【06】潜む悪意
二人旅というものは不思議な気分だ。
リアとは日常的なやり取りをするだけで、心が満たされていく。
前世の俺は旅すること自体すくなく、修学旅行ぐらいだが、
複数人での行動にはかなり疲れるイメージだった。
スケジュールを合わせないといけないし、
話し相手として付き合わなくてはいけない。
相手の話をどう受けて、どう返すのを常に考えなくてはいけない。
しかしリアとは無理をするまで会話していなく、
疲れるどころか、彼女と一緒にいるだけで癒される。
一度ダーゴン街に戻った俺とリア。
ギルドに行って護衛任務の報酬を受けにいくのだ。
入ると数人の冒険者らしき人物がカウンターを囲み、
やたらと騒いでいる様子。
近づくと、「リーシア村への道順」をしつこくサリアという受付嬢に聞いているらしい。
ちょうど俺らもこれから村に戻るつもりだし、
ついでなら一緒にご案内してもいいかもしれない。
そう考えて話しかけようとする俺だが、
リアは顔を黒くして俺を止めた。
「あんたたち、リーシア村になんの用?」
初見のはずなのに、敵意全開のリアだった。
彼女と初対面の時と同じ雰囲気だ。
そういえばリーシア村ってよそ者ご免だっけ?
俺としたことか。
この平和ボケはいつ直るんだ?
「そうなんだよ、嬢ちゃん知ってるってかい?この受付嬢はどうも教えてくれなくてさ——」
話するのは細い目をしている中年の男、
彼の後ろに筋肉ムキムキの大男がまた二人いる。
「教えてどうする気?」
「そりゃ——ちょっとした『お探し物』さ。」
このお探し物という言葉はまるでトリガーのようだ。
まだ話が終わっていないのに、リアすでに動いた。
リアの強さというのは、攻撃は極限まで洗練されていて、
予備動作が一切ない。
突進、抜剣、刺す。
一連の動きは空気を吸うように自然に見える。
これは例のアレだと俺はすぐ分かった。
決して刺すことはないが、目玉よりほんの1ミリで止まるアレだ。
さすがに突然だったか、細目の男は悲鳴を上げて、後ろに倒れ込んだ。
「ひっひぃぃい」
まあこれが普通の反応なんだよな。
「失せろ。」
冷たく言うリアに、しっぽを巻いて逃げた男たちだった。
そういえばリアは決して守られる一方のお姫様じゃない。
俺は改めて実感する。
警戒心の弱い俺にとっては心強いかぎりだ。
「すまないサリア、また迷惑かけたな。」
俺は任務完了を証明するリリスのサインが書かれている木板をサリアに渡す。
「い、いいえ、では拝見いたします。」
彼女は依頼書を探し出し、リリスのサインを照合した。
「はい、これで問題ございません。報酬は手数料を除き、銀貨79枚になります!そういえば…カズヒコ様は戦士職にジョブチェンジされたのですか?」
「ん?ああこの装備のことか、いや俺はまだ暗殺者のままなので、これからも暗殺者の道を極めたいのだ。」
「なぁにふざけたことを言う…シュンヤは最初から暗殺者なんて見る影がないわ。」
やはり俺のことを暗殺者として認めてくれないリア。
「そういえばだが、ジョブチェンジは可能なのか?」
「はい、可能ですよ。ですが同一系統のジョブ同士、あるいは上位ジョブへのジョブチェンジが一般的です。」
サリアは優しく解説してくれた。
「もしジョブチェンジされたら、ギルドに更新して来てくださいね。」
ジョブチェンジとはいえ、この世界はゲームみたいに画面が出て、ボタン一つでシャキっとできるわけではない。
やはり修練を積み、慣れなかった戦い方をうまく使えこなせる前は、ジョブチェンジができたとは言えない。
ジョブチェンジができたかどうかは、鑑定士に頼んで鑑定をしてくれると分かるそうだ。
ギルドは冒険者のジョブに沿った依頼をおすすめしてくれるので、
ジョブチェンジして更新しないと何かと不便。
しかしジョブチェンジはステータスにも影響するので、
話によると俺みたいな暗殺者はいつも鎧を着てると素早さのステータスが落ちるみたい。
一度落ちたステータスが戻るのはかなり大変だそうで、
万が一本当にいつか戦士職になってしまったら、
素早さのステータス値が前提で効果が発揮する思考加速などのスキルがかなり弱まるみたいだ。
その上また暗殺者に戻るのはハードルが高い。
ちなみにこのことについてリアも初耳みたい。
どうやら彼女は素早さのステータスを倍増させるスキル——超加速があるみたいなので、
元からジョブチェンジは考えたことなどなかった。
「なのでカズヒコ様のやり方はあまりおすすめできませんよ?」
そ、そういうものなのか?
