第5話『一週間後』
「起きなさい!」
「あと五分!あと五分だけだから!」
「もう、あと五分だけよ?」
朝七時。俺のいつも起きる時間に合わせて、ルルナが部屋に入ってくる。
ルルナは毎度のこと寝起きの悪い俺を文句を言いながらも、毎日起こしてくれる。すげぇいい奴だ。
思えばルルナが来てから一週間が経った。
今ではこんな風にエプロンを付けて食事など作っているが、最初はてんで駄目だったなぁ、と何故かしみじみと思う俺。
本当にこいつは要領がいいというのか、頭がいいというのか、すごいんだ。
最初こそ、洗濯や掃除など、悪魔界にないものに苦戦し(掃除機などのことだ。悪魔界って全部魔法っぽいやつで済ませるからいらないんだと)、失敗ばかりしていたが、二度同じ失敗は『決して』起こさないのだ。
もうびっくりだよ。俺が教えたことぽんぽん吸収するんだもんな。
そして、一番の問題だと思っていたルルナと妹の関係は、割と簡単に解決した。
理由は、妹がおバカさんだったからだ。
あいつは完全なスポーツ型で、勉強など頭を使うことが苦手だ。
だからなのか『ルルナは母さんの友達の娘で、なんかいろいろあったからしばらくこの家に住むことになった』という説明で納得した。
自分の妹ながら心配になったぜ……
「もう五分経ったわよ!起きなさい!」
「あと五分!本当にあと五分で起きるから!」
「もう騙されないわ!貴方はいつもそれでギリギリまで寝てる!もう貴方と私の制服も、弁当も、鞄も用意してあるから、起きなさい!」
あぁ、そうそう。あの日の夜、ルルナのお父様からルルナに連絡が来たらしい。
お父様とやらが言うに、『殺されるまで帰ってくるな。生活は出来るように環境を整えてやる。その家の主にはちゃんとその分の対価は支払うから安心しろ。じゃあな』らしい。
すっげぇ、きな臭い……多分俺ら囮とかそういうやつにされてないか?ラノベ的展開だと。
まあそれは置いといて、ついでというのか、ルルナが学校に通うようになった。
多分『環境を整えてやる』の中に入ってたのだろう。きな臭さマックスだろ……なんで学校に通わせるんだよ……ただ俺に殺させたいなら合理的じゃなさすぎだろ……それとも俺に想像出来ないような合理的な理由でもあんのか?
ともあれ、そんなわけで今俺は地獄の下界《布団の外》に引きずり出されようとしている。やめろぉ!まだ俺は起きたくないんだぁ!
「あ……」
「もう、いい加減にしないと怒るわよ。ほら、ご飯も出来てるから。凛音ちゃんはもう食べてるわよ」
「…………うーい」
しかし現実は無情だ。
俺は仕方なくトボトボと部屋を出て行くのだった……
「兄貴またルルナさんに迷惑かけてたの?ルルナさんも、もっと激しく起こしていいのに……」
「お前は乱暴すぎて嫌いだよ」
「え……?」
下へ降りればダイニングで妹の凛音が朝食を食べていた。
朝食は、カリカリに焼けたベーコンにスクランブルエッグ、そして茶碗に盛られた白米といった献立だ。
もちろんこれらはルルナが作ったものである。エプロン付けてたしな。
「よいしょっと」
凛音からの悪態をサラッと流しながら俺は凛音の対面へと座る。思わず声が出たが俺も歳なのかねぇ……まだ十七だけど。
座るときチラッと見えた凛音の顔が何故かどんよりとしていたが、なんかあったのか?
「いただきます」
なんてちょっと考えはするものの、何も言わず俺は手を合わせて、ご飯を食べ始める。
すっかりご飯を作ることに慣れたルルナの飯はとても美味く、どんどん箸が進んだ。なんか俺よりうまくなってねぇか?
