第16話1:沈黙の帰還、濡れた石と血の匂い
静寂が神社に残っていた。まるで決して晴れない煙のように。
俺たちは雨と煙でずぶ濡れになって戻った。戦いの最後の名残が空気に漂い、悪い前兆のように感じられた。
ヘカテは前を歩き、濡れた石の上をブーツが静かに鳴らす。俺はその後に続き、足元に体の重さがどんどん沈み込むように感じながら歩いた。地面がまるで俺を引きずり込んでいるようだった。
ヘカテがそばにいることが、わずかな慰めだった。俺は彼女から言葉を必要としていなかった。彼女は、俺が感じている重さを理解してくれていた。それがたとえ俺には分かっていなくても。俺たちの間の沈黙は、不快ではなかった。それは、長い年月を共に過ごし、壊し、そして再生してきた中で育まれた理解だった。
鳥居が、薄明かりの中で黒く立っていた。紙の御守りが風に揺れながらかすかにひらひらと舞っていた。世界と世界の間にある線。その線を越え続けるたびに、俺はただ自分が間違った側に足を踏み入れていることを深く感じていた。
ヘカテは、俺が触れる前に扉を開けた。ミオが入口に立っていた。フードをかぶり、目が半分隠れたまま、いつものようにその表情は読めなかった。何も言わず、俺の状態をどう思ったかも問わなかった。ただ、災害の後の静かな番人のように、黙って脇にどいてくれた。
フェイはタブレットから一度目を上げ、俺のコートに付いた血、袖の裂け目、爪の間に詰まった泥を一瞬だけ見た。それからまた下を向いた。
リンは隅に座り、手が震えながら道具をいじっていた。金属の音が静けさの中で鋭く響き、その指の震えからは、彼女の理性の繊細な糸が切れ始めているのが分かった。
ペトラは落ち着かずに歩き回り、蹄の音が不規則に石の床に響き、口の中で何か呟いていた。混乱を整理しようとしているのか、それとも部屋の空気を保とうとしているのか。
ツユヒメは窓のそばに静かに立っていた。その鋭い視線は、疲労の霧を切り裂くように強かった。彼女の刀は膝の上に置かれていたが、その目には冷静さなど全く感じられなかった。
そしてルリ—
ルリはどこにもいなかった。
俺は聞く必要はなかった。後ろの部屋から彼女のかすかなすすり泣きが聞こえてきた。おそらく、鎖のように感じられる毛布の下で。あの日、彼女にはもうこれ以上の痛みを味わわせないと約束した。でも、ここにまた戻ってきて、彼女の壊れた体がドアの向こうに隠れている。もう分かっていた、彼女もまた俺が抱えている痛みを感じているだろう、いや、それ以上に辛い思いをしているのだろうと。
アリスがいた。割れた扉越しに一瞬見えた、床に座って足を組んだ彼女のシルエット。古びた子守唄を口ずさみながら、小さな妖精が髪の中で眠っていた。
彼女は上を向くこともなく、柔らかなメロディのリズムを崩すこともなかった。ただ、暗闇の中でルリに付き合っていた。
ヘカテが俺の横をすり抜け、柔らかな声で、けれど鋭さを含んだ言葉を投げかけた。「片付けてきなさい。」
彼女の声は静かだったが、その重みを感じた。ただ血のことを言っているわけじゃなかった。
俺はしばらくそこに立ち、湿気が骨の中に染み込んでいくのを感じながら、まだ回り続ける世界の静かなハムを聞いていた。沈黙は息苦しかった。
そして、外に出た。
こんな自分を見られるのが嫌だった。ヘカテが俺の弱さをこんなにもよく知っていることが。まるでそれを肌で感じているかのようだった。俺は誰にも頼ってはいけなかった。それでも、今ここで、俺はこの混乱に一緒に踏み込んできた少女たちの壊れたピースにしがみついていた。俺は、彼女たちを裏切れなかった。
縁側に出ると、予想以上に冷たい風が襲ってきた。濡れた服を突き刺すように、背筋を自然に震わせた。柱に寄りかかり、タバコを震える指で持ちながら、空が自分で乾くように雨が滴るのを見つめていた。雨が冷たかったわけではない。すべての重さが冷たかった。失ったもの、ここに至るまでのあらゆる選択。俺はそれに溺れていた。そして、どれだけ雨が降っても、それは洗い流せなかった。
タバコがフィルターに達するまで燃え尽きるのを見ていた。
その背後で、紙の扉がきしむ音がした。
ヘカテが裸足で出てきた。湿った髪が首に絡みつき、彼女の角は弱い朝の光の中でかすかに輝いていた。歩く足取りには疲れが見えた、俺が感じるのと同じ疲労が肌の下に忍び寄っているように。でも、彼女の目は…ただ俺を見ているだけではなかった。探しているようだった。俺を?それとも、彼女自身を?最初、彼女は何も言わず、ただ俺の横に立っていた。俺たちの間にある沈黙の中に、世界の重みを感じながら。
俺は柱から体を引き離した。引きずられるような重さがあったが、それに抵抗した。彼女と向き合いたいのか、それとも自分がどれだけ壊れているのか見せたくないだけなのか分からなかった。ヘカテの目が俺を追った。静かに、分かっているような目で。彼女はいつもそうだった。
ついに、彼女が口を開いた。声はほとんど囁きに近かった。「あなた一人だけが、この重荷を背負っているわけじゃない。」
