地獄へ行こう、ロケット付きの棺桶で
ドロップ、軌道降下前にはビビるもんなんです。
そういうものなのです。
#01 地獄へ行こう、ロケット付きの棺桶で
何度でも、どんな状況でも降下前は怖くて死にそうになる。
訓練で数え切れない程に降下させられたが、未だに僕は怖くてたまらない。
地面の上では僕と相棒になるビラルなんかは平然としているが、いつも降下前は体を固定するバーをガッツリ掴んでいるので正直ビビっているだろうと思うのだが、あいにくと僕らが着る多脚装甲戦闘服の頭部ユニットは頭部全体を完全に装甲で覆うのでその表情を確かめる事は出来ていない。
きっと僕と同じく、ガタガタと歯を鳴らして無線で醜態を晒さないように、歯を食いしばっているだろうと確信はしていたが。
だが怖いのは降下ではない(そんな多脚装甲歩兵はいない)ましてや地面で僕らの四肢をもいで活きの良い生ゴミにしてやろうと僕らを待っている奴らでもない。
僕らが本当に怖いのは船から投下された瞬間から、何一つ僕らの手ではコントロール出来ない状況に置かれる事だ。
それに比べれば軍曹に怒鳴られる事も、無言でこちらを値踏みするように見るお偉いさんの顔も、あの真っ白い奇妙な形のヒトモドキ達も恐るるには足りない。
理由はただ一つ。
僕らが軌道強襲降下ユニット多脚装甲歩兵だからだ。
降下筒、棺桶、空落ちる糞、まぁ呼び名は色々とあるけども、降下艇と呼ぶのが上品な呼び方だ。
大きさは小さな家ぐらいで中の広さはちょっと大きなワンルームマンションぐらいを思い浮かべてくれれば概ね間違ってないと思う。
案外広いと思うかもしれないが、これに多脚装甲服を着た人間が五人と、それを固定する機具なんかが並べられていると閉所恐怖症の人間にはキツい空間が出来上がる。
外見は丸みを帯びた円錐形で、黒く触った感じは金属のようだが、実は木材で出来ている。
そう木だ。
もちろんただの木じゃない。
宇宙空間で育ち、宇宙船の装甲にも使われるような木だ。
そんな木は知らないって?僕も初めて知った時は驚いたよ。遺伝子改良の結果だそうだ、人類の叡智万歳。
僕らは現在その人類の叡智である木製の棺桶に入れられてクソみたいな所に叩き落とされるのを今か今かと待っている所だ。
もう一度言っておこう、人類の叡智万歳。
作戦前ブリーフィングでは、今回の作戦を指揮する大佐殿が、敵はこちらの行動に気がついておらず、また降下前には二度の軌道砲撃により敵の対空兵器を無力化してから安全に降下してもらう、対空砲火は無いか有っても問題ないレベル、とかなんとか言っていたが、安全かどうかは実際には怪しい。
なにせ何もなくとも、この自称降下艇はおおよそ0.02%で事故る代物だ。
死亡事故にまで至るのはもっと小さい確率だが、実際に乗って(もしくは詰め込まれて)落とされる身としては無視できる数字ではない。
それに何事も例外は付きものだし、特に軍の作戦では例外はあって当たり前だ。
今は二度目の軌道砲撃が終わり、まさにもうすぐクソへとたたき込まれる直前なわけだが、僕はこの自分自身でコントロールできない0.02%から必死に目をそらす事に夢中になっていた。
降下艇の壁に沿って円形に並んで固定されている他の同僚達がどうやってこの恐怖に耐えているのかいつも疑問に思っているが、他人に自分の恐怖をコントロールする方法を教えて等と言うのは多脚装甲歩兵としては甘ちゃんを通り越して素人以下のやる事なので、訊けずにいる。
今度恥を忍んでビラルにでも訊いてみようかと僕の隣で固定されている彼を見たが、訊く必要もなかったなと思う。
背中と腰を支柱に、足はトラバサミのオバケのような物に挟まれ固定されており、唯一自由に動かせる両腕で、上半身を覆うように固定しているU字バーを抱え込むようにして俯いている姿を見れば言わずもがな、だ。
