第7話『敵』
もうもうと立ち込める煙が俺の肺を汚し、視界を奪う。
喉は煙を吸い込み、既に変なネバつきと渇きで気持ち悪くなっていた。
そして俺は、そんな状態で一階に向けて走っている。
もちろん目的はルルナの発見だ。
あいつはあの放送の前に、下を向いていた。つまり、あいつは下に何か異変を感じて振り向いたということ。
だが、これで火事を察知したとは考えにくい。教室にいた俺らが気付いたなら、廊下のやつがその前に騒ぐはずだからである。
となれば残る可能性は、『悪魔とかそういう何か』が関連しているとみえる。ルルナ自体悪魔らしいしな。
そんな訳で俺は下へと向かい、走っている。
現在の位置は一階と二階の階段だ。火事が起こっているのはこの校舎の玄関口と言っていたから、階段を降りればすぐに見えるはず。
立ち込める煙や、熱気が強くなっていく中、俺はルルナが見つからないことに苛立ちながら進む。
そして階段を降りていくとそこには……
「ルルナ!」
「っ?! ……貴方が何故ここに?」
「そんなのお前を追ってきたに決まってんだろ! 早く戻れよ! 避難路はそっちじゃ……ッ!?」
ルルナがいたことに僅かな安堵を覚えながら階段を降りる。
しかし俺はルルナの向こう側にいる『何か』を目にすると驚きで固まってしまった。
だってそこには…………
「お、おい! テメェ何者だ!?」
「……ほぉ、私を見てその口を聞けるとは、面白いな」
……全身を真っ赤な炎で包んだ青年が立っていたのだから。
彼はそう言って俺に不敵な笑みを浮かべると、体に巻きついている炎を激しく燃え上がらせた。
目の錯覚か、炎の先っぽが黒く変色しているように見える。
だが、それよりもだ。
「ルルナ! そいつはお前の知り合いか?! なんか悪魔っぽいし」
「違うわよ! こんな邪悪な魔力持ってる奴、欠片も知らないし、知りたくもない!」
「悪魔に邪悪もクソもないだろ……」
「違うわよ! ちゃんと見なさい! 私とあいつ、魔力の性質が全然違うじゃない!」
「いや知らねぇよ! 俺は普通の人間だぞ!? 魔力なんて見たことねぇよ!」
「何よそれ! ふざけてるの?!」
「り、理不尽だ……」
「…………おい、お前ら。それは私を無視していると受け取っていいんだな?」
俺とルルナがガヤガヤと騒いでいると、すっかり蚊帳の外にいた炎の人がかなり苛立った声音で割り込んできた。
そちらを見ればあいつに纏わり付いている炎もどこか怒っているように暴れている。
『おこ』か! 『おこ』なのか!
そう思っていると、急にその炎は『いっけね、取り乱しちゃった!』とでもいうように勢いをなくす。どうした?
炎の中心地にいる、スーツをピシッと着こなした青年は執事のように、片手を腹の前に添えるようにして一礼すると自己紹介を始めた。
「これはこれは、私としたことが、自己紹介を忘れるとは。私は、もうご存知でしょうが悪魔です。名はイフリート…………」
「「え?!」」
「…………の眷属であるファライアだ!」
「「おい!」」
一瞬、イフリートってやばくね! ねぇ、やばくね! と焦った俺らだが、続いたファライアの言葉に二人してツッコんだ。
びっくりして損したわ! ったく、このやろう。
この気持ちはルルナにもあるのか、割とルルナも怒っている。
だがここで何か行動を起こすようなことはしない。まだ相手の自己紹介や目的は終わってないからな。
ファライアは続ける。
「さて、自己紹介も終わったことだし私の目的を話しましょうか」
「…………人間界に来て何が目的よ」
「それは貴様を葬り去るためさ! ハハハハ!」
「それは貴様を……って私のセリフを奪うんじゃない! この人間風情が!」
ファライアが吠えると炎が俺に向かって伸びてくる。
うわ! これやばいって! マジじゃん! マジで殺しにきてるじゃん!
