【07】リーシア村
翌日になって分かったことだが。
俺のスキルに殺した相手のスキルを奪うものがあるらしい。
スキルやステータスなどはリネ神の祝福によるものなので、
魔物やその祝福を受けていない生き物にはないのだ。
なので魔物を倒してもこのスキルは発動しない。
あの細目の男には毒物生成のスキルも持っているらしく、
俺は今同じことができる。
前世は乏しい知識しか得ていない俺は、それでも毒と薬は時に同じものだということを知っている。
このスキルで薬を作ってみようと決めた俺だが、まずはこの二日酔いを何とかしたい。
「…ったく、だから飲むなって言ったのに。」
リアはちょっと怒っているようで、本当に面目ない。
私は掌に透明な液体を生成して、それをのどに流し込んだ。
「それは?」
「ああ、あの男から奪った、『薬物生成』というスキルらしい。」
俺の頭に浮かんだのは「毒物生成」だが、ここは心配させないため善なる嘘をついたのだ。
するとやはりだいぶ楽になった。体内に残っているアルコールをだいぶ消化できたらしい。
「『ソールイーター』…それってそういうスキルなのね。」
「ああ、そうみたい。だから今後も悪人退治の必要があったら、俺にちゃんと譲れよ。」
「…ふふ、ありがとうね、シュンヤ。」
——リアを守らなくては。
どうやらこの世界にはまだまだ強者がいるらしい。
そのなかにもアイツみたいな下劣な者もいる。
神の恵みを得てなお苦戦するとは面目ない。
しかしアイツのおかげで、同じスキルでも使い方によって効果が向上することが分かった。
これを活かして強くならなくてはな。
「そういえばリア、『魔女の遺産』って結局なんなんだ?」
昨日の激戦と飲み会を経て、今日俺たちはゆっくり過ごすことにした。
村外の平原で散歩をしながら、俺は昨日訊きそびれたことを訊く。
「それが分からないの。」
「え?そうなの?」
「うん。どこから出回った情報なのか、『魔女の遺産』ってどういうものなのか、さっぱり。」
これは意外だ。
つまりその正体不明の遺産のせいで、
俺らはこうもひどい目に遭ったわけか。
「この村を建てたご先祖様の名前はリーシア。だからリーシア村なの。村の言い伝えで、そのリーシアというご先祖様は魔女みたい。」
「だから魔女の遺産なのか。」
「うん。最初は魔女様一人で住んでいて、その後魔女の恩恵を求める者が集まり、それから村ができた。この村の人は、皆魔女の恩恵を得た人たちの末裔みたい。」
「その魔女は伝いによると、綺麗な銀髪らしい。それから村に大体百年置きに、銀髪の女の子が授けたりして、その時は決まって名前をリーシアにするの。」
彼女は少し間を置く。
「——私のママの名前もリーシアなの。」
「えっ!?」
「しかもね、ママより一つ前の『リーシア』が生まれたのは、もう200年以上前のことだそうよ。村の人はてっきり、もう『リーシア』が生まれないのかなぁって思ったの。」
「その銀髪で生まれると、魔女の力を得られるのか?」
「ううん、全然。少なくともママは魔法使えないわ。」
う——ん。
これは遺伝学的言うと「先祖返り」という現象だろう。
たまに遠い昔のご先祖様の特徴が、後代の子から出るという。
でもこの世界で外見的な特徴しか出ないのか、
あるいは——
「でもね、私は思うの。もしかしたらご先祖様のリーシアは、銀髪じゃないかもって。」
それな。
「だって、お父さんの髪は金色だから、それで私の髪はちょっとだけ金色に見えるけど、どちらというなら銀髪に近いでしょ?これは言い伝えと違うよ。百年置きっていうから、私の場合は早すぎるわ。」
リアは遠い目で空を見上げる。
「もしかしたらね?ご先祖様のリーシアの髪は、限りなく白に近い…そう、まるで『雪』のような白さだと思うの。」
俺が教えた雪の話を覚えてくれたか。嬉しいな。
「おそらくその通りだ。リア。俺もそう思う。」
さて、「魔女の遺産」の「魔女」の部分まで分かったが、「遺産」とはなんなのかやはりさっぱりか。
この村の村長、一番この村の歴史を知るアヤ婆さんですら分からないらしい。
そのあと俺たちはもう少し散歩をして、お昼の時間だ。
「おお、帰ったか。飯にするぞ。」
「ただいま。ありがとうな、オーナー。」
「ん?」
やばい、またその話か。
「てめぇ、まだオーナーなんか呼ぶのか、水臭いぞ。『お父さん』って呼びな。」
腕で俺の首を締め、頭をぐりぐりしながらオーナーは言う。
「いやだって、俺にとってオーナーはオーナーなんだよ。」
…お父さんと呼びたくないのはちゃんと理由はあるが、
あまり口にしたくない。
「そんなこと言って、いつかオーレリアちゃんが他の男に取られるぞ。」
横槍を入れたのは昼から酒を飲んでいる大工のドレイヴンのおっさんだ。
昨日の飲み会ですっかり仲良くなったが、いきなりこれか?
