【05】銀貨八枚の重さ
俺は自分のことを一人前の社会人だという認識で、
決してナルシストなんかではないが、
その上にこれを言いたい。
リアは多分俺のことが大好きのようだ。
客観的に分析してみてもそうだと思うし、
何より、旅路で私はさりげなく彼女の手を握っても、リアはそれを黙認したのだ。
しかし彼女に顔を向くと、視線が躱されるし、顔は真っ赤である。
これは一般的に言うと、照れてる状態だよな。
嫌いな相手にこれはないと俺は思う。
何よりここ数日彼女の素直じゃない性格が見る影もなく、
彼女は普通に笑ったりするし、俺とのスキンシップも拒むことがなかった。
この関係を確認したい。
このもやもやした気持ちを何とかしたい。
しかしあまりにもストレートで行くのはよくない。
本心ではなくてもまた「キモイ」と言われるのはメンタルに来る。
何かいい切り出し方というものはないのか。
前世で女経験ゼロ童貞歴イコール年齢の俺にはハードルは高い。
こんな理想な女の子と出会えるのを予想できたなら、
もっと練習しておけばよかったのに。
——などと考えても無駄だ。
しかしその方法とやらを全く思いつかないわけでもない。
リリスがこの度帰省する主な理由は、リネの月20日に開かれる復活祭に参加するためだそうだ。
この世界はどうやら5000年の歴史しか残っておらず、なぜかというと5000年ほど前のリネの月1日の日に、世界が一度魔獣災害による滅んだという。
すると再生の神——母神様が産んだ13人目の子——神々の末っ子のリネ様は、20日かけてボロボロの世界を修復し、10日間かけて命をこの世に呼び戻す。そして最後の一日はすべての命に祝福をかけ、そしたら死んだのである。
その祝福のおかげで、ステータスやスキルの概念が生まれ、人族でも魔法が使えるようになったと伝われている。
これは再創世の唄と言って、この世界のほとんどの人は知っている。
この世界は13か月を一年とし、それぞれの月に神の名前で呼んでいるのである。
そして毎年リネの月で魔獣の発生が活発するのも、まるでその大災害の存在を証明するかのようだ。
リネ様が授けた祝福により、力を得た人族は魔獣と戦える力を得ていることで、長くも5000年繁栄してきた。
その感謝の気持ちを込めて、このリネの月の終わりの頃は、どこでもお祭りをするようになった。
リリスによると、俺たちのおかげで20日の復活祭に間に合ったので、一緒に参加してほしいそうだ。
——俺たちはリネの月16日に出立して、今日また丸一日歩いたので、19日で到着予定になっている。
リーシア村で一番大きなお祝いはリネの月31日の年越し祭りだ。
それまでに帰還できればいいわけなので、私たちには断る理由がない。
そのお祭りの雰囲気に乗って、俺はリアの気持ちを確かめることを決意した。
「そっかー、今年はもう終わるのか。」
リアは言う。
その気持ちは大変分かる。
前世では12月が一番忙しかったし、
去年12月の疲れはまだ完治していないのに、今年もまた12月を迎えようとする瞬間。
振りかえてみてこの一年間何やったのかを自分に問いかけても、何でもやったかのようで、何もやっていなかったかも。
しかし今の俺にとってこの世界の毎日が新鮮で楽しい。
そんな俺でも、いつかリネの月になったら、リアと同じことを言えるほどこの世界に馴染めるのかな。
かくして、19日の午前中に、俺たちはリリスの故郷、獣人族の村、リート村に到着したのである。
リート村の状況はリーシア村に似ている。
旅人はあまりこない、小さな村だ。
一番近い街もリーシア村と同じくダーゴン街で、同じく若者がほとんど出稼ぎするので、この復活祭でも帰って来れない人が多いみたい。
——獣人族は人族と違って、年越し祭りを一番重視するのではなく、この20日の復活祭が一番賑やかなのだ。
リート村は大した特産品がないので、ダーゴン街との間で往復する商人はいない。
リリスの家族はひいおじいちゃんの代から、この村とダーゴン街の間で往復する仕事をするようになったらしい。
往復二か月で、一年に六回行き来するという。
例年だとリネの月の上旬ごろで着くはずだが、今年はちょっと景気が良くないそうで、
ダーゴン街に持って行った商品があまり売れなく、長引いてしまった。
この儲けそうにない仕事をずっと続いているのはリリスとその家族なので、村でかなり人望があるし、そのおかげで彼女の護衛としてこの村に来訪する俺たちも大歓迎。
