勇者
「間に合え…間に合えッ!!!」
現在、皇子は走っていた。風に揺れる木漏れ日の下を。
腰には彼の代名詞とも言える『バルムンク』が下げられており、忙しなく小刻みに揺れている。
何故、あの王城に二人が残ったのか。
ジークとアストル。
指揮と伝令。
しかし、指揮はおろか、伝令すらまともに機能していない…なぜか。
「くッ…『強靭化』ッ!」
ジークに淡い黄色が纏わり付き、明らかに速度が変わる。
そして先程の答えだが…そもそも、ジーク・アスタは王城に残っていなかった。
そして、彼は森を抜けた。
そこには森にあるのが信じられないほど白く、手入れされた一軒家があった。
中に光が灯っていた。
「……」
息を殺し、窓を覗き込む。
『強靭化』が終了し、オーラも消えた。
「紅茶です〜!どうぞお飲みになって?」
「あぁ、悪いね、頂くよ。」
そこには自らの父と、見知らぬ女性がいた。
ただ、女性の目の色は青、髪の色は赤。
ジークよりも、少し鮮やかだが……
(…母さん…なのか?)
奥に目をやると、二人が自分と同じ髪色と目の色をした赤ん坊を連れている写真が立ててあった。
それが、幸運だった。
(ッ!!!)
目の端に映った。奥から触手が伸びている。
地面に沿って、その母らしき女性に接近している。
そこからの行動は早かった。
「『強靭化』ッ!!!」
窓硝子を窓枠ごと一刀の元斬り伏せ、縦回転で跳躍。
テーブルを飛び越え、回転のままに触手を切断。
「なっ!?ジーク!?」
「…ジーク!」
剣を構え直す。
奥に得体の知れない何かが居る。
剣が震えた。
「…ッ!父さんッ!母さんを連れて逃げろっ!」
ティーカップの次は、花瓶が倒れた。
「また…邪魔が……私の計画を……計画が…ッ!!」
そして、黒い場所でそれは嗤いだした。
「くくくくく………全部が私の邪魔をするなら…論理や道徳なんてどうだっていい…!!!」
壊れてしまった。いや、既に壊れていたのか。
どちらにせよ、彼女の心は丁度床に転がるティーカップの様に…ぶっ壊れた。
「私の計画が…幸福が…全部、全部無駄にされるなら………」
狂った神らしく、艶めかしく息を吐き、究極の強化を孕んだままそう言った。
「お前らの幸福も全部無駄にしてやる。お前らは、遊び飽きた。」
「さあっ!直ぐに転移をっ!!!」
「ねぇ、アナタ…」
寄り掛かかるという異常。
吸い込まれるほど深い目の青が、ドラクニア…龍の視線を掴んで離さない。
「『愛』を教えてくれてありがと。」
「な…に……?」
迫り上がる血と唇のサンドイッチで、言葉を出し切れない。
隠し持ったナイフで胸を一突き。
魔法を紡ぐ、もっと言えば腰元の剣を抜くことすら不可能。
その突き立ったナイフ以外は正常な彼の体を、深淵が支配する。
「またなジーク。」
勇者の一振りは、残酷だった。
いつも読んでくれてありがとうございます!!
…アビス様はスッゲー吹っ切れたようで。