俺が青い顔をして逃げようと足に力を込めた、そのとき……
「【水壁】!」
「おおおおぉぉぉぉ…………」
「ッチ、小娘が」
俺の遥か手前で水の壁が出現。
炎はそれにぶつかり、水蒸気を出して消え去った。
俺は感動と安堵から情けない声を出し、助けてくれた人物に視線を向ける。
するとその人物、ルルナは振り返って俺を見ると早口に叫んだ。
「速く逃げなさい! 貴方がいたら迷惑なの!」
「了解! 遠慮なく逃げるぜ!」
恥も外聞も気にせず俺は振り返って逃げ始める。
いや、あんなの普通の人間である俺が立ち向かえるわけないじゃん。
こういう場合ラノベの主人公なら『お前を残して逃げるなんて出来ねぇよ!』とか言うんだろうな、と俺は考えながら階段を昇る。
しかし……
「私をあれだけ侮辱しておいて逃げれると思うのかね?」
……階段の中腹辺りで炎の壁が出現。それは果てしない熱さを発しており、近づくことすら許さない。
それを我慢して突っ込めばなんとか抜けれる気もするが、あの悪魔がそんな簡単に逃がしてくれるとは思わない。多分この壁はかなりの分厚さを誇っているとかで抜ける前に焼け死ぬだろう。
それに苦々しく思った俺はすぐさま踵を返す。
向かう先は一階の廊下だ。玄関口はファライアに抑えられているので抜けられるとは思わない。
それらを一瞬で判断した俺は真っ先に階段を降りて右側の廊下へと走り始めた。
「はぁ、無駄だと何故気付かない……」
しかしそこもファライアが手を一閃させるだけで炎の壁に塞がれる。
クソッ、またか!
顔をしかめた俺はすぐさま踵を返し、反対側の廊下を目指す。
てかよ……
「逃げろって言ったんだから注意を引くとかしてくれない?!」
「逃げる分際で注文つけてんじゃないわよ! 一応やってるってば!」
俺の失礼発言でもちゃんと返してくれるルルナ、マジ良い子。
サッと俺は、俺達の位置関係を把握する。
現在ファライアは玄関口を押さえている。玄関口は所謂昇降口とは違い、来客とかそう言う人を迎える場所で、そこまで広くはない。
そしてそこからおよそ五mの位置にルルナは立ってファライアと対峙している。そこはちょうど廊下の真ん中辺りだ。見ればあいつもファライアに水の塊とか投げつけて応戦しているっぽかった。マジごめん、気がきかねぇ役立たずとか思って。俺ってクズだな……
ちなみに階段はルルナの更に五m後ろにある。
俺はと言うと、あと少しでルルナの一mほど後ろを走り抜ける場所を疾走中だ。多分今まで生きてきた中で一番の速度が出ていると思う。逃げ遅れたら死ぬわけだし普通か。
そして俺がルルナの後ろに来たとき、ファライアが言葉を発した。
「さて、貴女の力も大体把握できましたし、そろそろいたぶり始めましょうか」
その言葉に俺は、今まで感じたことのない、おぞましい何かを感じ取る。
決して無視できないそれに俺は反射的にファライアを見た。
だが、すぐにそれを後悔する。
何故なら……
「まずはそこの人間を殺しましょうか」
……ファライアの顔には悪魔というにふさわしい嗤いが浮かんでいたから。
そのおぞましく、人間に本能的な恐怖を抱かせるような嗤い顔に俺は身体が硬直してしまう。
まさに蛇に睨まれた蛙。
「勝手に立ち止まってくれるとは、人間の親切とは嬉しいものですね」
そんな俺に向かってファライアは自身に巻きついている炎の一部を伸ばしてきた。
しかし俺の身体は動かない。動いてくれない。
ただジッと俺は見る。自らに迫ってくる炎を。だんだんと近づいてくる炎を。
そしてもう数瞬で俺は炎に包まれる。そんな時。
「な、にやってんのよ!」
「ぅぐ!」
俺は腰部に衝撃を感じて倒れる。
なんだ、と考えるまでもない。これはルルナが俺を助けてくれたのだ。
俺は突然の衝撃に呻きながらも上体を起こす。硬直は解けていたようで、なんとか身体は動いてくれた。
しかし身体を起こして見た光景に俺は唖然とする。
「ぅぅう……」
「なん、だよ……これ」
ルルナの背は焼け爛れており、俺を庇ってさっきの炎を受けたことが分かった。
そのグロい様子と、俺を庇ったことの驚きで固まっていると、ファライアが嘆息したように声をかけてくる。
「あらあら、人間を庇うとはどういうつもりですかな? 貴女」
「……本当にそうだよ。なんで俺なんか庇った?」
それに対して、俺はまさにそうだと思った。
なんで悪魔であり人間とは関係のないルルナが俺を庇ったのかわけがわからない。
俺なんかこの一週間ルルナに冷たい態度しかとってない。むしろからかったりと嫌な印象しか与えてない気がする。
なのにルルナは俺を庇った。何故? 何故こんなやつを庇える?
もっと言えばなんでこいつがここで戦っているかも分からない。
前にこいつに見せてもらった『転移門』さえ使えばすぐに逃げられるだろう。こいつ自身自分達の一族しか使えない珍しい魔法だって胸張ってたし。
俺が一人で悶々と言い知れない感情を抱いていると、ルルナがもぞもぞと動き出した。
「……そんなの、貴方が人間だからに決まってるじゃない……」