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色々あって2話投稿
当たり前の話だが福祉都市の大人は皆無職だ。
当然だけど僕の両親も無職だ。
父は趣味の写真を撮ってはネット上に公開しては、もしかしたらプロとして認められる、つまりは自分の写真が売れるのではないかとAIマネージャーからの返事を待っている。
母は自動化された炊事洗濯掃除をわざわざ手作業でやる事に価値を見いだしていて、空いた時間は一日中ディスプレイの前で過ごしていた。
幸せそうにしていた。
父と母は幸せそうだった。
ある日、両親と夕食をとっている時だった。僕はふとした思いつきで両親に学校での事を話そうと思った。
別に大した意味は無かったし、単なる雑談のつもりだった。
「学校にね、人間の教師がいるんだ、公民っていう授業だけなんだけどね」
僕がそう言った瞬間、父と母の動きが一瞬ぎこちなく止まったように思えた。
「公民……そうか、そうだな、もうそんな年齢なんだな」
父が一瞬見せたぎこちなさを誤魔化すようにそう言った。母がそれを見て困ったように笑顔を浮かべる。
「父さんは、あの授業は殆ど寝てしまっていたなぁ」
と父が冗談のように言い。
「もうお父さんったら、テツが真似をしたらどうするんですか」
と母がそんな父をたしなめた。
僕はその日から家で学校の話をしても、公民の授業の話は二度としなかった。
何故かそう心に決めた。
「皮肉な事に民主主義の萌芽は階級制度の中で産まれる事となった」
カラク先生の授業は混沌としていた。
時には雑談のようにしか思えない話、時には地理の話、文学の話に歴史の話。
今話している内容はどちらかというと歴史の授業でやるような物で、そもそも本当に歴史の授業と被っている内容だった。
つまりは優秀なAIの教師が既に教えているような内容だった。
この段階になると真面目に授業を受けていた人間の中にも脱落し始める者も増えてきていた。
騒いだりする事は無かったが、別の授業の課題をしたり、単に居眠りしたり、時折真面目さを取り戻したりする生徒が増えてきていた。
僕はというと、何故か未だに真面目組に属していた。
自分でも不思議だったが、僕は何故かカラク先生の話から耳を背ける気にはなれなかった。
「1400年頃に建国されたと言われているボルボート帝国は獣人種が作った国であり、彼らはその類い希なる身体能力によって、瞬く間に中央大陸に巨大な帝国を築いた」
カラク先生の言葉に何人かの獣人種の生徒が耳をひくつかせる。彼らの耳や尻尾は表情以上に彼らの感情を表す。
殆ど無意識に近いらしく、総じて彼らは嘘を付くのが下手で、それを開き直って直情的な性格の人間も多い。
「ボルボート人は多くの国を征服し、そこから大量の奴隷を手に入れたが、獣人種が支配階級にあった国家の多くがそうであったように、彼らもまた過度とも言える極端な実力主義社会を形成していった」
カラク先生が黒板にグラフを呼び出す。
単純な折れ線グラフだが、奴隷の数を表している緑の折れ線が一時期を境に下降線を描いている。
「このグラフでも分かるように、ボルボート帝国はある時期を境に奴隷の数が減少し始めている。これは彼らの拡張拡大政策が終わり、新たな侵略戦争をしなくなったせいで奴隷の流入が止まり、新たに奴隷となる人間よりも奴隷から国民へ取り上げられる人間の方が増えた事による変化だ」
黒板に別の画像が映し出される。
写実的な絵で、普人種、つまりは僕のような普通の人間が粗末な服を着ている獣人種を従えている絵だった。
「この絵のように支配階級であったはずの獣人種が逆に普人種の奴隷となるというような逆転現象も珍しくなくなっていた。彼らの極端な実力主義は弊害も勿論あったが、このように」
絵が切り替わり今度は大通りを歩く人々が画かれた絵が表示される。
「彼らは世界初の、多人種の国民によって形成される社会をもった初の国家となった」
映し出された絵には色々な特色を持った人間が描かれていた。
僕のような普人種、色々な獣の特色を発現させた獣人種、俗にエルフと呼ばれる長耳人種。今では混血が進み殆ど見なくなったような人種の姿も描かれていた。
「最初に変わったのは貴族だった。彼ら貴族は長年、皇帝と同じく国民を支配する立場であったが、それは皇帝と権力を争い続けたと言い換えても間違いではない、と言うよりも彼らは積極的に皇帝から権力を奪うことに熱中していた。その熱中は百年単位の周到さと熱意に支えられ、貴族の中にさへ元奴隷か奴隷を祖先に持つ者が増え始めた頃に議会という形で結実する事となる。
彼らの中にあったのは、支配者を皇帝一族に任せる必要はない、という考えだった。むしろ彼らの中の急進派には貴族である必要ですら認めていない者すらいた」
僕はカラク先生の話を聞きながら、絵から目を離せずにいた。
たくさんの人、たくさんの意味ある人々。
与えられない人、手に入れようとする人々。
求める人、持っていないから、与えられていないから、自分自身で求める人達。
僕はずっとその絵から目を離せなかった。