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「はぁ~、疲れた~。」
「お疲れ様。」
すっかり人気のなくなった社員食堂で遅めの昼食をとる、俺と社長第二秘書の時田さん。
社内の人気女性社員トップテンにはいる美女の優しい口調の労いの言葉は、俺の疲れた心を癒してくれる。
二次元の女性もいいけど、やっぱ三次元の美女はいいわ~。ま、時田さんレベルになると、俺にとっては二次元も同じだけどね。どうも時田さん、社長狙いらしい。リア充爆発しろ!
ちなみにこの人、年齢は俺より3つ下だが、実力もすごい。社長の、午後からのアメリカの会社のお偉いさんとの打ち合わせ資料を作るのに、彼女の力がなければ絶対にどうしようもなかった。最初から彼女がメインでこの案件にとりかかっていれば、昨日のうちに滞りなく終わって社長のお目玉をくらうことにはならなかったはずなのだ。
何故に社長の第一秘書が俺で、第二秘書が彼女かというと、単に俺が男で彼女が若い独身女性だから。若い女性社員をつけると、イケメン独身社長に色目を使い始めるからだそうだが。それが社長にしてみたら鬱陶しくてかなわないらしい。
俺ならウハウハなんだが、なんせ社長のお好みはあの大福さんだ。大福さんといえば、1度なんかは、『面白いおっさんと知り合ったから、三人で飲もう』とのお誘いに行ってみたら、その『面白いおっさん』とやらはホームレスのお方で。路上で三人で飲んだっけ。そのおっさん、若かりし頃は漫画家を目指して今は有名になった色んな有名どころの漫画家のアシスタントをしていたお人で、非常に面白かったんだが。一体どうやって知り合って仲良くなったんだか。
それにしても、俺が言うのもなんだが、男女差別はいかんと思う。
「昨日からありがとうございました。」
俺は深々と頭をさげる。時田さんには、昨日から大変世話になっているとともに、美人が側にいるだけで仕事が5割り増しはかどるよね。社長の仏頂面見て仕事するとか、まじSAN値が下がりまくるわ。
「ううん。こうやって安城さんと個人的にお話できる機会ができて、私こそ嬉しいわ。」
え、え?時田さん、それってもしかして!?
「俺こそ時田さんとこうやって一緒に過ごせて、光栄です。」
フッと笑ってみせる。鏡の前で何度も練習した決め顔。決まったか?
「安城君には、色々と教えてもらいたいことがあって。個人的なことなんだけれど、いいかしら?」
ちょっと頬を赤らめる時田さん。か、かわいい!美人系かと思いきや、この人、可愛くもあるじゃないか!
「なんでも聞いてください!」
鼻息。俺、鼻息もれてないよね?
「あのね。…あ。」
俺のプライベートのスマホが鳴る。
ち、畜生!いいところだったのに。
「どうぞ、気にせずに出て?」
「あ、いや、知らない番号なんで。」
とかと話をしているうちに、切れる。
「それで、聞きたいことって、なんですか?」
「あのね。」
と、またもやいいところでスママホが鳴る。
空気読めよ、俺のスマホ!
ため息をつき、電話に出る。自然と声は不機嫌だ。
「もしもし?」
<あ、やっと出た。お宅、アキさん?成瀬の知り合いか友達?>
「成瀬?」
<大福って言った方が分かるか?>
「ああ、大福さん。ええ、友人ですよ。そちらさんは?」
<創作割烹『鈴蘭』の鈴木ってもんだけどさ。助かったよ。大福、倒れちまって、救急車で運ばれてよ。>
「はぁ、大福さんが倒れた!?殺しても死なない感じじゃねっすか。」
<あんたもそう思うかい。盲腸らしいぜ。>
「盲腸…。普通すぎて意外っすね。」
<いや、全く。あいつも普通の人間がかかる病気になんぞ、まさか自分がかかるとは思ってなかったんだろうな。病院行かねって言うからさ、仕方ねえから俺が付き添うはめになっちまってさ。>
「うわっ、ご苦労さんっす。」
<今から手術らしいんだけどさ。なんせ本人麻酔かかって意識がねえし。入院とかの手続きに保証人がいるらしいんだがね。とりあえず、スマホの着信履歴の一番上にあった番号にかけてみたんだが。>
「ああ…。」
なるほど。そういや一昨日、先日のお礼で電話したっけ。
<あいつ、結婚したって言ってたけど、本当かい?>
半信半疑って声。分かりますよ。俺も、大福さんが結婚したって聞いた時は、「相手は人間っすか?」てメールしたっけ。単に、猫か犬か、はたまた爬虫類か、ペット飼い始めたのかね、と思ったんだよな。
もしくは、遂に念願叶って音羽さんを嫁に迎えたか。
「本当ですよ。いや、ビックリですよね。あ、相手はちゃんと人間の男ですから。」
人間…。多分ね。あんまり出来過ぎるんで、時たま実は宇宙人じゃなかろうかと思うときもあるが。
<そりゃ目出てぇ!…っと、じゃなくて、相手の連絡先知らね?>
旦那さん、『旦那さん』…ね。
確かに、大福さんの旦那さんにはすぐにでも連絡はつく。同じ社内にいるんだからな。
しかし、あの大福さん限定の激甘馬鹿旦那。大福さんの入院を知れば、気になって午後の取引に集中できない可能性は大いにある。それどころか、仕事すっとばしてかけつけて行きかねない。俺だって伊達に社長秘書はしていない。
「分かるんですが、ちょっと今、手元に連絡先を記録してるものがないんですよ。今、仕事中なもんで。今日中には病院に駆けつけますんで。」
あの馬鹿旦那であれば、商談が済んだ勤務終了後に知らせても、間違いなく今日中に駆けつけるだろう。
「公私を分けろ」と言っていたのは『旦那さん』だし?であれば、勤務終了後に知らせるのが筋というものだろう。盲腸なら命に別状はないだろうし。
<あんがとう。病院にはそう話しとくよ。頼んだぜ。>
「はい、仕事が終わったらすぐに。病院の名前と夜間の連絡先と、大福さんの状況、教えといてもらえます?あと、入院に必要なものとかも。」
<ああ、今看護士と変わるよ。ちょっと待ってな。>
こんな話、時田さんの前でするのもなんなので。
俺は彼女に断って、社員食堂を出た。