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電話を切って食堂に戻った時には、既に1時半。昼飯半分食い損ねた~。
いや、それよりも!
「ごめんね、時田さん。さっきの、聞きたいことって何?」
「うん、それよりももう行かないと。社長が二時半に社を出られるように準備しないとね。」
ちょっ!あんた、なんつータイミングで倒れるんっすか。恨みますよ、大福さん!
てなわけで、お互いトイレで身づくろいを済ませ、社長室に戻る。
「ただ今戻りました。」
と、社長室で昼食を済ませたっぽい社長にご報告。
「結局、K.Kコーポからは、社長が来るのか?それとも、専務か?」
えーと。これが何の話かというと。
うちは投資会社なんだが。K.Kコーポっていう、うちが設立当初から関っている精密機器メーカーがあって。で、アメリカの会社のとある事業に資金が必要で、うちが投資をすることになっている、と。で、資金を投資するかわりに、世話になっているK.Kコーポの機械を使ってもらう話になっているわけなんだが、その機械を同じくアメリカで使っている他社から先日クレームがあったことをアメリカの会社が知った。今回、本来はK.Kコーポとその会社の取引とは別件の商談を予定していたんだが、そのクレームの件をまずは説明をしてほしいと先方から昨日連絡があって。で、急遽俺たちが昨日からK.Kコーポの担当者とやりとりしながら情報収集とその整理をしていたわけなのだが。
「その連絡は、時田がしております。」
「副社長の河本智樹様がおいでになるとのことでした。僭越ながら、社長の河本様よりも副社長の河本朋和様に直接ご連絡させていただきました。河本副社長…婿養子になられる前は勢田様、は、K.Kコーポに移られる前は、こちらの会社で社長の右腕でいらっしゃいましたよね。間もなくおいでになるはずです。」
と、誇らしげな表情の時田さん。流石時田さん、できる女!
「勢田が来るのか。」
社長、なにしかめっ面してるんです?そこは褒めるところでしょ?急なことでもあるなら、社長やうちの会社の事情に精通しているであろう副社長さんの方がいいでしょ?
「社長、秘書として同行するのは、私ではいけませんか?」
うん、河本副社長とは俺、面識ないし。入社からずっと秘書室勤務で、今回K.Kコーポに連絡したのも時田さんとなれば、時田さんが同行するのが妥当だ。いや、別に俺が社長に同行するのがイヤとかじゃないよ?
「時田、差し出がましい。私は安城に同行を命じている。」
「ですが社長。実は先ほど連絡があり、安城さんは、大事な人が現在手術中で、本当はすぐにでも病院に行かないといけない状況なんです。」
「安城、ご家族に何か大事があったのか?」
大事な人って。な、何言ってくれちゃってるんですか、時田さん!社長も、間に受けないでください。家族って、俺のじゃなくてあんたのですが、たいしたことないっすから!
「時田さん、ただの友人です!友人!社長、全く問題ございません。」
俺は慌てて否定する。
「友人でも、特別な方なのでは?だって安城さん、今日中に駆けつけるって。」
「ただの盲腸ですから、問題ありませんって。社長、申し訳ございません。あくまでプライベートなことですので、どうぞお気になさらず。お時間がございません。すぐに出発の準備をいたしましょう。」
時田さんがこれ以上誤解する前に!
「私も昨日から安城さんのお手伝いをさせていただき、内容は把握しております。社長、どうか安城さんを彼女のところに行かせてあげてください。」
ていうか、時田さん、あんた本気で社長目当てなんですね!あんた、単に俺の代わりに社長と一緒にいたいだけだろ。いや、それは構わないんだけど。むしろ、大歓迎なんだけど!どうせ社長は大福さんにべた惚れだしさ!
しかし、問題は!「彼女」ってところで。
「確かにあの人あれでも一応女ですけど、時田さん、それ、色々誤解ですから!」
そう。その言い方だと、俺が大福さんの彼氏みたいじゃないか。俺、大福さんより、時田さんの方が、全然いいっすから!
「友人?女性?」
社長の顔が突如、いつもより更に剣呑になる。
え?もしかして、墓穴掘った?
「命に別状がある病気では全くございませんし、私的なことなので、勤務終了後に対処いたします。ささ、河本様がおみえになる前に出発のご用意を。」
「その友人の名前は?」
「…。」
俺は目をそらす。
と、その時隣の秘書用の部屋で内線が鳴った。
「電話のようですので、失礼いたします。」
これ幸いと電話に出ようと動くと、社長に胸倉をつかまれた。何これ、超怖いんすけど~。
「時田、出ろ。」
「は、はい!」
時田さんが慌てて踵をかえし、秘書室に行く。俺を置いて逃げないで!ヘルプミィ~。
「アキちゃん?」
俺にすごい近いところから低い声が響く。馬鹿旦那、発動だよ!ていうか俺、この距離で野郎と語り合いたくないですから!
「ただの盲腸ですって!仕事終わってから病院行っても全然問題ないですから!病院の連絡先なんかも聞いてますし。今はとにかく出発しますよ!」
「そもそも、なんでお前に連絡が行くんだ?」
「や、大福さんのスマホの着信履歴の一番上に俺の番号が残っていたからで。」
「ほう、幸海に電話したと?」
怖い顔がますます怖くなる。普段表情ないだけに、一層怖い。
「そん時、あんたも電話かわって、俺、飯のお礼言ったでしょうが。」
「で?どこの病院だ?」
俺は、俺の胸倉をつかんでいた馬鹿旦那の右手を両手でおさえる。
「行かせませんからね。チャキチャキ仕事してくださいよ?」
社長は俺の胸倉をつかみ、俺はその手を両手でつかみ。至近距離で睨み合う。
「社長の俺に逆らうのか?」
「俺を『アキちゃん』と呼ばわりした時点から、あんたはただの友人の旦那さんですから。これで俺をどうこうするなら、あんた、大福さんに捨てられますよ?」
『旦那さん』が悔しそうな表情を浮かべる。
「お前がそんなに血も涙もない人間だとは思わなかったぞ。」
何言ってるんだか。たかだか盲腸で。しかし、時間がない。
「お互いに妥協しましょう。時田さんが午前中に作成した資料の説明に同行して、俺が病院に行く。それでどうです?」
「なるほど。だが、時田1人で商談に行かせるわけにいはいかない。勢田とお前で商談に行く方がいいだろう。」
「何言ってるんっすか。あんたが行かなきゃどうしようもないでしょうが!俺が1人で病院行くんっすよ!てか、こんなことで有給使わせやがって!」
つい本音が漏れる。
「弱っている幸海を、他の男に見せろと?」
「じゃ、俺があんたに同行して、時田さんが大福さんの病院に行くってことで、どうです?」
「目が覚めた時、見知らぬ相手が側にいたら、幸海が困惑するだろ?」
「あんた、目がどうかしてるんじゃないです?大福さんが、そんなたまですか。」
「お前こそ、その目は節穴か?幸海のどこにたまがついているというんだ?」
…うぉい!
やはり、平行線だ。
てか、馬鹿だ。