アルフレドという男
初めてのアクションサスペンスとなります。
アルフレド・アーツという男は生活能力が皆無である。
料理一つまともに作れない。それだけならまだしも、キッチンを丸焦げにしたり流しを水浸しにしたりと、家事におけるセンスが欠片たりとも存在していないのだ。
それ故に家事は娘のレインに任せっきりで、生まれてこの方まともに家事をした事が一度も無いという有様だ。
そんなアルフレドが今、キッチンに立って包丁を片手に料理をしようとしている。
傍から見れば異常な光景。それはアルフレド自身も自覚するところだが、彼がキッチンに立っているのはある理由があった。
事の発端は朝。そう、つい四時間ほど前のことだ。妻に逃げられたダメなオヤジよろしく、酒に入り浸って近所のバーから朝帰りをしたアルフレドは、丁度スクールへ行こうとしていた娘のレインと鉢合わせた。
「パパ! 今日は寝坊しちゃったからお昼ごはん作ってないの! お皿が入ってる棚の上にカップラーメンがあるから、それ食べてね!」
レインはいつものように快活な笑顔を振りまきながらアルフレドにそう告げると、目にも留まらぬスピードでスラムの街を駆け抜けていった。
普段から嫌な顔一つせずに家事を一手に引き受けてくれている娘には頭が下がる思いなのだが、自他共に認めるダメ人間代表のアルフレドは、包装されたカップ麺を片手に呟いた。
「あー……かったるい……」
そうは呟いてみたものの、二日酔いの体は水分と塩分を欲しがっている。
そして何より、腹が減っている。腹が減っては戦は出来ぬというのは誰が残した格言だったか、そんな事をアルフレドは考えない。何より腹が減っている。重要なのはその一点だ。
家事におけるセンスが壊滅的なアルフレドだが、唯一コーヒーだけは淹れられる。カップ麺など同じ要領だろうと、アルフレド自身も思っていた。
だが、予想のはるか上を行くのがこのダメ人間の特徴である。
「カップ麺って気分でもねぇんだよなあ」
手に持っていたカップ麺を流しに置き、振り返った先にある冷蔵庫の扉を開ける。
中には肉と野菜、それと昨日の残り物がいくつか。
「野菜炒めにするか」
繰り返すようだがこのアルフレド、生まれてこの方まともに料理すらした事の無いダメ人間である。
野菜と肉を取り出し、自分の感覚のみを頼りにしてフライパンに油をひき、火を点ける。
ここだけ見れば普通の料理なのだが、そうは問屋が卸さない。
「パパー! ただいまー!」
そうこうしていると、玄関先からアルフレドにとって可愛くて仕方のない愛娘であるレインの、実に機嫌が良さそうな声が聞こえてくる。
最近ボーイフレンドが出来たらしいレインは、その事をアルフレドにとても嬉しそうに報告してくる。明るく元気に育ってくれたのはいいが少し天然な部分の目立つ娘に対して親心が芽生えるのも仕方のない話なのだが、いつか相手の男をしっかりと見定めてやろうとアルフレドは画策していたりもする。
一昨日の時点で、今日のスクールは昼までだという話を聞いていたため、この時間に娘が帰ってきたことを驚きはしない。ただ、どこかに遊びに行くのだろうと思っていたのだが、直帰して来た事に少しだけ疑問を感じはしたが。
「もうごはん食べ――ってうわあっ!?」
「おうレイン、帰ったか」
レインは驚愕した。
自分の知る限り一度も料理をしている姿を見たことがない父親が、珍しく料理をしていたからではない。問題なのはアルフレドの手元。
「ちょっ、パパ! 燃えてる! 燃えてるよ!」
そう、燃えていた。野菜炒めになるはずだった肉と野菜が。
だがダメ人間代表選手権大会を余裕で一位通過できるだけの凄まじいダメっぷりを発揮するアルフレドは、その異常さに気付かない。いや、気付けない。
「大丈夫だって。なんだこれ? ふらんべ? ってのか?」
たしかに、そういう調理法はある。叶うならば白ワインもアルコールも使わずにフランベする方法を是非とも教えて欲しいところだが。
「もう! とにかく火を消して!」
ドカドカと足を踏み鳴らしながらキッチンに入ったレインは、アルフレドからフライパンを引っ手繰ると勢いよく水を流す蛇口の下にそのまま突っ込んだ。
すぐに火は収まり、フライパンの中では真っ黒に焦げた肉と野菜が排水口のネットへと吸い込まれていく。
「……パパ。何か言うことは?」
「……娘よ。せめて慈悲を――」
まだ十六歳になったばかりの娘に叱られる父親。これほどまでに威厳の無い姿もそうそうないだろう。
レインは快活で明るく、とても可愛らしい少女だ。だが、だからといって聖人ではない。
怒り心頭といった表情でアルフレドに向き直ると、よく通るはっきりとした声音で、アルフレドに告げる。
「正座しなさい!」