結構気に入ったけどな——質量戦法が。
それに私がよく見てないだけで、おそらく素早さのステータス前提のスキルは結構あったような気がする。
この甲冑には名残惜しいが、
いつか戦士系の友人ができたら贈ろう。
でも上位ジョブか。これは想像が広がるじゃないか。
サリアの話では、魔法も使えるようになると、
暗殺者の上位ジョブとして、正面戦闘も長ける魔剣士や、潜入を特化したシャドーメイカーなどがあるそうです。
シャドーメイカーなんていい響きするじゃないか。
「シュンヤにシャドーメイカーなんて向いていないから、無駄な努力をせず早めに諦めてね。」
俺の思考を読めたかのよう——言葉の内容はともかく、リアは微笑んで私に優しく言った。
優しくなっても、容赦がないんだよな。
リアは本当そういうとこだけ曲げないみたい。
この街で昼食を取り、俺とリアはリーシア村に向かう。
報酬も受け取ったし、また色々いい情報が入ったので、かなりの収穫だ。
ギルドでもらう初めての依頼報酬なので、俺は分配された35枚の銀貨をピカピカするように見えるのだ。
なんというか、はじめて異世界っぽいことやったなあって感じがする。
「シュンヤったら…たかが35枚じゃない。あなた金貨だってまだ50枚ぐらいあるでしょう?」
「それは違うのだ。これは自分が稼いだ金なのだ。」
「…そんなシュンヤも子供っぽくてかわいいよ。」
この発言の前に不自然な間があったな。
「今絶対『なにそればっかみたい』って言おうとしたじゃん。」
「ふふ、分かってるじゃない。ばかシュンヤのくせに。」
俺たちはお互いを見て笑った。
「そういやリア。アイツらが言う探し物ってなんだ?」
前の俺ならこのことを詮索しないだろうが、今はこれを確かめたい理由がある。
「『魔女の遺産』ね。このことを知るよそ者は少ない方がいいから、前は教えていなかったかも。ごめんね。」
「ってことは今はもうよそ者なんかじゃないんだ。嬉しいこと言うね。」
私は足を止めた。
「けどお前は立派なよそ者だ。隠れてないで出て来いよ。」
諦めの悪い奴だ。俺たちが街を出てからずっとついていやがる。
リアが察していないってことは、向こうもそこそこの手練れだろう。
そうなると、ギルドでビビってたあの様子はお芝居ってことか。
「いや——お兄さんすごいね、私のステルスを見破られるなんて。」
案の定あの細目の男だ。
彼は単身できているらしい。
「お仲間はどうした。彼らは来ていないのか。」
「いやあの二人は隠密行動に向いていないからね——」
なんだこいつ。いやな話し方だ。
リアはもう攻撃態勢に入るが、俺は彼女を止める。
「そのことを知るよそ者は少ない方がいいだろ?」
俺は殺しに行くと決めた。
死人が一番秘密を守ってくれるというし、
この男は懲りないタイプだから生きて返すわけにはいかない。
今まではどうだったか知らんが、少なくとも俺がいる今リアの手を汚させたくない。
なにより、殺人をしたことのない俺には、こっちの「童貞」を捨てるいい機会になる。
いつまでも甘いことを言ってられない。守りたいものを守るには俺は一番確実且つ合理的な行動を取る。
なので神様の恵みに頼りたくないなんて甘っちょろいことをせず、俺は短剣を抜いた。
思考加速
最初から全力で行く。こいつが気づく前に終わらせてやる。
たとえ時間が限りなく遅くなったこの状態でも、俺は素早く動けた。
一番確実に仕留めるために、こいつの背後に回って首筋を狙おうとする。
——しかし私はそうしなかった。その代わりに攻撃をやめ、横に回避動作をした。
なぜなら、この男は先ほど思考加速した状態で襲い掛かる俺を目で追ったからだ。
彼は差し詰め立ったままで俺を騙し、こっちが仕掛けようとする瞬間俺の隙を狙うつもりだろ。
彼が今空振りしたその短剣こそ何よりの証明。
しかも俺のスキルが教えてくれる。その短剣には無色無臭の毒を塗ってある。
どうやらリアを止めて良かった。
「お兄さ——ん、すごいね!私以外にも思考加速持ってる人間がいるとは。」
「心にもないこと言うな。今の騙しは明らかに思考加速への対策だ。」
やばい、こいつは強い。
神の恵みをフルに活用している俺でも、簡単に仕留められそうにない。
しかもあの毒だ。かなり強力らしい。
かすっただけの服に残ったのは切り口ではなく、溶けた痕跡なのだ。
溶解液の類だろうから、皮膚にふれるだけでも危ない。
俺はスキルを発動して、また仕掛けた。
騙しが通用しないと分かったこいつも積極的になった。
そしてやはり俺と同じぐらいの動きができ、
つまり素早さのステータスがほぼ互角。
そうすると勝敗を制するのは時間だ。
こいつは何秒持てるのか。
グレートアンデッドの時俺は少なくとも10秒はかかった。
それでも全く疲れを感じないのでおそらく一分ぐらいってとこだろう。
「お兄さんは何秒持てるの——?」
答えるわけないじゃん。
「私はね、五分ならいけるよ?」
五分?
