうか。」
「うん!」
そうしてわたしは、お母さんと一緒に出かけます。
お母さんと一緒にいるおかげで、火の玉を投げられることも無くなりました。
そして、昼頃には家に帰ってお勉強をします。あきらお兄ちゃんはとっても賢いお医者さんで、私の知らないことをなんでも知っているのです。
「ねぇ、あきらお兄ちゃん。」
……ある日私はあきらお兄ちゃんにお願いをすることにしました。
「はい、どうかしましたか?」
「私、お医者さんになりたい!」
そう言うと、あきらお兄ちゃんはびっくりしました。
「医者に、ですか?」
「うん!……私、生まれたときから尻尾が1本しかない『できそこない』の狐って言われるけど、炎や幻術が使えなくても、お医者さんなら誰かの役に立てる……でしょ?」
私がそう言うと、お兄ちゃんは少し辛そうな顔をしました。
「……そうだね。」
でも、すぐにいつものお兄ちゃんになって言いました。
「よし、わかった!お兄さんが『──』ちゃんに医学を教えてあげよう!」
「やったー!!」
……ということで、私は魔法や医術をお兄ちゃんに習い始めました。
この時に貰った、『医療魔術大全集』はずっと、これからもずっと宝物です。
そして、それから1週間後。
「『我が血に流れる万物の根源を糧とし、彼の者を癒せ──低位回復魔法』。」
今は回復魔法の試験をしています。
お兄ちゃんが怪我をしたので、それを治す試験です。
怪我をした部分を柔らかくして、くっつけて、完璧に治るように魔法で再生力を高めます。
「うん、『低位回復魔法』も結構様になってきたね。これなら『銅級医療術師』相当の実力はもうあるかも。」
「……!!ホント!?」
お兄ちゃんがゆっくり首を縦に振ります。
私は嬉しくって仕方がありませんでした。
「うん。じゃあ次は『中位治癒魔法』を……。」
実はもうその魔法は使えるのですが、びっくりさせたいので、まだナイショです。
「あら、それならもうできるみたいですよ。」
でも、お母さんが先に言ってしまいました。
私が先に言いたかったのに……。
「えっ、そうなんですか!?」
「えぇ、昨日薬草を取りに行ったときにはもう。」
でも、お兄ちゃんはびっくりしていたので、作戦成功です。
「ねぇ、お兄ちゃん。私すごい?」
そう言うと、お兄ちゃんは私の頭を撫でて褒めてくれました。
夜更かしして勉強してよかったです。
「……うん、すごい。勉強を始めて1週間で、もう執刀補助までできるなんて……。」
「ねぇ、あきらお兄ちゃん。約束、覚えてる?」
「……うん、『中位治癒魔法』を覚えられたら、看護師として旅に連れて行く。そういう約束だったね。」
お兄ちゃんがそう言うと、お母さんは目を丸くして驚いていました。
「うん…………ねぇ、お母さん。私、あきらお兄ちゃんと一緒に行きたい!!」
「……そうね……白空さん。」
真剣な顔をしていたお母さんは、突然頭を地べたにつけて言いました。
「どうか、娘をよろしくお願いします。」
それを聞いたお兄ちゃんも、真剣な顔で頭を地べたにつけて言いました。
「……こちらこそ、よろしくお願いします。
娘さんを、必ず立派な医者にしてみせます!」
私がその格好を真似して地べたに頭をつけると、2人は笑いました。
──それから3日後、お母さんの身体が良くなって、翌日にでも旅に出ようという日のことでした。
朝ご飯を食べていたとき、汁物に刻んだ『夜来草』──眠くなる薬草が入っていることに気付きました。
「『我が万物の源を対価とし、彼の異物を除け。除毒魔法』。」
私はそれをこっそり取り除いて、小瓶の中に入れました。適当な所に捨てると危険だし、自分を守る武器としても使えるからです。あきらお兄ちゃんに教えてもらいました。
私は、あきらお兄ちゃんが私の実力を試すために薬草を入れたんだと思ったので、あきらお兄ちゃんが分かるように汁物を一気に飲み干しました。
「…………?」
すると、突然目の前が歪みはじめました。
「『──』ちゃん!?どうしたの『──』ちゃ────」
私の意識はそこで途絶えて、次に目を覚ましたのは、あきらお兄ちゃんの背中の上でした。
