転移したけど裏切られました
死にたく……な………い………俺は……まだ………ッ!
変な夢を見た、血塗れになって地面を這い蹲る夢だ。だが、そんな夢の中と反して、やはり変わり映えは一切しない。
そんないつも通りの朝だった。
ふと、今日が新学期だと思い出し、溜息を吐く。
どうして新学期はこんなに怠いのだろうか。
「いってきます」と言い学校を目指す、残念ながら家族の声は聞こえない、なんて薄情な奴らだろう。
そんな他愛の無いことを考えながら歩いていた。
もしこの時、ラノベに触発され過ぎた結果、『異世界に行きたい』だなんて思わなければ、俺の運命は変わっていたのかもしれない。
突然足元に魔方陣的なものが現れたとき、俺は正直興奮していた。
その先に待っている地獄を知らないままに、俺の平凡な日常は黒い光に消し去られるのだった。
期待に胸を膨らませ閉じていた目を開けると……そこは光に照らされても尚黒い空間が拡がっていた。
そしてその中央、つまり目の前には女性が立っていた。
「こんにちは、金子練さん。」
不思議なことに、目の前の女性は自分の名前を知っていたが……多分心でも読んだんだろう、そこは異世界テンプレ!
逆にここが異世界であることを確信し、俺は心を躍らせていた
「すいません…少し心を読ませて貰いました。」
その形容し難い美しさを持つ女性が、申し訳無さそうな表情でそう言った。
正直こっちも申し訳なくなるので少し困った。
「私の名前は廻魂の女神アビスと言います。」
「この世界は魔王に存在を脅かされています。」
「どうかこの世界を救ってくれませんか?」
「王道きたッ!」なんて事を呟き、練は極力格好を付けた笑みを浮かべた。
「俺にできることならなんでもしますよ。」
……しかしそこまで格好良くは無かった。なんなら返答すらしない方が中の上位の第一印象で留まっていたろうに。
けれど、その女神はその返答に微笑で……
「ありがとうございます。
それでは、貴方に勇者としての力を授けましょう。」
……どっちかというと業務的な微笑でそう告げた。
そして、遂に、その瞬間のこと。彼の本音が暴発した。
それはもう獣のような……あっ、獣に失礼なレベルでした。すみません。
「異世界チートキタぁぁぁぁぁ────ッッッ!!!!!」
あぁ(感嘆詞)醜い、果たしてこれが主人公の姿なのだろうか。
いや、違う。そう言い切りたいが、肯定するしかなかった。
「ど、どうしたのですか?」
(おっと口にでてたかな?恥ずかしいなぁ。)
何故だろうか。彼は気付かない、相手は心が読めるという事実に。
「そ、それでは力を授けます」
(無かったことにしてくれるなんて優しいなぁ。)
彼のその考えは九割九分九厘違う、確実に面倒くさがられているだけだ。
それを優しさと勘違いしているだけだ。
……すると光が彼、つまりは練に向かって飛んできた。
女神から飛んできたその光に触れると、力があふれるのを感じた。
「今ならなんだってできる」彼はそんな全能感に襲われ、早く女神の為に力を振るいたい、目的を果たしたいと思うようになった。
それは傍から見れば少し危うい考えであったが、やはり彼は気付かない。
「それでは頼みましたよ。」
「はい。」
返事と共に光に包まれてワープしてるような感覚を感じた。
……といってもワープした経験が少ないので何とも言えないのだが……ふわっとして浮遊感を感じる、そんな感じだった。
そして、その後そんな感覚がずっと続いたので、しょうも無い事をずっと考えていた。
家に侵入して壺を割ったり、タンスを開けたりできるのかな。
武器はどんな感じなのかな…王道の剣か?いや、棒かもしれない、まさか銃!?…無いか。
王様は丸いかマッチョか……まさか美少女ッ!?