獣人たちからたくさん果物など持ってきてくれたので、俺は銀貨で支払おうとしても断れた。
どうやらこの村では通貨を使っていなく、物々交換である。
リリスはダーゴン街で仕入れた商品をここで物に換えて、それをまたダーゴン街に売りに行くということだ。
基本的に自給自足しているこの村でも、塩や香辛料、石鹼などの物が手に入らないので、それほどリリスの存在が大きい。
リリスは祭りの準備があるので、到着後私とリアで街を回ることにした。
しかしお世辞でも決して大きな村ではないので、
歩いて30分で一通り回った。
俺たちは探索範囲を拡げることにした。
村から出て15分程、丘の上に来た俺たち。
「わ——すごい、こんな大きなシーク畑ははじめてだわ。」
白く広がる畑。遠くから見るとまるで白い小麦のような作物である。
これはリリスの話によると、村で唯一経済価値のある作物で、携帯食料に加工することができ、
あまり味は良くないが、干し肉より安いので、そこそこ相場が安定している。
「そうだな、まるで雪のようだ。」
「雪…?」
リアの戸惑う顔をみて、私はふっとこの世界に海がないことを思い出す。
「俺の元にいた世界では、たくさんの水でできている海というものがあって、大陸は皆海の上にあるのだ。」
リアは興味津々に聞いてくれているので、俺は続いて言う。
「なので空にある雲は水気の集まりで、寒くなると氷の結晶となり、ちょっとだけ重くなった雲はふんわりとちまちま落ちる。それが雪だ。雪が積もると——そうだな、このシーク畑のような白さは、どこまでも広がるような景色になるのだ。」
「どこまでも…か。雲が落ちるなんて、きっと美しい景色なのね。」
遠い目で畑を見るリアは、きっと地球での景色を想像しているだろう。
ああ、可能なら彼女にも海と雪を見せてあげたいな。
リリスの家で部屋を借り、俺たちは熟睡して、しっかり旅の疲れを癒した。
復活祭当日は、村は昨日と全く別の様子を示す。
皆踊ったり歌ったり、唄の内容はもちろん再創世の唄である。
よそ者の俺でも、聞いているうちに歌えるようになった。
料理は基本キコの肉をメインにした料理と、各種果物である。
キコのシチューは食べたことがあったが、ここではまた違う風味である。
リリスが持ってきた香辛料と調味料を惜しむことなくたっぷり使って、しっかり味付けをし、大きな篝火で皆で焼いて食べる。
その香ばしい匂いは煙とともに天に昇り、これは神への最高の捧げものだという風習らしい。
しっかり味付けしたコキの肉は一切臭みがなく、食感は鶏肉に近い。
外はパリパリしていて、中身はジューシー。
夜になったらコキの丸焼きが出されていて、切り分けていないコキを見るのははじめてで、
この鶏肉のような肉はなんと四足歩行の動物から出たというのはちょっと意外だった。
豚二頭分ほどのサイズでしたので、村の皆で切り分けて楽しんだ。
食べて踊って、あっという間に皆はそれぞれ自宅に帰るような時間になった。
俺とリア二人っきりで、大きな篝火のそばにいる。
一日中騒いだので、二人とも黙々とこの祭りの余韻を堪能している。
篝火の光りで照らされる彼女の顔は、暖かくて幸せそうに見えた。
俺は今こそチャンスと思った。
「あのさ、リア。」
「ん?」
「俺さ。」
迷うな、俺。
言うのだ。
心臓がうるさい。
25歳の大人だぞ。しっかりしろ俺。
「俺はリアのことが好きだ。」
私は彼女の顔を見て言った。
短い沈黙。しかし私には長く感じる。
思考加速を発動していないのにな。
「…ふふ、知ってるよ。」
ちょっと驚く彼女の霞んだ顔に、微笑みが浮かんだ。
「リア。」私は彼女の目をまっすぐに見る。「俺の彼女になってくれるか?」
彼女の目に色んな感情が湧いたのはわかる。
少し涙を含んだその目は、俺が見たことあるすべての宝石よりも輝かしい。
その目に俺ははっきりと自分の影が見える。
この瞬間で俺はすでに返事をもらった。
彼女の目に幸せがあって、そしてその幸せに俺がいる。
きっと今の俺もそうだろう。
私の幸せというばらけたパズルは、リアという一枚のピースで空白を埋め、補完した。
「シュンヤのバカ。もうとっくになってるよ。」
彼女は泣き声で言う。
リアは私を抱きついてくれて、私も彼女を抱いた。
柔らかい、小さな体だ。
そんな彼女の温もりを感じながら、俺にこの世界ではじめて守りたいものができた。
ああ、神様。
俺は今まさに幸せの最高峰にいる。
しかし俺はまだ死ねない。死にたくない。
ノルマの件だが、少し先に延ばしてしまいそうだ。