今回の降下作戦で実戦初参加の歩兵は、導入される二個中隊全体で、僕とビラルだけなのでこの分隊はかなりの割を喰ってる事になる。
正直他の隊員が皆平然と(少なくとも表面上は)降下その時を待っているのが不思議でならなかった。
僕なら欠員補充で新兵二人が来たら文句の一つでも垂れていたかもしれない。
自分の肉体以上の肉体をコントロールする事を叩き込まれる僕ら多脚装甲歩兵にとっては、その精神もコントロール出来て当然で、彼らはきっと本物の多脚装甲歩兵で僕はそうではない、という事なのだろう。
多脚装甲歩兵が共通して持つ、自分自身をコントロール下におけない事に対して持つあの恐怖感を、彼らはそれすらもコントロール下に置いているのだろう。
もしくは――。
僕はふと目の前にある柱に書いてある落書きに気がついた。
『地獄へ行こう、ロケット付きの棺桶で』
もしくは、その恐怖すら霞んでしまうような恐ろしい何かが、この先に待っているのだと彼らは知っているからかもしれない。
成る程、僕はまだ地獄を知らないらしい。
宙兵隊が兵士を真空から大気の底へと送るのに、毎回のように棺桶に突っ込んで叩き落としているわけではない。
だいたいの場合は輸送艇を使って(多少)荒っぽくはあるが、遙かに優しい方法で兵士を惑星の大地へと送り届けてくれる。
残念な事に僕はそういった優しい方法で初実戦を迎えるという幸運からは見放されたが、多脚装甲歩兵にとってはそう珍しい事でもないそうだ。
降下艇のカーゴ(そう僕らは荷物扱いだ)ランプがほのかなオレンジ色からグリーンへと変わる。
準備中から準備完了へと変わったという合図だ。
期待していたわけではないが、直前になって荒っぽい優しい手法で実戦初参加に変更になるという幸運もこれで絶たれたわけだ。
「総員、降下準備」
僕らの分隊を指揮する軍曹が厳かな口調で告げる。
それと同時にポーンという間抜けな音と共に僕らの耳に、正確には多脚装甲服のセンサーとバイパスされた聴覚神経に、男性の声が入ってくる。
今回、僕らをクソへと叩き落とす役割を担う戦艦(宙兵隊の大型艦船は全て戦艦と呼ばれる)の艦長だ。
どうでも良い事なのだが、何故か輸送機のパイロットは発進前に乗客達に一声かける伝統があり、僕ら荷物達は何故かその一言が無いと不吉の前兆と思ったりしてしまう。
降下艇にはパイロットはいないので、降下艇を落とす艦長がその伝統を代わりに担うわけである。「乗客の皆様、安全かつ素早い空の旅をご堪能ください」
輸送機のパイロット達の過激な顰蹙ギリギリの冗談交じりの物よりもずっと控えめで常識的な艦長の言葉が終わる前に僕らは降下準備を終える。
つまりはU字バーにある握り手をしっかりと握り、前を向き、全身の可動部をロックするのだ。
これでもう横も下も見れないのだが、実は多脚装甲服とバイパスされた視覚はこの状態でも全周囲を見ることが可能だ。
慣れるまでは体の向きに関係なく動く視界に酔ったり、自分がどこを向いているのか等の感覚を喪失したりで大変だが、慣れてしまえば(意識すれば)走りながら前を見つつ後ろも見れるようになる。
降下開始を告げるけたたましい電子音がセンサーを叩いた。
降下艇の船殻に取り付けられた使い捨てのロケットモーターが点火されると、後はもう祈るしか無い。
一応、緊急脱出用に背中を固定する支柱に固定解除用のボタンがあるが、降下艇による強襲は基本的には安全が確保されていないので、脱出するにしても生身で対空砲火に晒される事になったりするので滅多な事では使われない。
むしろ使わざる得ない状況でも使わない者も多いらしい。
ちなみに宙兵隊は伝統的に兵士を信じていないので、多脚装甲服からリモートで固定解除出来るようにしていない。