「嫁に逃げられたドレイヴンさんだけには言われたくないね。」
「かーかかか、よく言ったなシュンヤ。聞いたかドレイヴンよ?昼から飲んでるからだよ。」
オーナーも妙にテンション高いなおい。
痛いとこ突かれるドレイヴンのおっさんはぐうの音も出ず、黙々と酒を飲む。
「わしのせいなんかじゃないわい」ってブツブツ言ってるけど…マジで反省してほしい。
「そうよ、私はシュンヤ以外の男なんて考えられないわ——父さんもシュンヤをいじめるのいい加減にして、私の彼氏よ?」
へいへいって言いながらやっとオーナーは俺を解放した。
色々茶番があったが、こんな日常も悪くない。
「そうだ二人とも、午後は死の平原あたり回ってきてくれないか。そろそろガレスさんが着く頃だ。」
オーナーは食器を片付けながら俺らに言う。
そういえばそういう話あったな。
ガレスさんはこの村を通う商人の中の一人。
眼鏡をかけていて、賢そうな30代らしい。色んなお話を知ってるから、子供たちに人気があるという。
妻はこの村の人で、不運なことに病気で早逝した。子供もいない。
そんな彼は妻の死後から村に出て、商人になった。
そして必ず年末のこの頃に村に戻るようにした。
なぜならリネの月31日——それは彼の妻の命日だ。
「今月掃除したばかりだから、グレードアンデッドは湧かないと思うんだけ、二人とも気を付けてな。」
俺たちを見送るオーナーが言う。
「分かったわ。シュンヤがついているからきっと大丈夫よ。」
「ああ、出ても瞬殺してやる。」
「はっはっは、心強いな。娘を頼んだぞ、シュンヤ。」
俺たちは速足で向かうようにした。
あの日は一時間かかったけど、今日は早く着いたようだ。
「見かけないわ。」
見かけないね。
と便乗しようとする俺だが、あることに気づく。
「…魔物だ。いや…魔物…なのか?」
「どうしたのよ。はっきりしないわね。」
「この気配ははじめてだ。急ごう。」
気配がする方向へ俺らは走った。
近づくとリアもそれを感じたようで、
彼女が黙り込んでいることでおそらく彼女もはじめて遭う魔物と俺は察した。
「見えた。」
応戦している。やたら大柄の男が二人…てかアイツの仲間じゃなかったっけ?
