目眩く時空の順行
すみません!遅れました!
よく寝過ぎた日のような倦怠感と、それとはまた別の違和感。そんな不思議な感覚を覚えて目を開く。
やけに白。視界の端から端、隅々まで白色だったのが印象的だった。
「ん…………ここは?」
よくこんな眩しい部屋で眠れたな。そう自分に感心するよりも早く、
「起きたか、父さん。」
部屋と同化してしまう程の白髪の青年がそうポツリと呟く。
「…………?お前は…………誰だ?」
ゆっくりと記憶を辿ってみるが、視界の隅を占領しているその顔に全く見覚えがない。
「……仕方のないことだけど、実の親に『誰だ』って言われるのは……少し堪えるな。」
声こそは悲しそうだが、表情に変わりはない。
いや、敢えて言うとすれば諦めか。
「そう言われても…………ごめん。本当に身に覚えがないんだ。
実の親?ってのもよくわからないし…………。」
「レクス。」
ふと、探るようにしてポツリとそう呟く。
「…………?レク…………ッ!!?」
練は一瞬考え込むような素振りをみせたが、それは本当に一瞬だった。
「俺の名前は『カネコ・レクス』だよ。父さん。」
目が覚めるような思いだった。
「お前いつの間にそんなに大きく…………。」
歩き回るその背丈を見ると、2メートルに迫るほどで、とっくに背を抜かれている事に、ショックを感じずにはいられなかった。
「子供の成長は早いって言うだろ?
……兎に角、何か食べながら話そう。食欲は?」
「ん……まぁ無くはないけど。」
「じゃあお粥でも作ろうか。」
そう言ってレクスはテキパキと調理を開始する。
ふと、気になった事をレクスに投げかける。
「…………なぁ、ここはどこなんだ?」
「ここは月だ。」
「つ、月ぃ…………!?」
そんな風に練が驚いている内に、白い湯気の立つ卵粥が完成した。久し振りの消化である事を加味してか、お湯が多めになっている。
「……さぁ、どうぞ。腕は動く?」
「………………上手く……動かない……なんで…………?」
久し振りの運動。それが違和感の正体だった。
長期間寝たきりだったため、身体がすっかり衰弱してしまっていたのだ。
「まぁ、久し振りだしな。俺が食べさせるよ。
……ん?ほら、口を開けてくれよ。」
それは、100%善意から来る行動だということは理解できる。だが、
「え、やだ。」
「このままだと栄養失調になるけど。」
このままだと所謂『あーん』になってしまう。
「やだ!!初めてが男なのはやだ!!」
その大きく開けられた『だ』の口にスプーンを差し込む。
「ほい。おいしい?」
どっちが理由かは不明だが、練は悔しそうに涙を流していた。
「く……何が悲しくて男に『あーん』を……!!
…………待てよ?」
ふと、何かに気付く。
「俺は何年寝てた……?」
それは『定番の話題』だった。
「約1万7000年。」
ただ、期間は定番ではなかった。
「い、いち……っ!!?」
あまりの衝撃にベットから転げ落ちてしまうかと思ったが、代わりにベットがガタリと揺れる。
「まだ動かない方がいいって。眠りっぱなしで筋力が衰えている。」
「…………そんな、馬鹿なこと……ッ!」
「思い出してみなよ。自分が何をしたか。」
季と渡り合う為に錬金術と破壊を何度も使った。挙げ句に季の技、『絶空』に耐える為に数千回に及ぶ破壊の使用。
錬金術ですら使用するだけで、想像を絶する程の苦痛と負荷が掛かるというのに、その上位互換の破壊神の力を使った時の反動の恐ろしさは想像に難くない。
「俺はこの宝玉の力はちょっとしか知らないけれど…………対価は身を以って知ってる。」
ぞわり、恐怖が背筋をなぞる。
「お前…………まさか。」
思えば矛盾はあった。
赤ん坊だった彼がどうしてここまでできたのか、1万年強歳をとっていない練に対して青年となっているレクス。
「強制的に成長した。父さんを救える状態になるまで。」
それを聞いた瞬間だった。
「お前…………何やってんだッ!!!一歩間違えば死んでたかも知れないんだぞ!?」
上手く扱えないハズの両腕でレクスの両襟に掴みかかり、酷く咳き込みながら声を荒らげて叫ぶ。
「命懸け?上等だよ。それで母さんが泣かないで済むなら。」
練の掴む力が少しだけ緩む。
そしてやけにちっぽけな声で、言い聞かせるようにポツリ。
「…………お前が死んでも季ちゃんは悲しむだろ。」
その直後、やけに陽気な2組の声が部屋に木霊する。
「ただいま〜!」
「今日はお肉が安かったので唐揚げ〜って何してるんですか!?」
ダークとライトだった。1万7000年という長い時間で、誰も彼も変わってしまったんじゃないかという不安があった。
けれど、
「うわぁ!?お兄ちゃんが起きてる!!どういう状況!?」
「せ、せ、赤飯!?赤飯ですか!!?今から赤飯炊いた方がいいですか!?」
「赤飯はやめておこう。父さんが消化できないよ。」
彼女達は変わっていなかった。その事実だけで少し救われた。
「………………ごめん。大人気なかった。」
素直にそう呟き、両腕を下ろす。
「仕方ないさ。起きたばっかりで気が動転してるんだろ。」
レクスはそう呟きながら襟を戻し、踵を返した。
「えっと……レクスくん?」
「父さんに何が起きたか教えてあげてくれ。俺は……少し準備をしてくる。」
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