必ず多脚装甲服のロックを解除してから自分の手でボタンを押さないといけないようになっている。
新兵はパニックを起こすし、ベテランは妙な度胸試しを必ず思いつく。
半ば信仰に近いレベルで軍はそう信じている。
なので馬鹿や新兵がやらかす前に軍の生ける良心である軍曹殿が止められるようにと、軍上層部は一手間用意したわけである。
ありがたいね。
というわけで後は神に祈るしか出来ない哀れな僕ら荷物に他に出来ることがあるとすれば、降下艇のセンサー情報を見るくらいなのだが。
ビラル曰くそれは新兵がビビってやる事、らしいのだが僕は軍曹が毎回必ず見るようにしているという話を聞いていたので、見ることにする。
新兵なのもビビってるのも事実だしね。
視覚の端に呼び出した降下艇下部のセンサーは断熱圧縮された空気で真っ赤になり始めた所だった。
何かが光を反射した。
僕がそう思った瞬間には軍曹が叫んでいた。
「対空砲火!」
飛翔体が視界に入ったと思った瞬間にはそれは僕らが乗った降下艇へと直撃していた。
激しい揺れが僕たちを襲い、あっと思った瞬間にはビラルの姿が消えていた。
自然に手が動いた。
全身のロックを外し僕は緊急用の解除ボタンを殴るように叩くと、ポッカリと空いた穴から飛び出した。
背後で軍曹が待て、と叫ぶのが聞こえたが僕は返事の代わりに僕の視界が捕らえた映像を送るように多脚装甲服の低機能AIに命令を送る。
その後は無線を封鎖する。
対空砲火の中で自分の存在を喧伝するような真似はしたくない。
パッシブのセンサーがビラルの位置を掴む。
やはりパニックを起こしている、仕方が無いとは言え迂闊としか言えない。
だがそのおかげでこちらも位置を補足出来ているのだから文句も言えないか。
僕は背中の偽脚を広げ両手両足に四本の偽脚を合わせ八本足の多脚装甲歩兵となる。
AIにビラルの位置までの誘導を任せると僕はひたすらに祈る。
ヒトモドキ達の飛翔体が僕に当たらない事を、そしてビラルに当たらない事を。出来れば至近で爆発するのもやめてほしい。
多脚装甲服の視覚センサーとバイパスされた僕の目よりも優秀な目にビラルの姿がハイライトされて映る。
やっぱりだ。
僕は命令もなしに飛び出した事が正解だった事を確信した。
多脚装甲服は大気がある惑星だったのならなんと大気圏外から単独で惑星へと降下する事すら可能である。
僕も訓練で二度単独大気圏突入を経験している。
なので本来ならビラルが運悪く敵の対空砲火に当たらないよう祈るだけで良かったのだ。
だがそれも多脚装甲服が十全に機能を発揮出来る状態だったのなら、という話だ。
僕の視界に映るビラルは必死に両手をばたつかせ、解除ボタンを押そうと暴れていた。
そう、ビラルは多脚装甲服を固定する支柱ごと落ちていた。
更に運の悪い事に爆発で吹き飛んできた装甲板が支柱と背中の間に挟まっており、腕をどう伸ばしても解除用ボタンまで届かない。
どれだけ運が悪いんだ。
このまま落ちていけば例え多脚装甲服を着ていても無事では済まないだろう。
僕は地面までの距離をサブ視界へと表示させながらビラルの方へ空中遊泳する。
「ビラル!暴れるな!」
僕が叫ぶとビラルの両腕がピタリと止まり頭が僕の方へ向く。
「馬鹿野郎!なんで来た!」
随分な言葉だなぁと思いながら僕はビラルらしいと思う。
が腹が立ったのでとりあえず言い返す事にした。
「馬鹿はそっちだ、さっさとビーコンを切れ的になりたいのか?」
僕の言葉に慌ててビラルがビーコンを切るのが分かった。
僕らの聴覚とバイパスされている多脚装甲服のセンサーおよび無線は適時状況に合わせた自然な感覚で僕らに聴覚を与えてくれるが、時折だが感情のような物を乗せてくる事がある。
