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火曜日のナスによる幸せの定義

作者: 青田早苗

 昨日、インターネットのコラムか何かで読んだ。

 人はどうやら、45歳前後が一番不幸らしい。


 体は若い時のように思うままにならなくなり、両親が病気になったり、親戚でも不幸が続いたりと病院やら葬儀場やらに行くことも増えた。

 時には友人が早すぎる生涯を終えるのをなんとも言えない気持ちで見送ったりもした。

 家では、子どもが小さい時のように日ごとの成長を見守るような楽しみもなくなる。むしろ、反抗期の子どもたちは何を考えているのか分からなくなってしまった。

 幸い、妻との仲は悪くないが、それでも新婚時代の様に毎日他愛もない会話をして笑うと言うことは少ない。

 会社では、上からは結果を出せと詰められ、下は追い越されるのではと、焦らされる。その一方で、彼らのミスに一緒に頭を下げ、あるいは出世したり左遷されたりする同僚を横目に、明日は一体どちらが我が身なのかと憂鬱になる。

 

 今日は火曜日で、金曜日にはまだまだ遠く、月曜日ほど活力にはあふれていない。しかも、出社したらすぐに取引先に頭を下げに行く予定が入っている。

 こんな日は本当に憂鬱だ。


 身支度を整え、ネクタイだけをせずに食卓につけば、朝練がある高校生の息子は既に朝食を食べ終えるところだった。

 テレビから訳の分からないアイドルの甲高い笑い声が聞こえて、左耳に痛い。そちらを見れば中学生の娘が、今日の運勢を真剣に見ながら、大して変わり映えもしないだろうに、髪いじりと化粧をするのに余念がない。

 呆れを含んだ溜息をついてキッチンを見れば、適当に髪をまとめ、化粧っ気のない妻が、私と息子の分の弁当を詰めるのに勤しんでいた。


 自分の茶碗に匂いだけでも美味しそうな炊きたての白米を盛ると、自分の分と妻の分の汁椀を準備して味噌汁を温め直す。いつからか覚えていないが、味噌汁だけはいつも自分が注いでいた。

 味噌汁の湯気が渦巻くのを見ながら具を混ぜていると、今朝はよほど急いでいたのだろうか、輪切りにされたナスが、丸々一本つながったままだった。

 そういえば…


 結婚してすぐの頃だったか。

 二人で朝食を用意していた時、あれもナスだったのかそれとも他の野菜だったのかうろ覚えだけども。その時も野菜が一本そのままつながった味噌汁があって、それを椀に注ぎながら、二人で大笑いしたっけ。

 それから、からかい半分で「ちゃんと切れてるか見てやるよ」なんて言いながら、味噌汁を毎日注ぐようになって。

 その時に、つながった野菜を見たら、どんなにケンカしてたとしても、野菜一つで笑い合ってたことを思い出そうって、ちゃんと味噌汁作ってくれるくらい結構幸せな暮らししてるって思い出そうって決めてたんだった。


まあ、たしかに、今、結構幸せな暮らししてるよな。



 ぐすっ。


 隣で鼻をすする音がして、はっと我に帰る。左を見ると、目を潤ませた妻が何事もないかのように弁当詰めを終え、洗い物をしていた。慌てて右を見ると、息子と娘がぽかんとした顔でこちらを見ていた。

 どうやら、全部声に出していたらしい。なんだか、気恥ずかしくなって、無言で味噌汁の椀を二つ食卓に並べる。

 いつもなら時間に追われて先に食べてしまうが、なんだか一人で食べ始めるのが憚られて、妻に声をかけた。

「残ってるのが洗い物だけなら、手止めて、座って。食べよう。」

 


 今日は、火曜日。

 朝から憂鬱な予定も入っているが、早めに仕事を切り上げて何かケーキでも買って帰ろう。

 満員電車ですら苦にならない。


 なんだか、いつもより足取りも軽く駅に向かった。


青田早苗と申します。はじめての投稿です。

ぽつぽつと気が赴くまま書いていたのですが、どうせなら投稿してしまえと思い立った次第です。

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