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ゆっくりと地面に向かって倒れ落ちるワーカーから飛び退くと、ワーカーの全身が視覚に入り、その魔法の威力が良く分かった。
僕の手の平から戦鎚を伝い、口腔から(あれを口と呼んで良いのなら)入った雷は、口腔からその末端までをズタズタに引き裂きながら伝導し、ついでとばかりに地面に接地した幾十もの腕も破壊していった。
あたりに充満する異臭に眉をひそめるが、口で息をしようがセンサが感知した物を直接脳が受け取っているので意味は無い。
僕は多少よろめきながらも地面に着地すると、改めて自分がやった馬鹿なアイデアが上手くいった事に安堵した。
魔法使いの体とは、その五感が繋がる物の事である。
これはリタから学んだ事だ。
過去の偉大な魔法使いの中には、その五感を森や使い魔、果ては大地とまで共有し、自身が持つ以上の魔力を操っていたそうだ。
だったら五感以上に、より強く共有している多脚装甲歩兵なら、そしてそれを制御する者と一体のAIになら、代理詠唱ぐらい出来て当然ではないか?
等という自分でも正気を疑う、馬鹿げたアイデアを僕は思いついてしまったのだ。
実際それを試そうだなんて思うのは、思いつくこと以上に正気の沙汰じゃない。とは自分でも思った。
さてここで一つ質問だ。
魔法を使う為には何が必要だろうか?
答えは簡単、魔力だ。
ちなみに魔力とは何か?なんて質問をされても僕は答えられない。なぜなら知らないからだ。
この科学の進んだ世界で解析されていないのかと疑問に思った人間は、おめでとう、多分君はこの世界に来ても魔法使いにはなれないだろう、真っ当な現代人として生きていける。
調べてないので正確な事は言えないが、おそらくちょっとデータベースを探せば(古いだろうが)すぐにその類いの情報が手に入るだろう。
だけど僕はその行為をリタから禁止されていた。
リタ曰く、「解析という行為は、魔法の理解という意味では最も縁遠い行為よ」との事だ。
また魔法とはなんぞや?魔力とはなんぞや?というような真っ当な、至極真っ当な疑問を感じるタイプの人間は、だいたいが魔法使いにはなれないそうだ。
理由を訊いた僕が「そうなんだから仕方ないじゃない」というリタの言葉に途方に暮れた、というのだけは言っておきたい。
ファンタジーは時に理不尽だ。
それでは話を元に戻そう。
魔法を使うには魔力が必要、ここまでは分かってもらえたと思う。
で実際に魔法という現象が発現するには、呪文(ファンタジーだ、凄くファンタジーだ)を唱える事によって、この世に不可視の炉を作り、そこに魔力という燃料をくべてやる事が必要なのだ。
つまり何が言いたいかと言うと、魔法とは魔力という燃料を使って発現する現象だという事だ。
ここで重要なのは、魔法の威力や規模を決めるのに、燃料である魔力は関係ない、という事だ。
魔力とはあくまで呪文によって作られた炉(なぜか魔法使いは昔からそう言うらしい)を動かす為の燃料にすぎないのだ、必要分あればそれで良い。
さてここでもう一つ質問だ。
ではもし、その魔力が足りなかったらどうなるのだろうか?魔法は発動しない?それとも発動しても想定の物にならない?