言葉にするのは難しい感覚だが、一瞬だが確かに自分の迂闊さで僕を危険に巻き込んでいる事を恥じるビラルの感情が感じられた。
「今から取り付くから暴れるな」
僕は偽脚と両腕を大きく広げて焦れったい速度で近づき、ビラルの上半身に覆い被さるように取り付いた。
サブ視界に表示される高度はさほど猶予は無い。
「挟まった装甲板を引っこ抜くのは無理だ。このまま解除するから装甲板に二回も激突するなよ」
僕は返事も待たずに解除ボタンを殴るように叩いた。もう時間が無い。
腹の下で小さな爆発が起こり、ビラルの上半身を拘束していたU字の固定バーが勢いよく文字通り爆発的勢いで跳ね上がる。
つまりは僕を跳ね上げた。
縦に二、三回ほど回転して見当識を無くしかけて自分のアホさをしこたま呪う。
センサーが支柱を蹴って偽脚を翼のように広げるビラルの姿を捕らえる。
が、すでに地面までは近すぎる。
ビラルが派手な土埃をあげながら地面を転がるのが視認できた。
皮肉にも跳ね上げられたおかげで普通に降りるよりも楽だった僕は、しっかりと着地姿勢をとる余裕があった。
間違ってもビラルを踏まないように余裕をもって着地する。
偽脚および人工筋肉がたわみ、衝撃吸収素材が衝撃を熱に変換、沸騰した衝撃吸収素材が蒸気となって排出される。
関節のロックが外れるまでの数秒の間、視覚センサーであたりを見回す。
青空と白茶けた砂と岩だらけの荒野、遠くに緑色の塊が見える、森だろうか?その森から上空に向けて飛んでいく飛翔体が見えた。
やっとの事で、実際はほんの数秒だったが、関節のロックが外れると僕は急いでビラルへと駆け寄った。
ビラルが喉を掻きむしるように暴れている。多脚装甲服の頭部ユニットに手をかけ必死に取ろうとしている。
何事かと驚いていると聴覚センサにビラルの混乱した感情が流れ込んでくる。
溺れる!
溺れる?
一瞬惚けそうになったが、すぐにビラルがどうなっているか理解できた。
慌てて暴れるビラルの傍らに屈み、外部からの緊急コマンドで頭部ユニットのロック機構を解除してやり、顎の下にある緊急リリースボタンを押しながら頭部ユニットを取り外してやる。
ドロッとしたピンク色の半透明の液体が流れ出てきて一瞬ひるむ。
大丈夫、これは衝撃吸収剤だ。
着地の衝撃から頭部を守るために多脚装甲服のAIがビラルに許可を得ずに頭部ユニット内に充填させたのだろう。
ビラルは溺れると言って(考えて)いたが衝撃吸収剤が肺に充填されればそこから直接酸素を得られるので溺れる事はない。
かなり不愉快ではあるが。
ビラルが四つん這いで咳き込みながら肺に入った衝撃吸収剤を吐き出している。
「死ぬかと思った」
ビラルが対空砲の真っ只中を自由落下してきた人間とは思えない感想を吐き出す。
ビラルらしいなと思いながら僕は手に持った頭部ユニットをビラルに放り投げた。
慌てるビラルの代わりに彼の多脚装甲服が偽脚でそれをキャッチする。
ようやく混乱から立ち直ったビラルが上空を見上げながら忌々しげに呟いた。
「何が敵の対空砲火は無いだクソが」
未だに敵の対空砲火が続いている。とてもじゃないが無いか有っても問題ないレベル等とは言えない密度だ。
作戦に例外は付きものだが、この例外はあってはならない類いの例外だ。部隊全体に無視できない被害が出ているはずだ、軍曹達は無事に降下出来ているのだろうか。
「それはそうと」
ビラルが顔をこちらに向ける。
「助かったよ、相棒」
若干照れながらビラルはそう言った。
その感情は言葉より何より、彼の頭頂部にある獣耳が如実に表していた。
「気にするなよ相棒」
ピクピクと動く獣耳を見ながら僕はそう返した。
僕の名前はテツ・アルアハ、普人種で今年で18歳、宙兵隊歩兵科多脚装甲歩兵ユニット所属の二等兵。
相棒はビラル、獣人種だ。