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というわけで連載再開です。
「私が今から話す事は軍の機密である」
兵士に対してこれ以上に有効な脅し文句は他に無いだろう。
僕とビラルは自分達が厄介事に巻き込まれつつあるのだという自覚だけをヒシヒシと感じながら、聞きたくもない軍の機密を聞くハメになった。
もしかしたらこれが今日一番の理不尽だったかもしれない。いや違う、僕はこれが今日一番の理不尽であってくれと願ったのだ。
「今回の君達の作戦だが、ハッキリ言ってしまえば全てが嘘だ」
まあ、有り体に言ってカラク中尉の言葉は衝撃的の一言だったのだが、もっと驚くべき事に僕はこの頃には完全に感覚が麻痺しきっておりカラク中尉のこの言葉にあーそうなんだぐらいしか思わなかったのだ。
素直に衝撃を受けそうなビラルですら直立不動のまま動かなかったのだから、僕らが二等兵一日目としては中々にハードな一日を過ごしていると自覚せざるえない。
カラク中尉はそんな僕らの反応を一切気にする事無く、というか動揺も示さなかった僕らを逆に気に入ったのか淡々と話を続ける。もしかしたら彼女は僕達が二等兵だという事を忘れているのかもしれない。
「君達はガラ空きになったこの星で敵意性AIの工場を破壊するという作戦に付いていたと思うが、これは陽動だったのだ」
カラク中尉は僕らにこう説明した。
数ヶ月前に軍は奇妙な通信を受け取ったと。
その通信は目下敵意性AIの製造工場があると思われている星からだった。
いや、この説明は正しくない。
正しくは、推定100年以上前に送信された信号を受信した、だ。
敵意性AIとの戦争が始まったのが120年程前であるという事実と、それが敵が戦争初期から制圧しているだろう惑星から発信されるという、非常に示唆に富んだ事実を軍は重要視した。
急遽、軍は調査艦を派遣し調査を開始したのだが、そこで更に驚くべき発見をする事になる。
なんとその信号が今も発信され続けていたのだ。
軍上層部は多いに沸き立った。
何せ今まで敵意性AIとは交渉どころかちょっとした挨拶すら交わせなかったのだ。
何か自然現象の誤認、難破した民間船からの信号ではないか、といった懐疑的な意見を建てていた者達ですら、彼ら敵意性AIとの間に降って湧いた新たな可能性に興奮した。
軍は政府との協議の結果、専門家であるヴォルテール氏を迎え入れ特殊部隊による調査作戦を立案した。
つまり、それが僕らを囮にして調査部隊を安全に降下させるという、この作戦本来の目標だった。
ただ軍上層部にもカラク中尉達にも予想が出来なかったのが、あの対空オバケの巨大ワーカーの存在であり、予想以上に運の悪い人間が強襲輸送艇のパイロットだったという事だ。
カラク中尉達が乗る強襲輸送艇は無事だったものの、残り半数以上が乗っていた強襲輸送艇は十分安全と思われる空域を飛んでいたにも関わらず、流れ弾に当たって吹き飛んでしまったそうだ。
カラク中尉達は大幅な予定変更を余儀なくされた状況でも当初の目標を完遂しようと、信号の発信源へと行軍している最中にワーカーの群れと遭遇、そして今にいたる、という事だった。
「というわけで、私は作戦続行の為にも君達を我隊に参加させたいのだよ」
カラク中尉の言葉に、というわけとはどういうワケなのかと問うだけの気力は僕には無かった。
出来ることなら全て聞かなかった事にしたいという事しか僕には分からなかった。
僕がなんと答えるべきなのかと迷っていると、ビラルが無言の内に僕に何か言えとせっついてくる。止めろ馬鹿野郎、お前も何か言え。
「中尉、一つ質問があります」
僕の言葉にカラク中尉が頷き先を促す。
「なぜ僕達なんでしょうか?」
僕は当然の質問をする。
「兵士が足りないのであれば、本隊……」
僕は数瞬迷って言葉を続ける。
「陽動部隊と合流した後、その中から選ぶべきなのではないでしょうか?」
僕は言外に僕達のような二等兵ではなく、と含ませながら尋ねる。
「当然の疑問だな」
カラク中尉が想定内の質問だと言わんばかりに頷く。その姿はいささかも動じた様子は無く、たぶん本当に想定内の質問だったのだろう。