昨日冒険者ギルドで会った奴らだよな。
リアも少し殺気立ったということは、多分俺も記憶間違いじゃないみたい。
しかし現場の状況からすると、彼らはガレスさんに雇われているみたいで、ガレスさんを守っている。
あの二人の実力なら逃げることは簡単にできたったというのに、冒険者のプライドというもなのか、依頼主を置き去りにしないのは賞賛に値する。
「待てリア、ここは…」
「分かってるわ。まずは魔物を片づける。」
さすがリアだ。
その魔物は骸骨のサソリに見える。
言うまでもないが尻尾に刺されるのはやばい。
大男二人組は手負いのようで、毒にすでにやられているかも知れない。
そして今まさにサソリの攻撃がきているが、避けられそうにない。
このままだと少なくとも一人は死ぬな。
ここで死なれては正直困る。
昨日はさすがにキレたので尋問する気にもならなかったが、
この二人に訊きたいことなら山ほどる。
それ抜きでも、アイツみたいに根まで腐っていないようだから、律儀に雇用契約を守る男ってんのは俺は嫌いではない。
かくして、思考加速を発動し、サソリの攻撃より前に二人に蹴りを入れて助けてやった。
「ごめんリア、10秒稼いでもらっていい?」
「分かった。任せて。」
あの二人は幸い体が鍛えられているからか、毒のまわりが遅い。
まだ手遅れではないようなので、私は薬物生成のスキルで応急処置のための薬を出した。
時間をかけてじっくり毒の分析をしてられないので、
方向性さえ間違っていなければ時間稼ぎになるはず。
「も前らはここで休んでいろ。後で聞きたいことがある。」
「お、おう。すまんな。」
「後、ガレスさんもここにいてくださいね。」
この言葉の後に、「変に逃げ回ると余計守りづらくなります」というのを追加したかったが、
ガレスさんのほうに視線をやると彼は冷静だった。
こういう時にどうしたらいいのかはっきりとわかっているはず。
このぐらいでてんぱってしまうやつは早死にするからな。
「はい、分かりました。では頼みます。えっと…」
「私は和彦俊也と申します。カズヒコと呼んでいただければと。」
「分かりましたカズヒコさん。ではお気を付けて。」
リアは正面戦闘に向いていないので、助けにいかないと。
サソリは今リアに夢中になっているみたいなので、ここは俺が暗殺者らしく仕留めてやろう。
思考加速とステルスを発動して、私は死角から切り込んだ。
頭を丸ごと切り落としてやったのだ。
「シュンヤさすがだね。今のは一番暗殺者っぽかったわよ。」
おかしい。
頭のついでに体の一部も切り落とされているのに、気配は消えない。
なんだか…こいつはただの魔物でもないみたいだ。
「…シュンヤ?」
精神を澄ますとこのサソリの体内に赤いモヤが見える気がする。
あれは…なんだ?
懐かしい感じがする。この感じはどこかであったような…
短剣で邪魔な部分を削り、俺はそのモヤの正体を確認した。
赤色の石だ。
それを手にすると、暖かい温もりすら感じる。
「魔石…なのか?」
しかしこの世界に来て一度たりとも魔石なんて見たことなかった。
強かったオークでもだ。
なによりこの石からする感覚は、近いうちに会った何かと似ている。
「……ッ!」
その感覚の正体を気づく俺は、震えた。
「シュンヤどうしたの?さっきから様子が…」
「魂だ。」
「…え?」
私が手にすると、その赤い石は目が見える程の速さで色を褪せ、そして塵になった。
それは俺のスキルソウルイーターが発動したからだ。
「これは魔物なんかじゃない。人間だ。少なくともこの姿になる前はな。」
「人間…だと!?」
「ああ、ソウルイーターが発動したし、スキルだってもらったから間違いない。こいつは…元人間だ。」
リアは口を押え、「嘘よ」と呟きながらそこにいた。
こんなリアは初めて見るから可愛い。
「すみません、助かりました。あれを倒してくれたんですね。」
ガレスさんだ。
もっと学者気質の方だと想像していたが、気さくで全然話しやすい。
「ガレスさんこそ本当に大変でしたね。こんな魔物に出くわすとは。」
「本当ですよ。護衛を雇って正解でした…それでもかなわないみたいですが。」
あれこれ言って、俺らは村に向かった。
リアはその元人間という言葉のショックからなかなか回復しないみたい。
無口になって考え込んでいる。
あの大男二人は村についたらアヤ婆さんの家の空き部屋を借り、回復するまで俺とリアがそこに待機することにした。
いくらガレスさんのために戦ったとはいえ、「魔女の遺産」を知るかもしれないよそ者を野放ししてはいけないからな。
「ぐっ…ここは…」
「リーシア村。あるいは魔女の村と言った方が分かりやすいのかな?」
二人組のうち少ないだが赤髪生えてる方が先に目覚めた。
ちなみにもう一人は坊主。
「兄さんが…俺を助けたのか。」
「過去形とは気が早いな。助けるかどうかはお前の返事次第なんだよ。」
「…何が聞きたい?」
「そうだな、まずは魔女の遺産について話してもらおうか。お前が知っているすべてな。」
赤髪のやつは抵抗を一切見せず、俺からの質問も素直に答えてくれる。
正直助かる。面倒な手順を省けた。
拷問なんてしたことないからな。下手して殺してしまえば困る。
後に隣の部屋の坊主頭が起きたら、また同じ質問をするつもりだが、
こいつの目を見る限り嘘をついてる気配もない。
彼が言うに、この村のご先祖のリーシア様に、死者を蘇らせる力があるらしい。
人類に祝福を授かった再生を司る神、リネ様の力の一部だそうだ。
それを知り、その力を求める者が集まった。彼らは皆大事な人を失い、魔女様にそれを蘇らせるためにきていた。
これがリーシア村の由来だそうだ。
ここまでの話は蘇生の力以外知っていた。
「魔女の部分は知ってる。遺産について話せ。」
「…遺言だ。『魔女の遺産』はその遺言のことだ。」
遺言だと?