「ん……あきらお兄ちゃん……?」
「……もう起きたのかい。」
お兄ちゃんはまるで逃げるように街から離れていました。
「……どうして、そんなに急いでるの?お母さんは?」
「忙しいから、もう会えないよ。」
お兄ちゃんは、まるでいつものお兄ちゃんじゃないみたいに冷たく、そう言い放ちました。
「…………じゃあ私、お母さんにお別れを言いに行きたい。」
「ダメだ。」
「…………どうして?」
私は、お母さんに教えて貰った昔話を思い出していました。
「……ッ。」
「わたしとお母さんが出会うといやなんでしょ……あきらお兄ちゃんも悪い人間だからっ。」
「ちがッ……」
お兄ちゃんの話を聞く暇もなく、私は小瓶をお兄ちゃんの顔へ叩きつけました。
『夜来草』のエキスを入れた小瓶です。
「あきらお兄ちゃんの嘘つき!!」
「くっ……行っちゃダメだ!!『──』ちゃん!!『──』ちゃん!!」
お兄ちゃんの声が聞こえなくなるまで、わたしは家に向かって全力で走りました。
「……え。」
しかし、家はもうありませんでした。家には火が着けられていて、ほとんど崩れ落ちていたのです。
「……お母さん。大丈夫、だよね?」
私は今度はゆっくりと街に向かって歩き始めました。そして、歩きながら考えました。
「……もしかして、あきらお兄ちゃんは火事にびっくりして、あんなに遠くまで飛び出して来ちゃったのかも。」
きっとそうです。そうに違いありません。お母さんが忙しい、というのも火事の後始末のことでしょう。
「なぁんだ!よかった!」
でも、私は勘違いして、あきらお兄ちゃんに酷いことをしてしまいました。
「お母さん。わたし、あきらお兄ちゃんと仲直りできるかなぁ。」
その答えが聞きたくて、街まで駆け足になりました。
そして、街の広場まで来たとき。私はついにお母さんを見つけました。
「………………え。」
ボコボコで、ボロボロで、コゲゴゲで、グチャグチャで、ジュクジュクで、
「お母さん……。」
お母さんはもう元の形を留めていませんでした。
「お母…………さん?」
わたしはもう、無我夢中で駆け出していました。
「お母さん!!お母さん!!お母さん!!!」
人混みをかき分け、真っ白い台の上で力なく横たわっているお母さんにしがみついて、回復魔法を何度も使いました。
「治れっ!治れっ!治れっ!!治れっ!!」
私の鼻からどろっとした赤黒い液体が噴き出しましたが、目の前が白くチカチカと光りましたが、無視して何度も回復魔法を使いました。
……でも、
「…………どうして。」
全然まったくお母さんは治りません。
「……どうして治らないの……?返事してよ……お母さん…………。」
すると、お母さんにへばり付いていた私を、何かがひょいと引っ張り上げました。
「は、離して!お母さんを治さないと!!」
私は精一杯の力で暴れましたが、全くの無駄でした。
そしてその男は、この里で最も尊い里長はぽつりと呟きました。
「残念だが、その者はもう治らん。たった今、私の手で処刑し、死んだからだ。」
「『シ』…………?」
それは、私にとって初めての経験でした。
あきらお兄ちゃんから、何度も聞かされた言葉の1つ、『死』のことでしょうか。
1度そうなってしまうと、もうどうしようもない。『死』のことでしょうか。
「…………そだ。」
「ん?」
悲しい気持ちでいっぱいでした。
悲しい気持ちでいっぱいでした。
もういっぱいいっぱいで、何を、何も、分かりませんでした。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!嘘つきッッ!!!お母さんを返してよ──ッッ!!!!!」
ただ必死に、精一杯叫びました。
生まれて初めて精一杯叫びました。
でも、届きませんでした。
「それは無理だ。罪を犯した者に、適切な処罰を与える。それが里長の仕事だ。」
「…………つみ?」
「あぁ、そうだ。貴様の母親は魔物との交配を行った。これは我々の血を愚弄する最も汚らわしい罪だ。」
訳が分かりませんでした。
私は、お母さんのこどもで、でもお父さんは分からなくて、でも、まもの…………?
