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ファンタジーだ、異世界だ。
魔法使いになったと言われて僕の僕はそう思った。
純粋な好奇心がむくむくと沸き上がる。
少女が誰だとか、目的はとか、そういった事が途端にどうでも良くなってくる。
僕の僕にもあった純粋な少年時代のあのワクワク感が、世界に対する純粋な希望みたいな物が、心の中を満たしていく。
「だから貴方は私を認識する事が出来るようになったの」
少女はそう言いながら、癖なのか腰まである長い髪を一房手で持ち毛先を指揮棒のように振るう。
「私の魔法使い以外からは認識されなくなる魔法を突破して」
自慢げな顔をしても似合うから美少女は卑怯だな、と僕は思いながら彼女の説明を聞いて更にワクワクする。
僕が魔法使い。
「独学の割には貴方なかなか早かったわよ」
少女が指揮棒代わりの毛先を僕に向ける。
「普人種にしては才能あるんじゃない」
僕は才能があると言われた素直に嬉しくなる。
褒められるのは慣れていたつもりだったが、褒めてくれるのが美少女というだけで、こんなにも違うのか、それとも単に思春期男子とはこういう物だったか。
「最初はびっくりしたわ。だって誰も来ないと思っていた図書館に人が来たと思ったら、私の隣に座るんだもの」
彼女の責めるような目線に耐えられず自然と謝罪の言葉がついて出た。
「いやごめん、でも分からなかったんだから仕方ないじゃないか」
思春期男子が美少女に勝てると思ったら大間違いだ。
「まぁいいわ、面白い物も見れたし」
少女が獲物を前にした猫のような目をする。
やめてほしい、思春期男子としてはそれだけで尻の座りが悪くなる。
あーいやちょっと待ってほしい。
面白い物が見れた?
気がつくと同時に血の気が引いた。
「ごめん、ちょっと質問いいかな?」
自分の声が驚くほどシリアスだった。
「何かな?」
輝かんばかりの微笑みを浮かべて少女が小首を傾げる。
「いつから君はここに居たんだい?」
僕の問いに彼女は答えた。
「我が問いに応えよ!輝ける灼炎よ!」
ぎゃー!
僕は叫び、彼女は美少女としては退場モノの笑い声を上げた。
駄目よ、基本も出来ていないのに呪文のアレンジとか。あと手の出し方を変えても意味はないわ。
長耳人種――エルフの少女――リタとだけ名乗った少女は机に突っ伏した僕に追い打ちをかけ続ける。
これも全て思春期男子のせいだ、断じて僕のせいじゃない。
断言しても良い、世の思春期男子があんな魔術書なんて物を読めばみんなやる、間違いなくみんなやる。
だから……。
「もうぉぉぉおおおっ良いだろ!」
僕は楽しげに死体蹴りをする少女に堪らず叫んだ。
「あら?」
リタは心外とばかりに顔をしかめる。
「これでも褒めてるつもりなのよ?」
どこが?アレが?アレで?
僕はリタの声音から真実を語っているという直感に驚愕しながら唖然とする。
彼女の顔が真剣みを増す。
「良い?貴方はたった一人でたった2ヶ月でここまで出来たの、これは誰にでも出来る事じゃないのよ?」
美少女に真剣な顔で褒められると照れる以上に緊張の方が勝る、飛び上がって喜びたい、というよりも走って逃げ出したくなる。
「ちなみに私は独学で3日目には理解が到達したわ」
逃げ出したいと思っていた思春期男子がプライドを刺激されて、立ち止まる。リタの挑発に近い自慢についつい反応してしまう。
自分が恥ずかしくて身悶えしそうになる。
そんな僕を無視してリタは僕の顔をのぞき込むようにしてこう言った。
「つまりね、私は貴方よりずっと魔法が上手くてその道では先輩で……つまり貴方私から魔法を教わってみない?」
その瞬間、僕の思春期男子は突然現れたソレに首根っこを押さえつけられねじ伏せられた。
自分でも驚くほどの純真な少年が勢いよく顔を出す。
「喜んで!是非!」
赤面しそうになる程の素直さに自分で自分に引く。自然顔も笑顔で、僕の中の僕は出来るなら頭を抱えて転げ回りたい。
「え、ええ勿論」
リタはそんな僕の僕でも身悶えするような素直さに当てられてか、頬をかすかに染めて頷いた。