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激闘のあと(後編)

さて、復活するなりセクハラをぶちかましたアホの事は適当に放っておいて、シルフィアの回復魔法は正確かつ丁寧で、かつ迅速だった。

練も自分の体から痛みという痛みがどんどんと消えていくのが自覚できたのか、堪えるような表情がゆっくりと穏やかになっていくのが見て取れた。


「……ふぃ〜それにしても疲れたな。全身がもうボロボロ。」


そう言ってシルフィアを見ると、シルフィアは心做しか後ろめたいような表情をしていた。


「あはは……災難でしたね。どっちかって言うと責められるのは私の方なのに。」


「ん?なんで?」


「だって、お兄様じゃなくて、私が勝手に既成事実作っちゃった……って感じじゃないですか。」


それを聞いたシルクは頭を抑え、大きな溜め息を吐いて言った。


「…………ダトオモッテタヨ。」


「え。」


それを聞いたフィオネムアはパァッと明るい表情になって言った。


「あら〜!やっぱりシルフィアはお母さん似ね〜!!」


「「……えぇ?」」


「…………そこは似て欲しくはなかったけどね……。」


それを聞いたフィアルーンは膝から崩れ落ちた。


「そんな……シルフィア…………この男に騙されてたとか、襲われたとか、脅されて無理やりとか、そういうのじゃ無かったのか────ッッ!!?!!

私との約束は────ッ????????」


「え、いつの間に?星になったんじゃ……。」


「私はシルフィアの為なら光の速さだって超えられるのさ!!」


フィアルーンがそんなことを言っている隙に、フィオネムアはとんでもないことを口走った。


「じゃあ、練さんとシルフィアちゃんの、結婚を、王族特権で認めちゃいま〜す!」


え、何この人やっば。

実際、その宣言でフィオネムア以外の全員が目を丸くして硬直した。


「……って待ってよ!そりゃないでしょママ!!私結構頑張ったよ!?」


「言ったでしょう?エルフの恋は奪い合い。略奪愛なら、そう!N○Rならオッケーです!!」


「なに言ってるんですかお母様!!?!!」


本当になに言っちゃってんの?!!


「……ん?つまりどゆこと?状況についていけてない。」


さて、放置気味のお婿さんは放っといて、フィオネムアはシルフィアの肩を持って諭すように言う。


「ちゃんと練さんをメロメロにするのよ、シルフィアちゃん。」


「…………うん、もちろんです!お母様!!というかもうお兄様は私にメロメロですよ!!!

ね〜お兄様っ!」


そう言ってはにかみながら練に投げかけるシルフィアに、あの頃の面影は────空気キャラの面影は全く無かった。

今の彼女は、木漏れ日に差す一筋の光のようで、思わず練は頬を掻いた。


「え〜……えと、その…………なんか改めて言うのはなんか……恥ずかしいな〜ナンチャッテ!」


え、普通にウザい。

シルフィアもジト目で練に無言で圧力をかけていたが、練はそっぽを向いて下手くそな口笛を吹いた。


「ふん、私に勝った男がその程度で恥ずかしがるなんて……見損なったよ金子練!!

さぁそんな意気地無し男より私とラブラブしよシルフィアァァァァァァァ」


さて、懲りずにルパンダイブを発動したフィアルーンをジト目で一瞥しつつ、シルフィアは詠唱破棄で魔法を発動する。


「『転移』。」


「ァァァァァァァァ────………………。」


フィアルーンの声は木霊し、シルフィアは大きな溜め息を吐いた。

そして改めて練に向き直って頬を膨らませながら言った。


「ほら、意気地無しのお兄様!早く立って下さい。そろそろ魔力も回復したでしょ?」


しかし、練はただ一言。


「無理。」


そう言い放った。


「もう!お兄様の魂胆は分かってるんですよ?

どさくさに紛れて乙女の柔肌に触りたいんでしょ!シルフィアは知ってるんですから!」


「いや、ホントに。全身筋肉痛だからマジで無理。めっちゃ辛いホントに。ホントに。マジでキツい。マジで!!!」


それは迫真の叫びだった。確かにいつも運動しないやつがあんなに動いたらこうなるわな。


「……お兄様。」


そして、シルフィアはまたまた大きな溜め息を吐いて言った。


「流石にダサいです。」


「な…………!!!」


「ほら、行きますよ〜。」


(…………明日からガチで鍛えよ!!)


魔法でぷかぷか浮かされながら、練はそう思ったのだった。

全ては筋肉。筋肉が解決するのだ……!



…………そして、日がすっかり落ち、星が輝き始めた頃。

シルクとフィオネムアはバルコニーで酒を嗜んでいた。


「……フィオネ、さっき練さんが不利になるように話を誘導してたよね。」


フィオネムアはそれを否定せずに、グラスを傾けた。

抜けているように見えるが、彼女は一国の女王。その強かさは流石と言うべきだろう。

そして、


「……えぇ、流石に三股かけるような男には……ウチのシルフィアちゃんを渡したくなかったの。

…………でも、あの娘が。あの引っ込み思案のシルフィアちゃんが、まさか既成事実まで作っちゃうなんて!!それほど、あの娘にとって大切な恋だったのね。悪いことをしたわ。」


そして、グラスの酒がすっかり無くなってから、小さく溜め息を吐いて呟くようなか細い声で、更に言葉を続けた。


「……だから、怖いのよ。あの娘が恋を失った時、彼を、亡くしたその時、私達がその替わりになってあげられるのか。」


「僕は練さんになら、うちの子を任せられると思ってたけどね。

……殺しても死なないよあの男は。なんたってこの世界を救った英雄だ。」


フィオネムアのグラスに更に酒を注ぎながらそう言って、シルクは少し紅潮した顔で笑って続ける。


「……まぁ流石に、三股は信じられないと思うけどね。」


「あら〜あなたが三股してたコト。

私、まだ根に持ってるんですよ〜?」


「あぁいや!アレはただのロボット!!ゴーレムなんだって!!」


「本当かしら〜?」


そう笑いながら空を見上げる。今宵の月は綺麗な吸い込まれるような満月だった。


(……あ、そっか。練さん、3人全員に既成事実作られた可能性もあるのか。

だったら苦労しそうだな〜。お酒が呑める日が来れば一緒に呑んで話したいな。)


「……いいお酒を用意し


──パリン。シルクのセリフを掻き消すように、何かが割れるような音が響いた。


「…………あら?あなた?」


振り向いた瞬間、気付く────頬が紅くないだとか、服が違うとか、そんなんじゃない。

もっと別の違和感。


「……フィオネ?今帰ってきたのかい?いつの間に!」


不意に吐かれたその言葉に、思わず手元のグラスを取り落とす。

しかし、グラスが落ちる音すら聞こえないほど、フィアルーンの心臓の音は煩く脈打っていた。

酒で紅潮した頬も蒼く、どんどん血の気が引いてゆく。


「…………冗談……よね?」


そう言って、フィオネムアはペタリと地面に座り込む事しかできなかった。

いつも読んでくれてありがとうございます。


新章、開幕────

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