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「幸海、『漫画友のアキちゃん』って言ってなかったか?なんで男なんだ?」
固まったのはそこっすか、社長!俺があなたの部下だってのは、いいんすか?
そう、大福さんの結婚相手は、冷酷めがね…いや違った、俺の勤め先の社長だった。ここまで来て!ようやく無事を確保したと思いきや。ラスボスが味方陣営のはずの場所にいるって、どういうこと!てか、ここに来るまでの俺のドキドキを返して!!なにこれ、何の罰ゲーム?
「ん?私、女の子って言った?」
「男友達が来るのに、その格好か?」
そこっすか、そこなんですか、社長。友達が男ってのは、いいんすか?
まあ、大福さんと結婚した時点で色々諦めたのかもしれない。
ちなみに、今の大福さんは綿麻混合生地の5分丈のパンツに、ゆったりとしたアジアンテイストのシャツ。揺れてるところから察するにブラはしてなさそうだが、コンビニぐらいには行って問題ない格好だ。襟ぐりが大き目だが、屈みでもしなければ胸の谷間も見えないだろう。
「私、朝はジーンズとサマーセーターだったよね。誰かさんが昼間っから盛るから、こんなことになったんじゃない?」
うお、そりゃ、新婚で昼間っからシャワー浴びてたとなれば、それは連想していたけど、ちょっと独身恋人なしの男にはきついっす。てか、男に盛られる大福さん想像できねぇし。大福さんに盛る社長なんて、それこそ俺の想像のはるか彼方だ。
だって社長、どんな女が色目を使おうと、顔色ひとつ変えねえんだもん。そりゃもう、『この人、女に興味ねえんじゃねえの?』ってレベルで。ひたすらストイックだ。
ああ、なるほど。女をとことん極めると、大福さんに行き着くのか?奥が深いな。
「そういうことを、他の男の前で言うんじゃない。とにかく着替えろ。髪も乾かせ。」
と、俺の視線から大福さんが隠れる位置に立ってそんなことを言う。顔立ちそのものが強面ってわけじゃないんだけど、あまり表情らしいものを浮かべない社長は、普段は冷酷というかひたすら怖い印象なんだが、今はその面影もない。
「いやいや、その前に、紹介ぐらいさせてよ。アキちゃん、固まってるじゃないの。」
「紹介なんかいらん。安城は俺の部下だ。」
よかったのか?よくなかったのか?俺があなたの秘書だってことは認識してたんっすね。
「ん?アキちゃん、どういうことかな?」
大福さん、なんか剣呑なオーラなんっすけど。なんで?
「えーと、大福さん、俺、去年から秘書課に異動になって、今年からは社長秘書の1人なんすよ。社長、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。お邪魔しております。」
大福さんにはいつもの砕けた感じで。社長にはピシッと話し、敬礼する。つ、疲れる…。
「へ~。那月の秘書、男の人だったんだ~。」
と、大福さんの刺々しい視線が社長につきささる。え?え?なんで?男の秘書の方が安心じゃね?
「そ、そんなことより、早く着替えてこい。」
と、たじろく社長。ほんと、何で?
「うわっ、偉そ~。ま、話は後ででいいか。アキちゃん、着替えてくるからちょっと待っててね。」
偉そ~って、実際偉いんですが。で、少なくとも大福さんに対しては、普段の一割も偉そうじゃないんすけどね。ていうか、社長と話って、なんすか?話のテーマは俺ですよね?
「あ、部屋で話すとかって、部屋に色々準備してたろ。こっちで話せ。」
「漫画の話だよ?那月にはうるさいだけだよ。アキちゃんも気兼ねするだろうし。」
「気兼ねなんかしないよな?安城?」
社長、笑顔がと~っても怖いっす!大福さんに対する弱腰な態度の一割でいいから、俺にも優しくして!
俺はブンブン頭を縦にふる。
「もちろんです、社長。ていうか大福さん、旦那さんいるのに男友達と2人で部屋にこもるって有得ないですよ。」
一般論をぶちかましてみる。いや、本当は、大福さんなら何でもありかと思っているんだけどね。
「旦那…。」
社長がポカンと俺を見る。
え、え、何、何っすか!?俺、なんか失言した!!?
「那月もアキちゃんも構わないなら、こっちで話すよ。アキちゃん、ちょっと待っててね。那月も、アキちゃん苛めないでよ。」
「もちろんだとも、妻の友達だ、丁重にもてなすさ。」
何故か機嫌が劇的に好転したっぽい社長の声に、俺は滅茶苦茶たじろく。