プロローグ
晴れた日の昼さがり。いつもの喫茶店の屋外席。
いつもの休みと同じように、幸海と2人。デートというには微妙で、単に外で団欒しているという感じだ。
俺は砂糖少し、ミルクたっぷり目の紅茶。幸海はミルクを少しのコーヒー。
幸海と知り合って4年、親友ではなく恋人として付き合い始めて1年。子どもでもできれば間違いなく籍をいれるんだろうけど、きっかけがない。同い年の37歳。お互いに甥っ子姪っ子がおり、お互いの親は俺たちに孫を期待することはとっくにやめてしまった。微妙なお年頃というやつだ。
「那月、何かほしいものってある?」
と、幸海に聞かれた。幸海が唐突であるのはいつものことだ。
「ほしい物?と言われても。」
「パッと頭に思い浮かぶものでいいよ。」
しばらく考えてみる。ほしいもの…。
「人参と長ネギ。」
「え?」
「だから、人参と長ネギ。帰りに買ってこようかどうか、迷っていたんだ。今日カレーにしようかと思っているんだけど、人参、絶対にないといけないわけじゃないし。ネギは明日の味噌汁用。」
レジに並んで、自分1人分の食事のためにレジに並ぶには、野菜2つって中途半端なんだよな。
「そうなんだ。」
「ああ。」
「…。」
会話が途切れる。あれ、俺、外した?
ていうか、幸海、なんか難しい顔している。これ、そんな深刻な話題だったのか?
「家、人参も長ネギもあるけど、カレールーがないんだよね。」
すんごい真剣な顔して幸海が言う。
「へえ。」
しかし、どんなに真剣な顔を幸海がしていようと、内容的には返せる言葉はあまりない。
「カレールーやシチュールーなんて長く買っていなかったんだけど、那月は必要だよね。常備しておく。」
らしくない幸海の言葉にドキドキする。
だって、ここまで言われたら、幸海の言わんとすることは分かる。
なんで分かるかって?愛だろ、愛。
もし傍で誰かが聞き耳をたてていたとしても、これがプロポーズだとは分からないだろう。俺たちだからこれでプロポーズだと分かる。それが分かり合えることが特別で、ホッコリと幸福感を感じる。
「ちなみに、幸海の今日の夕ご飯の予定は?」
「焼きソバ。」
焼きソバに長ネギを入れるのか?まあ、いいけど。こいつ、基本的につまみ系しか作らないからな。
…。
よし、頑張れ、俺。
「1人で食べるカレーより、幸海と2人で食べる焼きソバの方がおいしい。」
男としてここだけはなんとしても主導権を奪わねばなるまい。
「幸海、俺の料理、好き?」
「うん。」
「俺も、幸海が俺の料理食べてうまそうな顔してるの見るの、すんごい好き。飯が3倍うまくなる。俺、ずっと一生、幸海の顔見ながら飯食いたい。」
「那月。それって。」
「…。」
幸海もたいがい照れ屋だが、俺も人のことは言えない。主導権を奪ったはいいが、照れて最後がうまくいかない。
俺は何も言わず、立ち上がって幸海に手を伸ばした。
幸海は、俺の手をとり…。
そして先手を打たれてしまった。幸海指先に口付けて、ほわんと幸せそうに笑ったのだった。
「ずっとおいしいご飯を食べさせてね。」
そう言って、口づけをした俺の薬指に指輪をはめ。そして、自分の指にも指輪をした。
…指輪は俺が先にはめたかったぞ。一応、買って用意してあるんだが。
「それ、俺が準備するもんじゃない?」
ついでに、相手の指先に口付けて指輪嵌めるとか。それも本来俺のすることだろ。
「早いもん勝ちってことで。」
幸海が立ち上がって俺の手を握った。
嫁が俺より男前って、どうなんだろう。だけど、それが俺達なんだろう。
「朝はよっぽど気が向かない限りは和食しか作らないからな。」
「那月が作るものに文句は言わないけどさ。」
幸海は朝は食欲がわかないらしく、食べないか、食べてもパンかシリアルか栄養補助食品だ。
これでも幸海、職業的には板前なんだが…。
「そのかわり、今夜の焼きソバには長ネギね。」
「いや、こういう日なんだからさ、もっとこう、ロマンチックな感じとか、記念に残る感じの夕食にしない?」
「え~。」
思い出のレシピが長ネギ焼きソバとか、あんまりだと思う。
俺達らしいのか?というか、幸海らしいのか?
「じゃあ、何にする?家、たいしたものないよ。」
「幸海の家の冷蔵庫、薬味関係とつまみと酒は充実してるんだけどね。まずはスーパー行こうか。」
2人分の食事なら、毎日レジに並んでも構わない。そのうち3人分になり、4人分になり、最後にはまた2人分に戻るのかもしれない。いや、ずっと2人かもしれないが、それはそれでいい。
とにかく、この繋いだ手を離さずにいられたら、それでいい。
さて、子どもでも出来て将来プロポーズについて聞かれたらどう答えよう。
そんなどうでもいいことを考えながら、2人で手をつないで歩き出した。