「そして、その交配で生まれた忌み子がお前なのだ。」
もう何も信じられないくらい、信じたくないことでいっぱいでした。
「よって母と同じく、『浄火の刑』を持って罪を精算する!」
でも、しにたくありません。
どうしても、訳が分からなくても、生きたいっ。
そんな思いで呼んだのは、
「……お兄ちゃん…………たすけてっ。」
あきらお兄ちゃんでした。
そして、目の前いっぱいに広がった炎────
「……お待たせ。遅れてごめん。」
──それを蹴り飛ばして来てくれました。
「…………あきら、お兄ちゃん……!」
「……人間…………貴様その子供の正体が何か分かっているのか。」
「正体がどうした……子供に罪はないだろッ!!」
いつになく、激しい言葉でお兄ちゃんは話していました。
「……知っていて尚庇うか。これで貴様も『処刑』できる。」
「…………寄ってたかって、子どもを殺そうと……お前達は心が痛まないのか……?」
「ふむ、確かに心苦しい。我が一族からこのような出来損ないが産まれるなど。」
お兄ちゃんは手を血が出るくらい強く握りしめました。
「下衆が……!」
「故に焼却しよう。罪も、血も、魂ごと貴様らを焼き尽くし、そして赦そう。」
里長が手のひらから炎を出すと、周りの妖狐もそれぞれ炎を出しました。
「…………間違ってる。」
「…………こんな方法なんて、間違ってる。分かってるんだ。けれど。」
「お前らの方がよっぽど間違ってる……!!」
遂に、沢山の炎が辺りを埋めつくして、私たちに勢い良く迫────
「──『調伏』。」
『──それは、まるでこれから見知った友人を送るような、遠く遠くへ見送るような、消え入るような悲しげな独り言だった。』
でも、それは悲しくなくて、むしろ、子守唄みたいに安心する声色でした。
「…………ば、馬鹿な。」
『その瞬間。四方八方から迫る無数の火球が止まった。』
それは、お祭りの明かりみたいにとても綺麗でした。
「お眠り。」
『そして囁く言葉は、まるで子供を寝かし付けるような、優しさを孕んでおり、とても優しく、易しく、不鎮の筈の火球──狐火が消える。』
それは、夜が来て、一斉にみんなの家から灯りが消えたみたいでした。
「…………化け物。」
妖狐達は口々にそう呟きました。
「そうだ、僕は化け物だ……!!
この子は僕が貰った。次この子の前に姿を現してみろ、今度消えるのはお前たちだ。」
それを聞いた妖狐たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように各々の家へと帰った。
そして、私達は母の亡骸をすっかり焼け落ちた家の跡地に埋めて────
「──そういえば……墓参り、あれから1度も行かなかったな。」
(思えば、なんて悲惨な過去。さっきのが走馬灯だとすると、せっかく一生に一度の夢、もっと幸せな夢を見せてくれてもいいんじゃないかと思────)
そんな風に感傷に浸っていると、不意に耳元で
「────ッ!!タマモ!!!!!!!!!!」
爆音。鳴り響く耳鳴り。
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
「あら無音。もしかして全部ジェスチャー!?
おいおい、死にかけた直後にかくし芸……結構攻めるねぇ!」
なんてウザさだろう。しかし、おかげでまだ死んではいないということと、このおバカの鼓膜がぶち破れているということが理解出来た。
「…………『上位回復魔法』。」
なので、親切にもう1発食らわせてやることにした。
「お、あれ?聞こえる!」
「アホ────────ッッッッッッッ!!!!!!!!」
キーン。脳天がクラクラするほどの耳鳴り。
「…………げ、元気そうでなにより……。」
「お陰様で。」
そう言って私は、ご主人様とは似つかない程の阿呆──金子練にべぇっと舌を出してやるのだった。
いつも読んでくれてありがとうございます。
ちょっと週1投稿でリハビリさせて下さい!




