2-1
想像していたよりも読んでくれる人が多くて驚く。
いやマジでありがたいです。
教室に入るとそこには一人の大人が教壇の前に直立不動で立っていた。
真っ直ぐ伸びた背筋、肩幅に広げられた両足はどっしりと上半身を支え、適度な力で後ろで組まれた手は己の手綱を完璧に掌握しているようだった。
僕はまずその姿勢に目を奪われた。
彼女が女性であるとか、長身であるとかそういった事に気がついたのは、教室に大人がいるという事実に戸惑いながらも席に着いた後での事だった。
僕以外の生徒も教室に入るたびに少しギョッとすると、僕と同じように戸惑いながら席に着いていった。
定刻になり、教室に全員が揃っているのを確認すると、彼女はゆっくりとした口調でこう言った。
「おはよう諸君、私はカラク・ミスエルテ。諸君らがこれらから受ける公民という科目の担当教師です」
僕はやっぱり教師だった、と思った。
これは多分僕が以前違う僕だったからそう思っただけで、他の生徒は大いに戸惑っているようだった。
それに僕は彼女の目をなんとなく知っていた。
それは導こうとする人間の目だった、教えようとする人間の目だった、そしてそれが殆どの場合は正解も無く成功もしない事だと知っている人間の目だった。
カラク先生の説明は簡潔で、必要な事だけを必要なだけ、相手に伝え相手が理解している事を確認して終わった。
相手というのは勿論僕たちの事で、カラク先生は伝える、特に相手が理解しているかどうかの確認に手を抜くことはしなかった。
公民は週に一度だけの授業である事。
オンライン等での出席は認められない事。
正当な理由無き欠席は将来にわたる権利の不利益を発生させうる事。
このたった三つの事を僕たちに理解させるのにカラク先生は実に1時間もの時間を使った。
「では諸君、来週の同じ時間にまた会おう」
カラク先生がそう言った時にやっと終わったと思ったのは僕だけじゃなかっただろう。
こうして僕の後期学習期、初登校初授業は授業をサボるとヤバいという事だけ理解させられて終わった。
「民主主義の始まりを、少なくともその萌芽を古代都市国家の直接選挙に見いだそうとする者がいるが、はっきり言ってしまえばこれは誤りである」
カラク先生の授業は、あの初授業からは到底想像がつかないものだった。
あれだけ相手に伝える事と理解したかの確認を執拗に繰り返した人間のものとは思えなかった。
相手が理解しているかどころか、相手が聞いているかすらカラク先生は気にしなかった。
授業を妨害する行為以外は、眠っていようが個人端末を見ていようが一切気にしなかったのだ。
「民主主義において選挙制度それ自体が重要な骨子の一つではあるが、もし他に国民が自分達の代表を選ぶもっと良い方法があれば取って代わられる程度の物でしかないのもまた事実であり」
そしてカラク先生は授業中に僕たちがノートを取ったり、録音録画したりする事を禁じていた。
つまりは真面目に授業を受けるつもりなら黙って前を向き話を聞けというわけだ。
「重要なのは国民の意思で選ぶという事であり、そしてその国民が平等であるという事だ。つまり民主主義においては奴隷の存在を容認しえないという事であり、故に奴隷が社会基盤の一つとして機能していた古代都市国家の直接選挙に民主主義の萌芽を見いだすというのは間違いであると言える」
そして時折カラク先生はなんとも言えない目で僕らを見る事がある。
時には真面目に前を向いている生徒、時には眠りこけている生徒、見る対象はバラバラだったけど、僕はその目で見られるたびに落ち着かない気分になった。