このチート技が?
待て俺。動揺するな。これははったりだ。俺を動揺させる戦術だ。
さすがに戦い慣れている。心理戦法も使ってくるのか。
「へ——俺なら丸一日持てるぜ。」
「…いうじゃん。」
リアの目には追えない速度で激闘する俺たち。
今何秒経った?
俺の体感時間はかなり長く感じるが、
リアからすると数十秒だろう。
やばい、視界がぼやけてきた。
限界に近いってことか。
それに対してこの男は少しも緩まない。
まさか本当に五分持てるのか?
「お兄さん——鈍くなったね。一日持てるんじゃないのか?」
…こいつ
「あの子名前なんだっけ?リアちゃんかな——かわいいなあ」
「私は魔女の遺産を探しにきてるの。あの子に聞いてみたいことがあるんだ。」
「でもなかなかお口が固いようだし。どうしようかな——?そうなったら下のお口に聞いちゃおうかな?」
「言わせておけばっ!」
俺は彼の攻撃を弾き、距離を稼ごうとした。
このままではやばい。一旦距離を離れないと。
しかしすでに加速倍率が低下した俺に、こいつがしつこくついてくる。
「お兄さんはもう試した——?締め付けはどう——?」
「ッ!」
「ねぇ、教えてよぉ?」
どこまで卑劣な野郎なんだこいつは。
こんな奴にだけは負けたくない。
しかしあらゆるスキルを活用した俺だが、
それでも有効打が入らない。
こいつの口車には乗るな俺…!
冷静になれ。
こいつが長く続けられるには必ず理由がある。
その理由を見つけるのがこの状況を打破する糸口だ。
すると、俺はふっとこいつの顔が異様に赤いということに気づく。
今のこいつの体温はおそらく40度を越えているだろう。
なぜだ?
俺はこいつのペースについていないとは言え、同じぐらい動けたはずなのに、そこまで体温は上がらなかった。いくらこいつエロいことを想像していてもそんなに上がるわけがない。
でないと俺はとっくに初夜で死ぬ。
体温が異様に上がっているのは…一体なぜだ?
そうか。心拍数だ。
こいつは無理やり心拍数を上げてやがる。
おそらくだが、思考加速の持続時間に関係するのは、無呼吸で動ける時間なんじゃないのか?
