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戻ってきた『旦那さん』は、平静をとりもどしていた。でもなんか、紙袋の中身をビクビクと気にしているようだったんだけど。普通、妻がBL本を持っていたら、気にするのは旦那さんじゃなくて奥さんの方だろ?大福さんは至って平然としているし。
ま、大福さんの家庭だから、変なのはデフォか?
3人で飲みながら漫画談義。飲みながらって言っても、途中でノンアルコール飲料に切りかえたけどね。夕食にワイン飲むって言うから。
漫画談義とはいえ、『旦那さん』も混ざれるよう、主にネット書籍の話題。予想通り、『旦那さん』は漫画を読む習慣はないそうで。
昔の漫画とか絶版になっていたりと手に入りにくいものこそをもっとネットで出してほしいとか、そんな話。どの漫画を出してほしい、とか。『旦那さん』も、子どもの時に読んだ漫画を候補に出してきて、その話題でもりあがったり。あと、何故古い漫画がまだそんなにネットに出てないかを、経済面から語りあってみたり。その辺は、さすが経済に詳しい社長業。非常に勉強になりました。
途中で、夕食の支度があるからと、『旦那さん』が席を外れた。俺が昼飯を早めにとったと聞いて、夕食を早めにすることにしたらしい。
2人でコアな漫画談義に花を咲かせつつ、横目で旦那さんがサラダなんかを用意しているのを見ていたが。えらく手馴れている様子。
「もしかして旦那さん、普段からあんな感じで飯作ってくれるんすか?」
「つまみは私、ご飯は那月。」
今日は『友達の安城ちゃん』が来るから、特別に『旦那さん』が夕食の支度するとかじゃなくて、毎食『旦那さん』作っすか!
お宅の『旦那さん』、すんごい偉い人のはずなんですがね。ありえねえ~。
「俺も、本気の彼女作ろうと思ったら、料理勉強しないとダメっすかね。や、今回大福さんに貸した漫画を読んでから、何となくそう思ってたんっすけどね。」
「できないよりはできた方がいいんだろうけど。」
「今日持ってきた漫画も、できる弁護士の男性が、恋人の美容師のためにせっせと毎日飯こしらえる話なんですけど。弁護士とか社長とか。できる男の要因は、飯作れることなんすかね?あ、でも、その結果つれるのが、男とか大福さんってのは、かなり微妙っすね。」
ポスっとタオルで軽く頭をはたかれる。
「興味ないなら、しなくていいんじゃない?」
「作り出したらはまるかもしれないっすけど。好きな人に飯作ってあげるよりは、作ってもらう方がいいっす。」
「分かる、それ!風邪気味の時に生姜きかしたご飯作ってくれたりすると、幸せな気分になるんだよね。」
「あ~、もう惚気はいいっす。砂吐きそ。」
結論。
砂吐きそうな激甘新婚カップルでしたが、飯、最高にうまかったっす。
一緒に出てきたパンも『旦那さん』の手作りって、まじすげー。
翌日の月曜日。
「社長、おはようございます。」
入室した社長に、腰をピシッと曲げ、挨拶。
「安城、来週の予定に入っている豊田建築との会合は、どうなっている。」
「と、申しますと。」
社長の眼が、メガネの奥で鋭く光る。
「昨日の新聞を読んでいないのか。あそこは政治家への献金が発覚して、渦中にあるぞ。」
俺は顔面蒼白になる。昨日余ったからと『旦那さん』から持たされて、今朝食った手作りパンとロールキャベツが、ストレスで胃をグルグルまわり出す。
「申し訳ございません!すぐに情報を確認のうえ、担当者に連絡し調整いたします。」
「対応済みだ。予定はそのままでいい。あれはおそらく大したことにはならん。むしろ、恩を売るいい機会だ。ただし安城、情報の欠如は社を危うくする。今後の動向のチェックを怠るな。次はないと思え。」
「はい!必ず。」
よ、よかった…。大事に至らなくて。
冷や汗ダラダラだ。
それにしても。
『旦那さん』、昨日は俺の知る限りでも、午前中は夕食の仕込みして、昼は大福さんとイチャコラして、午後は俺と3人で漫画談義してましたよね?そして夕食、ワインを結構飲んでましたよね。いつ、新聞チェックして、豊田建設の事件に対応してたんっすか。少なくとも、俺がいる間は、携帯も触っていませんでしたよね。
やっぱりできる男の要因は、飯作るのがうまいってことっすかね?