死んだら「おおなさけない」とか言って生き返らせてくれるのかな。
そんなアホみたいなことを考えていたせいかもしれない。
「みつけた……!」
好奇心や悪戯心、それと希望のまざった声にいつのまにか練は心惹かれていた。
「誰だ……?お前は……うっ……!!」
その声に手を伸ばした瞬間だった。
眼の前を一気に白い光が包み込む……途端に浮遊感を失い、地面の感触を感じた。
「やった!成功だ!ははッ!全部アビス様の言った通りだ!」
瞼の外から刺す光が淡い色に落ち着いた頃、練は恐る恐る目を開いてみた。
……そしてすぐに後悔した。
目の前に30歳は既に超えていそうなおっさんに四方を、いや、四方どころか八方、いや八方どころか全方向。
つまりは全くの隙間なく囲まれていた。
さらに言えばそのおっさん共は子供のように目を輝かせていた。
当然その状態で正気を保てる自信は彼にはないし、作者にもない。
「ヒィギャーーーーッ!!」
悲しい事に、それが彼が異世界で初めて喋った言葉になった。
「ゴ、ゴホン、それでは自己紹介を……
私はカルス・アビル11世と申します。」
さて、その国王と名乗る男性は、言葉遣いに反して明らかに悪人面であった。
具体的には下心丸出しの豚貴族って感じの、なろう系主人公がいかにも目の敵にしそうなおっさんだった。
「あ、はい、えっと…俺は金子練っていいます。」
(無かった事にしてくれた……えっ?異世界の人っていい人じゃん!
でもこの王様ビジュアル的に言うと悪役なんだよな……丁度主人公のヒロインにエッチな事しようとする奴みたいな……。)
「あの勇者様失礼なのですがこの水晶に触っていただけませんか?」
突然、おじ…王様が話しかける。
テンプレ的に考えれば恐らく、その手に持っている水晶はステータス鑑定の魔石かなにかだろうが…………一応、彼はかしこいので聞いておく。
「これは?」
「これはステータス鑑定の力をもつ神提石です。ステータス鑑定の効果をもつ魔石に神が加護を下さった物です」
(それにしてもビジュアルと言葉遣いが真逆だなぁ……ギャップ萌え無ぇ。つまりは胡散臭ぇ。)
「そうなんですか、それでは早速……。」
そして、その水晶に手を触れた瞬間、彼は驚愕した。
名前:金子練
種族:人族
職業:勇者
ATK:110
DEF:115
SPD:123
INT:225
MIN:205
DEX:250
LUK:125
HP :250
MP :475
スキル:錬金術 試練 言語理解
称号:運動音痴 異世界人 廻魂神の加護 勇者 悪戯神の加護
勇者の癖に攻撃力が低いとか、明らかにステータスが後衛向けとか、スキルの統一性のなさとか、そういったことよりも。
……勇者のスキルが無いことに驚愕していた。
「……!?…………きょ、今日はお疲れでしょうからゆっくりお休みください。」
「……あ、はい。」
練は促されるまま案内された部屋へ入り、自分の中に産まれた違和感を消化できず、その場を歩き回りながら考え事を始めた。
そして、ステータスの詳細を確認してなかった事を思い出し、「ステータス」と小さく声に出す。
すると思った通り、半透明の板が目の前に現れた。
────れんくんのステータス確認のコーナー────
錬金術:
(何にも書いてない…?どういうことだ?後で解放されるとかか?)
試練:悪戯神が課した試練を突破すると新たな力を得ることができる。任意発動型のスキルを1つ変更する。
これが原因かよ!誰だよ!悪戯神って!……お、落ち着け、次だ次を見よう!
言語理解:言葉の意味が理解できるようになる
これが一番のチートかもしれない説あるぞ、動物の言葉が……いや、古代のルーン文字が読めたりとか……?
