目眩く時空の消失≠ #00『今、過去、未来』
終章。
……あの瞬間、何故季があれ程取り乱したのか。
それは練が季の『冷静さ』を破壊したからだ。
時間稼ぎと、素肌は両手だけというブラフ。
たっぷり稼げた時間で靴を脱ぎ、その右足で季の小さな生足に触れ、冷静さを破壊していた。(この時、練の冷静さも勝手に崩壊していた。)
つまり、マインドハックを誘ったあの時には既に、季の冷静さは打ち砕かれていたのだ。
冷徹な仮面を脱いだ無防備な季の心は、崩壊していた練のラブコールが一気に雪崩込んで一瞬でダウン。
その一瞬の取り乱しに打ち込んだ一撃、『記憶の垣根の破壊』。
許可なしに他人の家の卒業アルバムを読み漁るよりも酷いプライバシー侵害行為だが、そのお陰で、
「…………あ。」
ほんの、ほんの一端だけ理解が及ぶ。
触れられた気がした。『神咲季』という少女の、脆くて儚くて脆弱な本心に。
(そうか。不安なんだ。)
不安。○○が起きたらどうしよう。○○になったらどうしよう。○○が来たらどうしよう。○○が○○だったらどうしよう。○○○○○○○○○○○。組み合わせは無限大、だが対処ならば簡単。
何でも一人できればいい。災害を抑え込む力、病気や怪我を治す力、あらゆる存在を倒す力、運命を操る力、あらゆる力、あらゆる力、力、力、力、力力力力力力力力力力力。
だから、不安に、未来に怯える少女に皮肉を込めて『命運を握る魔王』。
(なんつー悪趣味な命名だ……!!)
そして、同時に理解する。
『魔王』のルールを、『命運を握る魔王』"プレデター"が己に、世界に掛けた制限の正体を。
(所詮言伝。季ちゃんの過去に立ち会った訳じゃない。この目で見た訳じゃない。知ったからって共感なんてできっこない。)
今まで季が感じた苦しみなんて、痛みなんて、苦痛なんて、悔しさなんて、100分の1も分からない。
(でも。)
分かる。
(それはさみしいだろ。)
孤独が辛いのは、分かる。
(そんなの望んでないだろ。)
ただ一人で消える事にあんなに怯えて泣いていた少女が、孤独になることなんて望むはずないのも分かる。
「楽しむなよ、季ちゃん。」
右手も、左手も自由だ。握り締める拳は、眼の前の少女を独りにしない為にある。
証明だ。人は独りで生きられない事を証明する。
不安や、孤独は誰かと分け合える事を証明する。
先の未来が、どんなに素晴らしいかを証明する!
「少なくとも俺は全ッ然楽しくねぇぞッッ!!!」
しかし、
「いッッッた〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッッッッ!!!!!!!!|舌噛《し"た"か"》ん"だ"〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
練の覚悟が全部吹き飛ばされるような大音量。
「…………えぇ……。」
「あ!!の!!!楽しんでないですけど!????めっちゃ痛いんですけど!!!?」
「え…………そのぉ………………ごめん。」
「ごめんじゃ済まないよっ!!もうっ!!」
……と、一通りやり取りした後、練は気付く。
(…………もしかして、現代の季ちゃんの性格って俺のせい?)
大正解。
(通りでやたら感情の起伏が激しいなぁ……と。)
最初っからこんなかんじだったもんね。この娘。
「くっ……すまねぇ季ちゃん…………俺のせいで冷静さゼロの阿呆に……!」
「そうそう、あなたのせいでアホに……ってアホじゃないですが!?アホじゃないですが!??」
「…………いや、アホカワイイ!これが正解か!破壊して良かった!」
良かねぇよ。
「か、カワイイ…………って、だからアホじゃありませんっ!」
先程までとは違い、セリフに対して一々精一杯で反応を返してくれる事に、練は普通に感動していた。
(なんだ……?この生き物…………カワイイが過ぎるぞ?)
しかし、一々精一杯なのは反応だけじゃない。
「もう……怒りましたよっ!」
攻撃も煽るような、甚振るような生半可なものじゃなく、精一杯、目一杯に、一撃一撃が掠めただけで命を奪うように変貌している。
(……やっば、油断してたぜ。アホになったからって弱くなった訳じゃないよな。)
「えいっ!えいっ!!」
当の本人は間抜けな声を上げているが、食らう側からすれば冗談じゃない状況だ。
「死ねっ!!」
敢えて防がれないよう、距離を取って放たれた回し蹴り。起こる殺人旋風。
「『バリア』ッ!」
対して練は先程と同じバリアを展開しようとするが、
「がッ!?」
発動の素振りすらなく、そのまま旋風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ゲホッ……どうしてバリアが……。」
錬金術が発動しない理由は、『望んでいない』『実力不足』『素材不足』の3つ。
「残念。この世界の魔力リソースはさっきの『世界焼握』で全部消費しておきました!」
そして今回の原因は素材不足。世界中の魔力リソースそのものが世界焼握ですべて消費されていた事が原因だったのだ。
(妙な倦怠感の正体はこれか!!)
