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学校、と言ってもそこに居る必要があるのは本当に公民の授業のみだ。
あとは家に帰ってオンラインで受けるなりなんなりすれば良い。
それでも学校に残るのは、殆どがクラブ活動をしている連中だ。
9割が運動系でクラブと言っても単に気の合う人間同士が集まっているだけで、同種のスポーツをするクラブが幾つもある。
それどころか学校は単に集まる場所に過ぎず、放課後になるとどこか別の場所で活動するという連中までいる。
残り1割の文系クラブも似たようなものだ。
その中でクラブにも入らずに学校で全ての授業を受けている、となるとそれはもう本当に数えるほどしかいない。
そしてその数えるほどの人間が僕だ。
目的は本だ。
学校に図書館があった、紙の本が殆ど存在しないこの世界では学校の図書館は福祉公共都市唯一と言って良いレベルで紙の本がある場所だった。
馴染みのあるインクの匂い。
乾燥した紙の匂い。
AIが量産する本ではなく、人間が人間の為に書いていた頃の本。
ここは技術の流れから取り残された墓場であり、憧憬の墓場でもある。
人の想像力でこうあってほしい、こうなってほしい、こうなりたい、という憧れが詰まった場所だ。
未来への、人への、歴史への、ありとあらゆる憧憬が詰め込まれ、そして非効率さに負け、うち捨てられている場所だ。
誰に読まれる事もなく。
誰も読む者がいないのなら、僕が読んでやろうじゃないか。僕はある日そんな決心をし、その後は毎日ここで授業と食事以外の時間は本を読んですごしている。
僕は定位置となった僕しか使わない机に鞄を置くとさっそく書架へと行く。
本を読む、といっても僕は生憎と小説の類いを読まないタイプだったので、必然それを読むのは後回しになり、今読んでいるのはもっぱら古い魔術書だ。
そう魔術書だ。
なんとこの世には魔法がある。
さすが異世界。
残念な事にとうに廃れた技術扱いで魔法使いもいないし、魔法を教える学校も存在しない。
呪文をムニャムニャ唱えたりするより、スイッチ一つでジュースが出てくる世の中の方がみんな好みのようだ。
というわけで現在、本として残っているような魔術書というと、人文学者が人類の歴史として残そうと書いた本や、魔術書というより魔術の歴史書といった物ばかりだ。
それでも僕としては十分面白く、ここ最近では一日一冊ペースで消化していた。
僕は昨日途中で書架に戻した『ストライツ皇国における魔術研究史』なる本を手にし、定位置になっている窓際の机に付く。
正直な話、面白くない本ではあった。何冊かあった実践的な魔術書を読んだ時のような興奮は感じられなかった。
それでもまぁ3分の2も読んでしまったのだから最後まで読まなければならない、といった義務感に近い感じで読み進めていく。
そんな気持ちで読んでいたからだろう。
その気配に気がついたのは。
驚く程不思議な確信を持って僕は振り向きこう言った。
「誰?」
意識が言葉になる前に、その少女は僕に微笑んだ。その顔はまるで出来の悪い生徒を褒める教師のそれだ。
「やっと気がついた」
少女は――僕の隣の座っている少女は――そう言って自分の長い耳にかかった髪を指でそっとかき上げた。
唖然として声が出なかった。
というのはまるっきりの嘘で、僕は彼女に見惚れて声も出なかった。
エルフには美男美女が多い、がこれ程の美少女はそうそういないはずだ。馬鹿みたいな話だが、僕は彼女が突然僕の隣の席に現れた事よりも、その事に驚いていた。
固まったままの僕に少女が小首を傾げる。
「まだ見えてないのかしら?」
僕はつばを飲み込み、急いで気持ちを落ち着かせながら言った。
「いや、見えてる、見えてるよ」
「そう、良かった」
何が良かったのか僕には分からなかったが、そう言って少女は笑った。
窓から入ってくる陽光に彼女の薄青い髪がキラキラと透けて光る。
一瞬また見惚れそうになる。
「いやいや、ちょっと待って、何、どこから出てきたの?」
ともすればボーっと見惚れてしまいそうになり慌てて僕は言う。二度目の思春期男子としては一日に二度も女の子に見惚れるなんてのはちょっと許せる事ではなかった。
たぶんアレだ、大人になるってのはこの辺の感覚に脂肪がついて鈍感になるって事だ、いつの間にかその辺の脂肪が落ちてしまっている事を急速に理解しながら僕は少女の反応を待つ。
彼女は僕の慌てた反応を面白そうに見つめながら(ドキドキするのでやめてほしい)得意げに笑う。
「それは貴方が魔法を理解し始めたからよ」
あー、うん?
僕の顔は随分と間抜けだったようで、彼女はまた笑う。今度はクスクスと、美少女というのはただ笑うという行為だけでも幾つも種類を持つものなんだなと僕は感心する。
「つまり、貴方はずっと魔術書を読んでいたでしょ?それ以外に魔術史も。魔法という物はね、まず理解しないといけないの。それが魔法を使う為の第一歩で、大前提よ。つまり貴方は魔法使いに今なったのよ」
やっとでヒロイン登場