なぜならこれは思考を加速していることにより、時間の流れが遅く見えただけ。
時間そのものを停滞させているわけではないので、体は速く動けても呼吸は通常のままだ。
こいつのこれは無理やり呼吸を急がせた症状だ。
なるほど。
そういうことか。
理屈さえわかれば簡単だ。
こいつはすでに無理をしているだろうが、俺は今からだ。
無理やり空気を吐き、そして吸う。
この今まで当然のようにやっていることだが、今の俺には激痛が伴う。
やばい。これは痛い。
心臓が裂けそう。そりゃそうか、今は長距離走の後はぁはぁする状態の呼吸速度より、さらに何倍のものを体に強いているのだ。
「…さすが。」
無理して倍率を戻そうとする俺をみて、こいつの顔にやっと余裕が消えた。
バカ目。そんなに喋るからだ。
俺はこいつから勝ち目を一気に奪うことにした。
何せこの痛みにどれほど耐えるかについて俺はまだわからない。
一つ大きく息を吸って、俺の目から何か暖かい液体が出ているのが分かる。
泣いていないので断じて涙じゃないな。
これは血だ。
俺は一気に倍率を取り戻し、そしてまずは彼の右手を切った、
次は左手、最後は両足。
そして地面に重く蹴りを入れた。
やっと思考加速から解放される。
解除した瞬間、やはり目からかなりの量の血が飛び出た。
ついでに鼻もだ。
「シュンヤッ!!」
リアは心配そうに俺のところまで来ようとする。
俺は彼女をやめさせる。
こいつがまだ息があるうちに、決してリアを近づけはさせない。
リアを守れたからこのぐらいどうってことはない。
「ぐっ、くはっ」
咳をしていやがる。まだ意識があるのか。
「お…おねがい…許して…命だけは……」
この期に及んで命乞いとは…
つくづく救えのない男だ。
「てめえ、リアを犯したいとかぬかしてたな。締め付けはどうって?極上だよ。」
「シュっ、シュンヤ!?」
「しかしな…てめえのような男には一生縁のない話だ。」
「ごめんなさい…こめんなさい…謝ります…私は消えます……消えますからぁぁ」
「……チャンスをやる。」
俺はそれほど長く心臓に無理をさせていないので、
数回呼吸したぐらいでかなり回復した。
今なら随時思考加速を発動できることを確認して、俺は続けて言う。
「あそこの石を見えるだろう。そこまで逃げれば俺は追わない。」
して、俺は短剣を鞘に戻る。
やはりゲスか、こいつは迷いなく切断されている腕と足で這いつくばって行こうとした。
…そこまで自分の命が大事なのか。
遠慮もせずに人の命を奪ってくるくせに。
俺はリアのためなら躊躇せず死ねるがな。
そんな俺を神様も悪く言わないだろう。
——一度死んだこの命、今度はリアのために使うと決めている。
リアのために死ねるならちゃんと幸せな死だからな。
こんな事考えているうちに、あいつは石のすぐ傍に着いた。
もう着いたか。
俺は思考加速を発動する。
おそらくリアの目に映ったのは、つい先までそこにいた細目の男が、
一つ瞬きしただけでそこに俺がいて、手にあいつの頭だけを取っている。
俺は「石に着いたら追わない」と言っただけで、
別にそれまで邪魔はしないとは言っていない。
すでに死した男の顔は依然に生を焦がれて望む表情だ。
死んだことも気づいていないのか。
リアを犯そうとした未遂犯にしては安すぎる死だ。
「シュンヤ——!」
我慢できず、俺に飛び込むリア。
俺はアイツの頭を横遠くに捨て、リアを抱きしめた。
ちゃんと返り血を避けてから思考加速を止めたのだ。
リアを抱きしめ、彼女の体温を感じつつ、
俺は二人とも無事だということを素直に喜ぶ。
「シュンヤ…シュンヤ…」
「ああ、俺はここにいる。心配かけてすまん。」
「シュンヤ…ありがとう。」
ああ、本当に可愛いらしい。
そんな彼女ができて、そして守れた俺はなんという幸せ者だ。
手を繋いで、俺たちは日が暮れる頃に村へ戻った。
酒場は営業中だ。リアがいないからオーナーはキッチンもやらなきゃいけない。
「ただいま。」
「おお、お帰り。」
俺らの声をして、キッチンから出たオーナーは俺たちが手を繋いでいる姿を見て笑った。
「そうかい。ニーサンはもう『よそ者』じゃないってことな。」
それに視線がやはり集まった。酒場にいる村人たちもどういうことか察しただろう。
これはさすがに照れくさい。
俺もリアもちょっとひよった。
「兄ちゃんやるな、もうオーレリアちゃんを攻略したか。」
「ああ、あの時は変なヤツかと思ったぜ。」
見覚えのある人たちだ。というかこの酒場は常連客しかいないか。
「おいお前ら、今日は好きなだけ飲んでいいぞ——俺のおごりだ。」
「おおお!アラックの旦那太っ腹!」
「いいぞ!鋼鉄の乙女がやっと彼氏できたことを祝って乾杯!」
「乾杯——!」
鋼鉄の乙女って…そういえばそんな二つ名あったな。
俺もその時納得してたっけ。
しかし今はすっかりリアと関連できなくなった。
年越しはまだ一週間以上先なのに、酒場はもうお祭り騒ぎ。
俺もこの雰囲気に酔って飲んだ。
リアは俺はけが人だから飲んじゃダメとか言うが、
まあ今日ぐらいは大丈夫だろう。
悪人退治。
俺はもう一つファンタジー世界っぽいことをやったのでは?




