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夫婦ともに37歳で新婚ですが、それが何か?  作者: Tora
大福さんの旦那さん
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3

 そんなわけで、わりとこじんまりとしたリビングに、社長と2人。


 滅茶苦茶気まずい!


「まずはその荷物を置いて座ったらどうだ?」


「はい。失礼いたします。」


 内心の動揺は表に出さず、仕事モードで着席をする。


「その荷物は?」


「奥様にお借りしていた本です。」


「いや、もう1つの方だ。」


「奥様のお好きな銘柄のビールです。つまらないものですが、土産に持参いたしました。」


 本当、つまらないものですね!いつもならこういう時に持ってくるのは発泡酒。旦那さんもいるからと、ビールにしてみたのだが、こうなってみると本当につまらないものだ。せめて、発泡酒にしとかなくてよかった!


 が、持ってきてしまったものは仕方がない。テーブルにコンビニ袋を載せる。


「そうか。」


 と、社長はコンビニ袋を片手に立ち上がり、ダイニング部分に向かう。冷蔵庫にしまうだけかと思いきや、何やらダイニングでゴソゴソしている様子。


 茶菓子でも用意しているんだろうか。


 ここは社長の自宅なので、俺が手を出すわけにはいかない。だが、手伝っても差し支えないことがあればと、俺もダイニング部分のカウンターの前に直立不動でひかえる。


 社長が用意したのは、グラス3つとビール-ビールは俺が用意したものより高級品でキンキン冷えているっぽい-と、大福さんが用意してたっぽいつまみ各種。漬物各種が並んだ皿に、薄いクラッカーにサワークリームやマーマレードジャム-これは大福さんの手作りで甘さ控えめ-やハムなんかを挟んだものと、オリーブがのった皿。あと、ナッツやチョコレートの盛られた皿。


 昼間っからつまみが用意されてるのは、ほら、大福さんだから。あの人、つまみしか作らないから。一応、緑茶や紅茶やコーヒーでも合うものもチョイスされているあたりは、あの人なりの気遣いだろう。


 あ、クラッカーにオイルサーディンの身をほぐしたやつのっけて、黒胡椒してカイワレ大根のっけたやつ、好きなんだよね♪


 おっと、そうじゃなくて。


 グラス3つで、お茶はないんですね。昼間っから飲むんですか。そんなに酒好きってわけでもなかったですよね、社長。てか、俺も飲むの確定?いや、大福さんと2人とか気の知れたモン同士なら普通に昼から飲みますけどね。


「私がお持ちいたします。」


 と、カウンターに置かれたお盆に手を出すが、さっとひかれる。


「今日のお前は幸海(ゆきみ)の客だ。座っていろ。ただし、俺がお前の友人の、その、…夫…として振舞うのは、ここでだけだからな。公私は分けろよ。」


 どうでもいいんですが、なんで『夫』ってところで言いよどむんです?しかも頬が微妙にピンクだし。


「承知いたしました。それでは失礼いたします。」


 まあ、逆らわないのが得策だろう。


 ソファに腰かけ、お互いのグラスをビールで満たす。


 社長はグラスのビールを一気にあけ、更にもう一杯手酌で注ぐ。


 俺は形だけ一口グラスに口をつけ、それを内心ポカンと眺める。接待の席に同席したことは何度かあるが、こんな風に飲む人じゃないはずなんだが。


「お前も飲め。」


 鋭く睨まれて、社長が二杯目を飲み干すのを目でおいながら、急いで自分のグラスをあける。三杯目まで手酌させるわけにはいかないじゃないか?


「よし。」


 と、社長が空のグラスをコースターに置いたので、次を注ごうと缶を差し出すが、缶を奪われ、逆にこちらに差し出される。


「さっきも言ったが、今日のお前は俺の部下じゃなく、その、妻…の友人で客だからな。グラスを出せ。」


「はっ。」


 それにしてもこの人、さっきからなんで『妻』とか『夫』とかと呼ぶたびに言いよどむんだろ。


「今日はお前のことは『アキちゃん』と呼ぶ。あと、言葉づかい、今は幸海(ゆきみ)にするのと同じ話し方にしろ。ただし、今日ここでのことは、他言無用だし、ここだけでのことだ。守れよ。」


 …。


 この人はこの人なりに、俺の登場に動揺していたらしい。


「もちろんっす。俺もプライベートの、しかも漫画が好きなんてこと、会社でそうそう知られたくないっす。お互い様ってことでいいですかね。」


 そういうことなら、と、くだけた話し方でこたえる。俺もビールを一気に煽ったせいか、緊張がほぐれたのかね。


 さっきから、大福さんへの言葉遣いと社長への言葉づかいを分けるの、結構面倒だったんだよね。これが、敬語とタメ口って分け方ならまだしも、すんごい丁寧な敬語とくだけた敬語とだと、どっちも敬語なだけに使い分けるの超めんどい。


「切り替えが早いな。」


 ちょっと驚いたように言われる。


「そうっすかね?大福さんの友人やってると、多少のイレギュラーは飲み込めるようになりますって。それで、なんとお呼びしましょう?『那月(なつき)さん』?『旦那さん』?『ご主人』?」


「その、旦那さんというの、いいな。」


 何故そこで頬をピンクに染める。ほんと、分かんない夫婦だな。


 大体この人、結婚したなんて会社で言ってないし。なんで秘密にしてるのかな。左手の薬指に指輪をし始めたのが1ヶ月ぐらい前からのことだけど、目利きの女性社員達の鑑定によると社長ぐらいの年収の人がするにしてはえらく安物らしく、『虫除けだろう』というのが、社内での共通認識だ。

確か、プロポーズしたの、大福さんの方だったよな。んじゃこの指輪用意したの、大福さんか。大福さんのチョイスにしてはおとなしめのデザインだが、すんごい納得。


「んじゃ、『旦那さん』で。あ、おつぎしますよ。」


「ああ。」


 今度は『旦那さん』も、普通に飲み始める。


「よかったっす。ずっとあの調子で飲んでたら、大福さん戻ってくるまでにベロンベロンだったところですよ。」


「俺も切り替えが必要だったんだが、アキちゃんのようにはいかないんでな。それより幸海(ゆきみ)は、俺のこと、アキちゃんにはなんて話したんだ?」


「普通っすよ。この間、久しぶりに遊ぼうってメールしたら、『結婚相手のところに住み始めたから、そっちに遊びに来て。』って。」


「そうかそうか。」


 うぉっ、笑った~!?


 えらくご満悦な様子だ。この人のこんな顔、見たことないぞ。


 相手、大福さんだもんなぁ。『旦那さん』の想定していた結婚生活の斜め上をいっているであろうことは想像にかたくない。『妻の友人が遊びにきたのを夫婦で迎える』って普通ありそうなシチュエーションが嬉しいのかもしれない。


 逆に、こんなことでそこまで嬉しそうだと、不憫だ。


 本当はその前に、『ヤリィ!プロポーズ成功(ハート)』→『プロポーズって女からするもんっすか?さすが大福さん。』→『やられる前にやる。それが女の生きる(コブシ)』てなラインのやりとりもあったんだけど。俺が知る限りは専務すらも社長が結婚したなんて知らないぐらいだから、大福さんが相手なだけに色々あるんだろう。折角『旦那さん』こんなに嬉しそうなのに水をさしそうだから、大福さんとのラインのやりとりは言わずにおこう。



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