更に、追い詰めるように手のひらを天に向けて広げる。
「さぁて、今の攻撃であなたの身体はもうボロボロ。それでもまだ、私の剣戟に反応できますか?」
瞬間、波動。圧倒的質量に風は荒れ、地は揺れる。
「『デモン・ヴォーカー』!?確かに消したハズ……!」
「消される直前から取ってきました!」
季がさらっと恐ろしい事を口走るので、練は冷や汗を垂らした。
……しかし、季のドヤ顔が終わらない。どうやら褒めて欲しいらしい。
(………………犬?)
実際、練が思わず尻尾を幻視してしまう程の『褒めてオーラ』が全身から迸っていた。
なので、思ったままを伝えることにした。
「カワイイなるほど……驚異的な可愛さだ。流石と言うほカワイイな。」
(なるほど……驚異的だ。流石と言う他ないな。)
思ったままを伝えすぎだろ。流石の季もこれでシラフに…………。
「カワイイ……驚異的……!」
……なるわけもなく更に胸を張ってドヤっていた。
最早別人だろこれ。冷静さと間違えてキャラを破壊してるよ絶対。
「…………まじでやりにくいな。」
俺の台詞だ。
「く…………やりにくい相手ですね……!」
だから俺の台詞だって!
「なぁ季ちゃん。このままじゃあ埒が明かないと思わないか?」
「ん……まぁ。」
絶対破壊の盾と、超絶火力の矛。事実、練と季の戦いはジリ貧。お互いがお互いをじわじわと消耗させていく消耗戦の様子を呈していた。
「…………よし、じゃあこうしよう。季ちゃんが全力の一撃を俺に撃つ。そんで俺が死んだら季ちゃんの勝ち。耐えたら俺の勝ちって事にしないか?」
その戦いに終止符を打つべく、練が新しいルールを提案する。
「ん、いいですよ!」
実際、どんな一撃が来ても破壊神の力なら耐えられると、信じていた。過信、していた。
「──────『限界突破』。」
ぶわり。存在の余波だけで大地が捲れ上がる。
「────ッッッッッッッハァッッッッッ!??????!!!?!!!????」
耐えられる気がしない。約束も脳裏から吹っ飛ぶような衝撃。死の予感。
(ヤバい、これダメなヤツだ。)
「ありがとうございました。短い間だったけど、楽しかったです。」
ニコリ、今度ばかりは嗜虐的ではなく、年相応の笑み、『また遊ぼうね』の笑みを浮かべる。
そして…………ぐるり。大剣を大きく回し、肩の位置で構える。
「だから、私の精一杯をあなたに。」
それは、神咲季の生涯で最強の技。
しかし、本来は『技』なんて高尚な攻撃じゃない。必殺なんて勿体無い。精々ただの"強攻撃"。
しかし、神咲季────この世界に於ける最高位の存在である神を触れるだけで殺害する存在、それが本気を出したとなると話は別だ。
季が限界突破状態になった上で放つ全力の一撃は、何物をも殺す必殺の一撃となる。
「死ねえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッッッッッッッッッッッッ────────────────────────────!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
空を、空間を、"空っぽ"すら絶ち切る必殺の斬撃、『絶空』。
────瞬間、光が消えた。
大地も、海も、空も、声も、時間も、空間も、命も、魂も、次元も、無も、何もかもが死ぬ。
その必殺の斬撃は、距離も時間も問わず、あらゆるものを無差別に殺害した。
そして、
『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが『レベルが──────
それらすべてが自らの糧へと変わる。しかし、その自分が強くなったという事実なんてどうでも良かった。
多大な倦怠感と、確実に倒したという充実感。そしてそれらが生み出す至高の達成感だけで胸は一杯だ。
「もう、誰も。」
長いように思えて、短い時間だった。
「誰も私には敵わない。」
生涯会った中で最も強かった金子練も、遂には敗れた。
「もう、恐怖する必要なんてない。」
しかし、なんだろう。
一杯のハズの胸、そこに突き刺さるようなこの…………虚無感は。
「…………まぁ、いいでしょう。」
そんな少々煮えきらないような思いでポータルを開き、現世へと帰還する。
「………………神咲…………季……!?」
恐怖を、周囲にまき散らしながら。
「金子練は…………どうしたッ?!」
分かりきったセリフだ。
もう少女はいない。彼女を少女に戻せる人間は、彼は、もう。
「彼なら…………私の中に。」
「…………死んだ…………のか……?」
「勿論。」
終わり。唯一の可能性を失い、狼狽える神々。膝を突くクール。
「…………ん?」
ふと、感じる違和。
(向こうの世界は消滅したはず…………なのにポータルが何故開きっぱなしに?)