それにしてもその動じない姿は僕のような成り行きで指揮を執る事となった二等兵には些か眩しすぎた。
きっとこれが想定外の質問であっても、カラク中尉は動じた様子など僕達には露ほども見せずに対応しただろうと思うと、つい少し前の自分の情けない指揮官っぷりを思い出し死にたくなる。出来れば死にたい殺してくれ。
僕のそんな暗澹たる思考にAIが、そんな事は無いです、何の教育も受けずに突発的な状況であるにも関わらず貴方は立派でした、と言ってくれるが焼け石に水だ。
「理由は二つある」
淀みないカラク中尉の声が聴覚を打つ。
「一つは陽動部隊を探している時間が無いからだ」
時間が無いとはどういう事だろうかと、僕が内心で首を傾げているとカラク中尉が見透かしたように話を続ける。
「とある理由により後三日もすると我々を回収する為の戦艦が派遣されるのだ。よって現状どこにいるのかも分からない陽動部隊の捜索に時間をかける事が出来ない」
無線でも使えればそうでもないがな、とカラク中尉が苦笑交じりで独り言のように言う。
現状僕らはたった六人の多脚装甲歩兵と生身の人間一人だ。おいそれと無線を使うわけにはいかない。対処出来ない量の敵を呼び寄せてしまえばそれまでだ。
だがまぁカラク中尉の言う(僕からすれば)本隊を探している時間が無い、というのはまぁ納得出来ないわけでは無かった。
作戦時間が後三日しか残されていないのであれば、どこにいるかも分からない本隊を探していられないと言うのは本当の事だろう。
何せヴォルテール氏は僕達と違って生身のままなのだ。必然僕達とは違い休憩も、ある程度の睡眠も必要になってくる。
そう考えれば残りが三日しかないというのは十分な時間とは言えない。
「二つ目の理由だが」
カラク中尉が少し迷うように視線を空中でさ迷わせる。
「本来であればこの作戦は中止されている、というのが理由だな」
これもとある理由によって続行する事となっている。
そう言うカラク中尉を僕は信じられない物を見る目で見ていた。
それは考えなくても当たり前の事だった。
何せカラク中尉の部隊はその半数以上を惑星上陸時に失っている。常識で考えればその時点で作戦を中止して当然なのだ。
それをカラク中尉は『とある理由』とやらで無理矢理続行している事になる。
軍規には違反しないものの(AIが補足してくれた)作戦の無茶な続行なんてのは無能扱いされかねない行為だ。
確かに敵意性AIからと思われる謎の信号にはそれだけの価値があるだろう事は理解できる。だが現実的に部隊の大半以上を失い現実的には成功が難しい。
僕が知っているカラク中尉は、教室で僕達に教鞭を振るっていた頃のイメージだけだが、それだけでもとてもじゃないがそんな無能を想像できない。
装甲の下で驚く僕を見透かすようにカラク中尉が不適に笑う。
「そんな作戦に彼らを巻き込むのは可哀想だからな」
僕達ならいいのか――。
という僕とビラルの真っ当な意見は言葉にはならなかった。
なぜならその言葉は宙兵隊特有のジョークだと分かっていたからだ。つまりはカラク中尉はこう言っているのだ。
一度も一緒に戦った事が無いような奴よりお前達の方がまだマシだ、と。
一瞬、一瞬だけだが我を忘れて喜びそうになった。ビラルに至っては今にも飛び跳ねそうである。勿論外見からは分からなかったが、僕には分かった僕も同じ気分だったからだ。
存外人タラシだな、と僕の冷静な部分がカラク中尉をそう評する。
「中尉、質問があります」
「良いぞ、言ってみろ」
気を抜けば気をよくした自分に飲み込まれそうになりながらも僕は質問する。
「この作戦が重要な事は良く分かるのですが、それでしたら、いえ、そうであるのなら、何故そんなにも時間が無いのですか?」
僕の質問にカラク中尉は迷うように、まぁそれもとある理由によるのだが、と呟いた。
その視線は僕達にではなく、何故かヴォルテール氏に向いていた。
自然、僕の視線も彼に向く――。
向いた――のだが僕の視覚がヴォルテール氏を完全に捉える前にその声は響き渡った。
〈テツ二等兵!そのタスク受けましょう!〉
その声がオープンで響き渡った時、僕が思った事は“んーーッ”だった。
いやもう何か他に思う事があったとは思うのだが、真実僕は“んーーッ”とだけしか考えられなかったのだ。




