名字も忘れたいつかの親友へ
ふと、あいつのことを思い出した。
もう何年も浮かび上がってこなかった、水底に沈んでいた記憶。
封印していたわけじゃない。
嫌な記憶だなんて、とんでもない。
あいつとの思い出は宝物さ。
ただ、思い出す機会が無かったんだ。
宝物は奪われないように沈めて隠した方がいいだろう?
なんてさ、冗談。
忘れてたんだよ。
あいつは小学生の、三年か、四年か、まあそれくらいの頃に引っ越したんだ。
遠い街に行くんだと。
あいつが越すとき、俺はまた会おうって言った。
あいつもまたなって手を振った。
俺たちは本気だった。
嘘なんかじゃなかった、はずだった。
嘘になっちまったけどな。
あいつが遠くに行くってわかっても、俺たちは親友でいられると思ってた。
無邪気に信じてた。
あいつはどうだったかな。
あいつは俺より悟ってるやつだったから、俺に合わせてたんだろうか。
あの頃のあいつがガキでいられたんならいいんだけどな。
あの頃はスマホなんてこの世になかった。
ガラケーも俺たちが持つもんじゃなかった。
あれがあったら違ってたのか、いや、そんなことは無いか。
ガキだった頃の俺たちは文通しようって約束した。
それまで手紙なんて書かなかったのに。
なんでだろうな、書けると思ってたんだよ。
何回かは続いたさ。
気づいたら届かなくなっていたし、送らなくなっていた。
どっちが最後だったんだろうな。
あいつも知らないといいな。
だってそうだろ?
あいつが俺から返事が来なかったなんて、そんな記憶抱えてなけりゃいい。
願わくばあいつも俺のこと、十年に一回くらい水底から引き上げる程度の懐かしい思い出だと思っていてくれ。