「……バカ兄貴」
何故か凛音に罵倒される俺。
お前には言われたくねぇよ。
そんな言葉を押し込め、俺はサッサと飯を掻き込んだ。
サッと朝食を食い終われば、あとは着替えて学校に行くだけ。
ルルナが用意してくれていた制服に袖を通し、これまたルルナが用意してくれていた鞄を持って俺は家を出る。
「行ってきまーす」
「え?!ちょっと待ってよ!一緒に行くんでしょ!」
「いや、そんなこと一言も言ってないけど……」
「でも貴方がいないと大変なのよぉ〜」
なんやかんやと会話をしているうちにドタバタ玄関まで来たルルナ。
腰まで届く金髪。空のように青く澄んだ瞳。出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる完璧なスタイル。身長もそこそこ高く、まるでモデルみたいだ。
性格も面倒見が良いことが今朝のことからも良くわかる。最初こそメンヘラだの、高飛車だのクソみたいなイメージしかなかったが。
まあ、そんなルルナだからか、いつも学校に行くと男女構わず囲まれた。
だけど、ルルナが俺と一緒に登校すると何故か囲むようなことはない。あれか?俺とルルナが付き合ってるとかそんな風に邪推してんのか?冗談じゃないよ、こんなメンヘラ。
そんなわけで、最近のルルナは俺と登校するようになった。ったく、俺はあれか?ヒトコナーズか?便利グッズじゃねぇんだよ。
「ねぇ、どうしたのさっきかぼーっとして」
「んあ? あぁ、なんでもない。行くか」
「早くしなさいよね!」
ぼけーっと取り留めもないことを考えていると、いつの間にかルルナは外にいたらしい。つい周りが見えなくなって考えちゃうのは俺の悪い癖だな。
訝しげな顔で俺を見ていたルルナに返事をすると、ルルナは怒ったようにそう言い、歩き出した。
「やれやれ……」
ここは俺が悪い気もするが、なんとなく認めたくないと感じた俺は、首を竦めながらルルナについていくのだった。
和露須高校。それが俺の通っている学校の名前だ。
公立の学校で、特にこれといった特徴のない普通の学校。
最近は完璧美少女の転校生で話題が持ちきりで、何故か学校全体が浮き足立っている。確かにルルナは将来大物になりそうだもんな。
そんな学校の正門。学校へ入る多くの人が通る門には、朝から多くの人が集まっていた。
みんながみんな、噂のルルナを一目見ようと集まった人々だ。
まあ、実際みんな見たことはあると思う。毎日何百人もいるわけだし。だが、これだけ完璧美少女ともなれば、何度でも見たいのだろう。中には『I LOVE ルルナ』なんて鉢巻をしている生徒までいる。もうファンクラブ設立か。もし盗撮写真チラつかせたら売れるかな。
とまあ、凄い人だかりなわけだ。
しかし、こんな人だかりにも拘らず、喋り声は一言も聞こえない。
なんだこれ、気味悪ぃ……葬式かよ。
ルルナもこの雰囲気には薄気味悪さを感じているのか、ヒソヒソと俺に耳打ちしてくる。
「ねぇ、いつもあの人たちなんなの?」
「あれじゃね? 完璧美少女なお前を見に来てるんじゃね?」
「え……?」
それに対して俺もヒソヒソとした声で返してやる。まあ事実だしね。
するとルルナは呆然としたような声を発し、固まる。足は動いているけど。
俺はチラチラと周りを見渡し、見知った顔の連中の表情を盗み見る。それはそいつらの表情を見て今後の対応を考えるためである。
例えば今のこの状況──つまり俺が完璧美少女なルルナと登校している状況を見て嫉妬しているようならば、下手に自慢になるような話をしたら不味い。だから何か言い訳を考えておかないといけないな、と言った風に。
全く、せっかく人が波風立てないように動いているというのにこいつのせいでおじゃんになりそうだぜ……
そんなわけで、教室まで二人で歩いて来た俺達。誰かが絡んできてくれたりすれば俺も気が楽なんだけどなぁ……
スライド式の割と新しい扉に手をかけ、開ける。するとその瞬間、
「おはよう! お前今日もルルナちゃんと登校とか、くぅ~羨ましいぜ!」
「おっは~! 今日は寝癖大丈夫なんだね~」
「おう! お前今日はサッカー部に顔出していかねぇか? お前中々上手いからよぉ相手してほしいんだけどよ」
俺に振りかかる挨拶の嵐。ルルナは毎度これにビビリ俺の後ろに隠れてしまう。そろそろ慣れろって。
そう心の中で言った俺は一瞬、目を瞑る。そして次の瞬間には『仮面』を被った俺がそこにはいた。