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「安城ちゃん、お待たせ。あれ、もう飲んでるの?那月も?普段から2人、そんな仲いいの?」
大福さんが戻ってきた。
「いやいや、今日この場でだけは、『旦那さん』と『安城ちゃん』なんで。そこんとこ、よろしくっす。」
「ん、ラジャ。」
「そういうことなんで、大福さんも旦那さんも、俺の会社でのこととか、話題にしないでくださいね。俺も大福さんと、旦那さんの会社でのことを話題にしないんで。」
「分かった。」
と、『旦那さん』はえらくホッとした様子。
「安城ちゃんがそう言うなら、いた仕方ない。」
と、大福さんは何やら不満げな様子。
「幸海、やっぱり髪、乾かしてないな。」
ソファに座った大福さんにビールを注いでやりながら、『旦那さん』が言った。
「ん~。」
「仕方ないな。」
と、『旦那さん』、大福さんの後ろに回りこみ、どこぞから取り出したタオル二枚を、一枚は大福さんの肩にかけ、もう一枚で丁寧に髪を拭きだす。
「ちょっと、安城ちゃん居るのに恥かしいじゃないのよ。」
「せめてタオルでとれるだけは拭いておかないと、冷房もきいているし風邪をひく。ドライヤーはかけないから、そのまま安城ちゃんと話してろ。あ、安城ちゃんが土産にビール持ってきてくれたぞ。幸海の好きな銘柄のやつ。」
彼女なしの俺には目の毒だ。ていうか社長、好きになった相手にはデロデロに甘いんすね。普段の冷酷メガネからは想像もつかないんだが、これがいわゆるツンデレってやつかね。
「ありがと、安城ちゃん。発泡酒じゃなくてビール?気を使わなくてもよかったのに。」
いや、そこはばらさないでくださいよ。
「いえいえ。それより、約束より早く来てしまって、段取り狂わせてしまったみたいで、すんません。」
「気にしなくていいよ。それにしても、どうしたの?」
「初めて行く場所だからすぐに分からないかもしれないな、と、早めに出たら、何度か仕事で上司の送迎をしたこの建物でしょ?すぐに分かってたどり着いちゃって。」
「この時間に着くってなると、安城ちゃん家からだと結構かかるし、昼ごはんちゃんと食べた?遅れるとか気にしなくてよかったのに。」
「昼飯はちょっと早めに食いましたよ。いや、遅れると、ゆっくり話ができないじゃないっすか。」
「ん?安城ちゃん、夜、用事あるの?」
「ないっすけど。」
大福さんの方が、夕飯の準備とかあるんじゃないっすかね。そんぐらいは俺だって気をつかえますよ。5時ぐらいにはここを出るつもりだから、逆算して早めに到着するように家を出たのだ。
「だったら夕飯も食べていくだろ?独身の1人暮らしの子だと聞いていたから、夕食、3人分仕込んであるんだが。」
と、『旦那さん』が言った。
…え、社長、飯作れるんっすか!?てか、社長作ったんっすか??
「食べていきなよ。那月のご飯、おいしいよ。今日はね、ロールキャベツだって。」
しかも、なんか難しそうなレシピだし。
イケ面で金持ちで社会的地位も高くて、妻限定でデロデロ甘くて、おまけに飯まで作ってくれるって、大福さんあんた、すんげえ優良物件つかまえましたね。普段は天然タラシの冷酷メガネだけど。
「あ~…。悪いっすね。ゴチになります。」
「ところで、その紙袋、貸してくれるって言ってた漫画?」
「そうっすよ。あと、借りてたやつと。高橋洋介って、全然知らなかったんっすけど、ホラーがいいと思ったのは初体験っすね。サンキューです。」
と、紙袋ごと渡す。ホラーって言うなら、今日の社長ほどホラーなもんはない。『旦那さん』と思ってなきゃ、やってられない。
「古すぎて手に入りにくいんだよね。他ので私が持ってるやつは全部貸すから、それ以外のを見かけたら、買っといてくれる?」
「了解っす。」
「で、こっちが貸してくれる分?絵、丁寧~。わ、噴出しの台詞、長っ。」
と、パラパラと漫画をめくる大福さん。
「それ、台詞の斜め読みはお勧めしませんよ。台詞もすぐにはまりますって。」
「どんな話だ?」
大福さんの後ろから『旦那さん』が大福さんの肩に首を載せて覗き込む。そのついでに、手を伸ばして大福さんのグラスをとって口に含んだ。
「料理漫画よね。」
「そうっす。アラフォーゲイカップルの、日常の食事風景を描いた秀逸な作品で…。」
「ブッ」
突然『旦那さん』が、ビールにむせた。
「ちょっと那月、汚いなぁ~。」
それには返事せずに、咳き込む『旦那さん』。
あ、もしかして!
「ちょっ、旦那さん、誤解しないでくださいよ。俺、腐男子じゃないっすから。全然腐ってないっすからね!」
「那月、大丈夫?」
「あ、ああ。」
口元を大福さんの髪を拭いていたタオルで抑えて、フラフラとダイニングに向かう『旦那さん』を、大福さんは手櫛で髪を整えながら見送っていた。
「大福さん、このチョイス、まずかったっすかね。もしかして俺たち、旦那さんに腐女子腐男子の腐った仲間と思われたんじゃ?キスシーンもないんで、こんぐらいなら大丈夫かと思ったんすけど。」
ヒソヒソと言う。
「それは大丈夫なんだけど。ま、気にしないでやってちょうだい。」
いや、めっちゃ気になりますけど。俺、社長に腐男子認定されてたら、どうしよう~。ま、ここでのことは口外無用なんで、大丈夫か。