村の民、魔女の血を引くものたちさえ知らないのに。
「それは…蘇生魔法の使い方だそうだ。」
そんなバカな。
蘇生魔法なんて本当に存在するのか。
神にしかできない偉業。生死状態の逆転、人間にはできるというのか。
「まあ俺らも半信半疑なんでな?別に蘇生したい相手もないんだ。」
「…唆したのはあの細目の男か?」
「唆したというか、俺らはドリアンの旦那に命を助けられたからな。あれはああ見えて結構優しいやつでさ。」
……ああ見えてって言ってもそうは思えんがな。
「ドリアンの旦那は特に蘇生魔法に執着した。娘の寿命は長くないらしいから。」
大金まで積んで王都の一番いい医者に見てもらったそうだ。それでもダメで、今は毎日金貨3枚かかるほどという高価な処方でなんとか命を繋いでいるみたい。
俺の立場上今でもそのドリアンという野郎を許せないが、その娘に罪はない。
助けられるものなら助けてやりたい。
「その娘はどこに。」
「確か…ミナスの街の、ロランという人の家に。」
覚えておこう。年明け特に用事がなければ寄ってみたいと思う。
俺は神様から莫大な金をもらっているし、自分の殺戮のせいで生まれる悲劇をなるべく減らしたい。
それを見て見ぬふりをしたら、いつか俺もろくな死に方しないだろう。
「そういえば俺たちはガレスさんの依頼を受けたのは、ドリアンの旦那をついでに探すためなんだ…昨日の昼間から消息不明になっている。兄さんなにか心当たりないか。」
「ああ、あるさ。そのドリアンってんのが俺が殺したからな。」
「ッ!」
このことを聞く赤毛は素早く構えた。武器は別室に保管しているので、彼は素手で俺に殴りを入れた。
しかし遅い。力だけあってこの攻撃は恐れるに足らん。
思考加速を備わっていない者にはもう俺と平等に戦うことすらできない。
俺はつま先に麻痺毒を生成し、彼の攻撃を避ける同時に体に打ち込んだ。
「ぐっ!」
彼の巨体はバタっと倒れ、意識ははっきりするが当分の間身動きとれないだろ。
「シュンヤ!?大丈夫なの?」
この物音で隣で坊主頭を見張ってるリアもきてくれた。
現場の状況を見て彼女はその赤毛に敵意を向けるが、俺はそれを止める。
「悪いがここにいるオーレリアは俺の彼女でな。魔女の遺産の件でドリアンは彼女に拷問をかけようとした。私はそれを許す事ができず、生きて帰らせる事もできなかった。」
地面に這いつくばる赤毛は悔しい表情をする。
いい大人なのに涙まで流してやがる。
どうやらドリアンに助けられたというのは本当のことらしいし、彼自身もまた義理堅い男だろう。
そういえばドリアンの死に際のその命乞いはなんだか分かってきた気がする。
自分のために命乞いするのではなく、娘のためか。
怒りに駆られて俺は本当にひどいことをしたかも知れない。
「すまんが分かってくれ。お前の体質なら、その麻痺毒は30分ぐらいで代謝されるだろう。その時にまた俺に復讐しようてんなら来い。酒場で待ってやる。」
俺は目を細めて言う。
「——しかし今度は手加減しない。覚悟しとけ。」
重く泣き声をする大男を後ろにして、俺らは部屋から出た。
そうか、人を殺すとはそういうことか。
殺戮は恨みを買う。
その恨みからまた殺戮を生み、悲劇の連鎖になる。
しかし俺は今でも後悔してない。
もう一度やり直すチャンスがあっても俺は同じことをするだろう。
大事なものを守るために躊躇はいらない。その結果として恨みがあろうが真摯に向き合うだけ。
俺は逃げも隠れもしない。
それだけだ。