正解は、余程の魔法でない限り発動する、だ。
一部の、余程の魔法の場合は、発動しないが正解だが、魔法の数から言えば例外扱いしてしまって良い。
じゃあ、その足りなかった魔力の分はどうするんだ?という事になるんだが、答えは極めて簡単。
カロリーだ。表現が気に入らないのなら、体力でもグリコーゲンでも脂肪でもブドウ糖でも好きに呼んで貰って構わない。
本来なら複雑な代謝プロセスを経て消費されるそれらを、魔法という理外は一切無視して体がから奪っていく。
つまり、どういう事かと言うと――。
僕は、激しい目眩に強力な倦怠感、それに頭痛と眠気にも襲われていた。
とどのつまり極度の低血糖に陥っていたわけだ。
スポーツ選手が激しい運動を長時間続けている時にたまになる奴の酷い版だ。
手足の震えなんかは人工筋肉が制御してくれているが、それを制御する僕の脳は、僕以外誰も制御してくれない。
僕は教練場であれば、軍曹にこっぴどく怒鳴られるだろう、多脚装甲服を着てふらつくという醜態を晒しながら、これはマズいとその場にしゃがみ込む。
多脚装甲服を着ている時に、意識を朦朧とさせる事ほど恐ろしい事はない。何せ軽く腕を振るうだけで、人の体は真っ二つだ。
普段ならAIの補助もあってそんな事はあり得ない。だが意識が朦朧としているのなら、その限りではない、AIが僕の意思を誤認する可能性は十分ありえる。
勿論、軍も馬鹿では無いので、多脚装甲服にはその装着者の精神を正常に保つよう、補助する機能がシコタマ備えられている。
おそらく今も、多脚装甲服は突然重度の低血糖症に陥った僕に、ブドウ糖やらグリコーゲンやら何やらを、もしかしたらもっと即効性のある物をドバドバと注入している最中だろう。
僕は、突然しゃがみ込んだ僕に駆け寄ろうとするビラルに周囲の警戒を命じると。
続けてAIに各部関節のロックを命じた。
とてもじゃないが今の自分を信じるなんて事は、とうてい出来なかった(何せ突然、数十メートル飛び跳ねてもおかしくない)。
だが、AIから返ってきた返事は、朦朧とした僕を驚き狼狽させるのに十分な物だった。
〈すいません、不可能です〉
僕はその言葉だけで数十メートル跳び跳ねかけた。
〈どうしましょう、どうなったんでしょう?制御下に、多脚装甲服のAIに命令が、いえ、連動が上手く、何故?私の機能権限が誤認されています〉
もし将来、混乱するAI(それも混乱するAIが自分の体内に埋め込まれている)、という状況と対面する時の為に、僕から一つ言っておく事があるとしたら、人間一つぐらいは祈る神を持っていた方が良い、という事ぐらいだ。
「待てAI、何を言っている?どういう事だ?」
視覚の端に、AIが未だにオープン(外部にも聞こえるように音声を発生させている状態、もしくは無線で飛ばしている状態)で話し続けていた為か、ビラルが何事かとこちらを見ている。
〈分かりません、テツ二等兵、何が起こっているのか、私にも分かりません。私の機能権限が突然拡張されました、説明出来ません、あり得ません!いったい私はどうなってしまったんですか!?〉
ついにAIは悲鳴を上げた。
悲鳴を上げたいのは僕の方だ!とは言えなかった。
突然の襲撃に混乱し、疲弊した脳みそが、僕の体にぶち込まれたアレやコレやで落ち着いてきたから、というのもあったが、おおよそ二年間、それこそ真実、文字通り寝食を共にしてきたAIの悲痛な声に、僕の良心がそう言い返す事を躊躇したからだ。
あと、AIの言葉に驚きすぎて、目を見開くなんていう身体情報まで無線に乗せてきた(驚くほどに器用な事だ)ビラルに気勢を制されたというのもあった。
そっちの方が本当の理由かもしれない。
僕はとにかく落ち着けと何度も念じるように強くAIに送る。送るというか、実際念じればAIに届くようになっている。
〈どうしましょう、テツ二等兵。私は壊れてしまったのでしょうか?軍務から外されるのでしょうか?私はタスクを取り上げられてしまうのでしょうか?どうしましょう、考えただけで泣きそうにです〉
(泣きそうなのは僕の方だ)泣きそうになるAIは世の中にはいる。高機能AIと呼ばれる存在がそうだ。人格と感情持ち、人より優れた知性を持っている。そんなに数多くいる存在ではないので、会うのは希だが。
まるで幼児を相手にしているようだと、僕が途方に暮れていると、ビラルがオロオロしながら僕に近づいてくる。
あげくこんな事を言い出した。
「お、お前、そんな、まさかAIに乗っ取られちまったのか!」
それは軍に昔からある怪談の一つだ。
身体内蔵型AIがある日突然狂い、その使用者の脳を乗っ取ってしまい仲間を襲いだす、という。
敵意性AIなんて物と戦っているからこそ、出てくるまさにソレっぽい話である。
そのビラルの言葉にショックを受けたのは、僕ではなく、まさにそのAIの方だった。
〈そうなんですか!?そんな!私はテツ二等兵を乗っ取ってしまったのですか!〉
その悲鳴にビラルが更に驚愕する。
「そんな畜生!どうすりゃ良いんだ!う、撃てば良いのか!?テツ!俺はお前を撃てばいいのか!?」
ビラルがライフルと俺の間で、視線を右往左往させる。
「待て!待て!待て!」
僕は慌ててビラルを手で制しながら立ち上がる。
「大丈夫だ、落ち着け、僕は大丈夫だから」
「本当か!」とビラル。
〈本当なんですか!〉とAIまでもが言う。
いったい何の罰だと、今度は真剣に泣きたくなった。