今夜の俺たちは、同じ布団で寝た。
リート村からの帰り道は、私とリアの二人っきりである。
リリスは偶数月はダーゴン街にいるので、きっとまた会えるだろう。
俺たちは手をつないで、黙々と歩いた。
昨日の夜で、俺たちは一線を越え、激しく求めあった。
それは俺もリアもはじめての体験なので、今日は二人ともちょっと恥ずかしくなってしまう。
「ねぇシュンヤ。」
この沈黙を破ったのはリアだ。
「グレートアンデッドを退治した後、私に言ってた事はまだ覚えている?」
もちろんだ。忘れるわけがない。
今になってその「キモイ」というのは本心ではないのは分かるが、
その日の記憶はまだ新しい。
「その時の言葉…もう一度私に言ってくれる?」
リアは何歩走って、俺の前に立った。
丁度あの日の距離である。
今更そんなことはどうでもいいだろうと、
俺はそれほど野暮な男ではない。
「分かった。じゃ言うよ。」
リアの軽い頷きの後、私は言う。
「リア、昨夜のことについてだが…実は俺は思考加速の能力があるんだ。リアが襲い掛かって来るとき、正直私には止まって見えるほど遅く感じた。昨日嘘をついてしまって済まなかった。」
俺はあの日のように、真摯にペコリと謝る。
しかしそういえば、その日の俺はリアのことをオーレリアさんって呼んで、喋るときは敬語だったっけ。
リアは何がしたいのはいまいち分からないが、
おそらくこういう細かいことに目をつぶってくれるだろう。
「しかし、反応できなかったのは本当だ。もしその場リアは寸止めしてくれなければ、俺は少なくとも片目を失っていたはず。」
彼女の本気の速さをすでに見た今の俺は、あの時彼女は寸止め前提で襲い掛かってきたのは分かる。
「なぜなら、俺は今までリアほど綺麗で可愛い女の子を見たことがないんだ。」
あの日のように、俺はまっすぐに彼女を見て言う。
そろそろ終わりが近いか、彼女はごっくりとした。
「あなたの綺麗な脚、顔、体つきには見惚れてしまい、身動きが取れなかったのだ。信じてください。すべて本当なことだ。」
——そう、この後だった。
彼女は銀貨八枚が入っている袋を私に投げつけ、「キモイ」って言って帰ったのだ。
すると、短い沈黙の後、彼女はまるで何か決心をしたように見え、深く息を吸ってから言う。
「ありがとう。気持ちは嬉しいわ。」
その日はこういう展開ではなかった。
そうか。俺は察した。
「先に報酬を受け取りに行くから、村で待っててくれる?このなか銀貨が少し入っているから、色々回ってきてよ。」
彼女から小さな袋を渡された。俺は見なくても分かる。
この重さは、銀貨八枚である。
「小さい村だけど…気に入ってくれたら…嬉しいわ。」
この最後の一言はほとんど泣き声に埋め尽くされてしまう。
彼女はもう我慢ができないように、俺に飛び込んだ。
「ああ、俺はリーシア村のことが好きだ。そしてお前のこともだ。」
俺も優しくリアを抱きながら言う。
「リア、愛している。」
「ありがとう…ありがとう…シュンヤ…」
「これがあの日、私が本当に言いたかったことよ…」
「ごめん…そんなこと言ってごめん…」
「私もシュンヤのことが好き、大好きよ。」
そういえば俺はある時から、感情が顔に出る事が少なくなってきたな。
重複する毎日で、ほとんどのことに何も感じなくなったからだろう。
これと言った趣味もなく、酒もたばこもしない。
人と過度に関わるのが疲れるのであまり好きではない。
涙も俺に縁のないものになった。
前回泣いたのはいくつだったかももう覚えていない。
こんな俺だが、今ははっきりと暖かい液体が目から出ているのが分かる。
俺は今どんな顔をしているのだろうか。
人間は人間で成り立つのは、感情と欲望なんだろう。
もっと美味しいものを食べたい、もっと他の人と繋がりたい、もっとこの世界を見てみたい。
このような原始的な感情と欲望により、人間は学ぶ、発展した。
そして人間はやがて人間と呼べるようになったのだ。
出社と帰宅の毎日に、俺は多分自分の中の人間を少しずつなくしたんだろう。
なんでも普通に感じてしまい、何も望まなくなった——そんな俺は、もしかしたらトラックに轢かれるとっくの前に死んでいたかもしれない。
しかしリアと出会ってからのこの数日は、私は幸せと呼べるすべての感情を取り戻せたと思う。
「リア、これからも俺と一緒にいてくれる?」
「当り前よ。もうシュンヤのことを一人にしないわ。」
俺たちはお互いを見て笑った。
こうして、リアとの旅は始まったのである。