瞬間、なけなしの冷静さがもう一度破壊される。
「おいおい、誰が死んだって?」
同じ男の手によって。
「…………どうして。」
ポツリ、それは大粒の雨のようだった。
「ど"お"し"て"し"ん"で"く"れ"な"い"ん"で"す"か"ぁ"〜っ!!」
ペタリ、崩れるように座り込んだ季の両目から、ポタリ、ポタリと、止め処なく涙が零れ落ちる。
「敗けた────完敗だ。」この涙は深い絶望故だ。
「……なんだ、俺が生きててそんなに嬉しいのか?」
しかし、彼は季の絶望を容易く否定する────破壊する。
「ずびっ…………?」
「だって季ちゃん。めっちゃ嬉しそうじゃん。」
…………「嬉しい。」その言葉を何度も何度も反芻する。
ゆっくり、春の陽気が雪を溶かすように、今一度自分の気持ちを確かめる。
そうしてやっと、
「…………そうなんだぁ……!私、嬉しかったんだぁ…………!あなたが生きてて、涙まで流しちゃうくらい嬉しかったんだぁ…………!」
気付いた。気付けた。
『生きていてよかった。』
そんな簡単な思いに気付けなかったなんて、可笑しくって笑ってしまう。
「…………一体、何が起こっている?」
それは、あまりに異様な光景だった。
世界を滅ぼさんとする魔王が、男と一緒に笑っている。
その奥に隠されている意図を思わず勘繰ってしまうが、あまりに自然にころころと笑う少女に毒気が抜かれてしまう。
逆に、あの魔王が可愛らしい笑いに釣られて、つい笑ってしまう。
暫くしないうちに、笑いの輪はその場にいる全員に拡がっていた。
魔王と神もどきと筋肉エルフと神々。それらが一同になって笑うのは、過去未来において今この瞬間だけだろう。
「なぁ、季ちゃん。」
そして、暫くしない内に練が季に話し掛けた。
その練の面持ちがあまりに真剣だったので、思わず声が漏れる。
「ふぇ。」
頬を赤くして狼狽える季を更に追い詰めるようにして、更に言葉を続ける。
「どんな時だって助ける。」
「ん…………。」
「だから……安心して堕ちろ。季。」
あまりに強引な誘い文句。
乱暴過ぎて甘さの欠片もない。
「そんな誘い方ってないでしょ!!?
あなたの方がよっぽど魔王っぽいよ!!」
冗談めかしてそう言ってみるが、練の目は真剣そのもので、口を真一文字にして季の返事をじっと待っていた。
伝わる。本気だ。本気で堕とす気だ。
「信じて……いいの?」
知れたこと。
「あぁ、後悔させない。」
じわり、それは胸に刺さった氷柱が融けるような思いだった。
「…………ズルい、ズルいよ。あなた。」
そして、体も、脳も、心も、何もかもがゆっくりと融かされる。
『『命運を握る魔王』"プレデター"が消滅しました────』
『不安』の弱点は『安心』だった。
「そんな魅力的で乱暴な誘い、断れないじゃないですか……!!」
やっと分かる。欲しかったのは力じゃない。温もりだ。
両手を広げて『それ』を求める。
「そりゃ、断らせる気ないからな。」
当然理解していると言わんばかりにその手を取り、胸の中へと引っ張り込む。
今まで生きてきたのはこの腕に抱かれるためだったと、そう思える程に満たされていた。
「…………ねぇ。」
「……ん?」
「私、今すっごく冷静じゃないです。」
時間にしては一瞬。
「え!?と、と……季ちゃん!?」
けど、頬に感じたこの感覚はきっと未来永劫に。忘れられないだろう。
「本当にしたいキスは、未来の私にあげます。」
そう言って小悪魔っぽく意地悪な笑みを浮かべて言う。
「だから、ちゃんとお嫁さんにして下さいね?」
それは、あまりに魅力的で乱暴な約束だった。
「…………断れないな。それは。」
いつも読んでくれてありがとうございます!!!
この章の最終話長すぎだろ!!5500文字くらいあるので前回の本文+あとがきくらい長いです。
計画性なさすぎじゃね?
ってことで、次の話は土曜日です。よろしく〜!