……ま、いいや、次は称号だ。
異世界人:異世界から来た者(ステータス全てに+5)
廻魂神の加護:廻魂神の加護を受けた者(称号:勇者を得る)
勇者:自身が勇者である証(職業:勇者、スキル:勇者を得る
ステータス全てに+100)
あれ素の俺の攻撃力低すぎ?嘘だろ?5しかねーじゃん。
悪戯神の加護:悪戯神の加護を受けた者(スキル:試練を得る)
「ふぅーーー」
様々な事があり、精神的に死ぬほど疲れた練は、そのままベットで眠る事にした。
食事も忘れ、ただ泥のように眠った。
そして、朝起きると玉座の間へと案内された。
王様から話があるらしく、左右には大量のおっさんが控えていた。
「昨日言いそびれていたが……世界を魔王から救ってくれるのだな?」
聞くまでもない事を重ねて王が聞いてきた。
少し偉そうな態度をしていたので、
「はい」と、少し食い気味に答えた。
「ありがとう…………それでは早速彼……騎士団長エティアルと共に北の森へ向かってくれないか?」
王の右隣に控えていた、騎士団長と呼ばれた男が前に出る。
白銀の鎧に、宝石が散りばめられた鞘、更にすごくイケメン……なだけではなく、明らかに強そうだった。
「了解です!」
そんなことがあり、彼はエティアルと北の森を歩いていた。
素の攻撃力の低さやら運動音痴やらが嫌な方向に噛み合った結果、練は戦力外どころか騒がしい的と化していた。
「レンさん、あそこに魔物が……!」
練はエティアルさんが指を差した方を向いたが……
そこにはなにもいなかった……擬態でもしているのかと思い、注意深く観察する。
「ッッ!グァッ!」
突如、聴き覚えの無い声が森に木霊した。
その声を発したのは魔物ではなく俺だった。
背中を斬られ想像を絶する痛みが身体中を走る。
俺は後ろを向き…エティアルさんの剣が血の色に染まっていることに気付く。
「……まさか……?エティアルさんッ!なんでッ!」
「おかしいと思っていたがまさか邪神の遣いだったとはな!金子練!!」
血が滴る剣を此方に向けたまま、エティアルは声を張り上げる。
「え…」
「は?…俺が邪神の遣い?」そう小さく呟くが、頭に血が上った彼には聞こえなかったようで、
「そんな顔をしても無駄だ、昨日アビス様から神託を頂いたのだ、貴様が邪神の遣いだとな!」
(アビス様?どういうこと?なんで?)
考えを走らせる間にも、身体中からどんどん血が失われていく。
『廻魂神の加護を失いました それに伴い職業が錬金術師、称号の勇者が錬金術師に変更されます』
そして、指し示したように無機質な声が頭に響いた。
『試練を達成しました:アビスの支配を振り切る』
そういえば今日王様は俺のことを「勇者様」と呼ばなかった。
────何かが変わったからだ。
そういえばアビスは突然叫んだから驚いた。
────心を読めるのにだ。
「アビス……地獄……深淵!?名前通りならあいつこそ邪神じゃないか!何故気付かなかった!?
……クソッ!これも支配のせいか!」
論理こそ破綻していたが、それは初めて練の曇った思考に穿たれた光だった。
「支配?邪神?…………ふん……貴様の戯言になど!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!アビス!アビス!!アビス!!!アビスアビスアビスゥ!!!」
『試練達成により錬金術が強化されます』
「黙れ!邪神の遣いめ!」
エティアルが俺に蹴りを放った。
勇者の力の一切を失った彼に防ぐ手立てはない。
「グハッ!クソがっ!!俺は…信じていたのに!!!」
完全にヤケクソ気味に、相手を見もせずに拳を放つ。
「なんだ?」
その拳は届かず────代わりに蹴りが練に放たれた。
「ぐっ」
吹き飛ばされ、落ちて、転がる身体。
……その身体は地面で止まることはなかった。
「あっ。」
ぐるぐる回ったその視線が捉えたのは……崖。
そして見下すようなエティアルの視線。
(落ちた…死ぬ?嫌だ!死にたくない!)
そんなことを考えても身体は重力を……落ちる感覚を……恐怖を俺に伝えてきた。
「……邪神の使い。呆気なかったな。」
(嫌だ!死にたくたい!嫌だ!嫌だッ!なんでこんなとこで死ななきゃいけないんだ!………そうだアビスのせいだ…アビスのっ!!)
「アァァァビィィィスゥゥゥゥゥゥ────ッッッ!!!!」
嫌だ…………死に
グシャ。
『死にたく……な………い………』俺は……まだ………ッ!
そして、一人しかいない空間に笑い声が響いていた。
「あの女神が加護を与えたから少しはしぶといと思っていたけど……あっさり死にすぎでしょ?」
先程の神々しさとは真逆の言葉。
これが本音だと信じられないほどにかけ離れたその言葉。
そして、光では照らすことすら敵わないその漆黒のオーラは、正しく邪悪、正しく邪神、正しくラスボス。
「さて次の勇者様でも呼びますか」
そうして、彼女が覗き込んだ水晶に映し出されたのは……『日本の街角』だった。
読んでくれてありがとうございます!
3/17日、文章を変更しました
…が、更に文書を変更しました……んですが、更に変更しました。