ヘカテの目がほんの少しだけ優しさを帯び、俺は彼女が、俺の体に現れた傷だけじゃなく、もっと深い部分まで見ているのだろうかと考えた。彼女も長い間、自分の重荷を背負ってきたはずだ。彼女の目にあった静かな理解が、俺を小さく感じさせ、そして、見られていることを実感させた。まるで、俺だけが世界の重さに押し潰されているわけではないと分かった気がした。
俺は、肋骨が震えるような息を吐いた。「時々… 本当に、そう感じるんだ。」
ヘカテは頭を少し傾け、鋭い横顔が薄い空に切り取られた。「ルリは生きてる。それはお前のおかげだ。」
俺は喉の奥で乾いた笑いを漏らした。「生きてるってのは、低すぎる基準だ。」
ヘカテは手を伸ばして、俺の肩に手を置いた。温かい。しっかりしている。現実の感触。
ヘカテはしばらく俺を見つめていた。まるで、俺がまだ向き合わせたくない何かを計っているかのように。ヘカテの目は、俺を見ているが、哀れみではなく、理解の目だった。「気にしていないフリをするな。」彼女の声は、俺の無関心の壁を切り裂く刃のようだった。「私だけじゃない。お前を見ているのは。お前はまだここにいる。彼女たちもここにいる。それは意味があることだ、カズマ。お前は誰にも騙せない。」
俺たちはしばらく、静けさの中で座っていた。最後に、ヘカテの存在が俺にとって、無視できない重さになった。俺はこれから何が待っているのかを直視する準備ができていなかったが、選択肢はなかった。前に進まなければならなかった。
アリスが裏の部屋から出てきて、皆が集まった。
俺たちは低いテーブルの周りに座った。
いや、正確には、彼女たちが座った。
俺は壁に寄りかかり、割れた皿にタバコの端を押し付け、腕を組んで、まだ完全には治りきっていない肋骨の痛みを感じながら。
ミオは足を自分の下に折りたたんで座り、フードの袖が長すぎて、目はフードの影に隠れていた。ミオとの距離がどんどん広がっていくのを感じた。俺はルリを守れなかった。ミオにどう接するべきか分からなかった。でも、彼女は言葉にこだわるタイプではない。俺は行動で彼女の許しを得なければならない。
リンは前かがみになり、手の中でくしゃくしゃになったお守りを握りしめ、戦いの余韻で体を震わせていた。
ペトラは硬直して座っていて、たまに俺の後ろにあるドア、ルリがいる場所をちらりと見るだけだった。
ツユヒメは落ち着いて膝をつき、膝の上に刀を置き、目を閉じていた。その静かな存在は、混乱の中でひときわ異質だった。
フェイは背筋を伸ばし、手を後ろで組んで、表情は無表情のままだった。あまりにも無表情で。
そしてアリス。いつも通り、自分の座り方で落ち着いた:裸足で、膝を引き寄せ、小さな妖精を襟元に寄せていた。今回は、笑顔はなかった。
アリスは席で動き、目線が遠くを見つめていた。ほんの一瞬、俺はいつもの無鉄砲で明るいアリスが見えた気がした。あの、暗闇を笑い飛ばすアリス。しかし、彼女の目の中には…何かもっと暗いものがあった。彼女は質問をしていなかった。笑っていなかった。それは、すべての混乱と恐怖の中で、これが私たちにとって現実だということを思い出させるものだった。好き嫌いに関わらず、私たちはこの中にいるんだと。
沈黙が重くなり、ヘカテがそれを破った。彼女の声は静かな空気を切り裂くようだった。「それで、」彼女は言った、その声は刃のように鋭く、「道筋がどこに繋がっているかは分かった。」
俺は息を吐き、名前が重く空気に漂った。「渡辺。」
その名前は、我々の間に落ちるように重く響いた。
「麻袋の男だ。」アリスがつぶやいた、その声は擦り切れたささやきのようだった。「ただの噂だと思ってた。」
渡辺はもう、背景の影に隠れているだけの存在じゃない。彼は水平線の向こうに迫る嵐で、俺はそのまっすぐな進行方向に歩みを進めている。彼は本物だ。そして、もし俺たちが動かなければ、俺たち全員を引き裂くだろう。
俺は首を振り、顎を固くした。「奴は俺たちが思っていたより、ずっと長い間このゲームを回していた。」
フェイは俺に視線を向け、瞳がわずかに輝くのが見えた。「遺物使いには対抗できていない。」
「最初からそうだった。」俺はつぶやき、言葉が苦く響いた。
ペトラが不安そうに喉を鳴らした。「じゃあ…どうするんだ?」
ミオは顔を上げ、その目の周りは赤く腫れていた。「私たち…彼を追い詰めるんだよね?ルリのために。」
俺は背筋を伸ばし、その決断が胸の中で固まった。「ああ。」
背後で音がした。リンが震えた息を吸い込んだ。
「カズマ。」ツユヒメが静かに言った、膝の上の刀と同じようにその声は冷静だった。「お前の計画は?」
俺はテーブルを見回し、そこにいる彼女たち全員を見た。壊れた者たち、震える者たち、それでもここにいる、どんな理由があってもここにいる者たち。
俺には計画なんてなかった。今までだってそうだ。世界は、もう俺が遊ぶ気のないゲームだった。でも、ルリはここにいる。まだここにいて、そして彼女たちもここにいる。今更、背を向けることなんてできなかった。彼女たちがすでにどれだけのものを犠牲にしてきたかを知っていたから。だから、いつものようにやるだけだった。歯を食いしばり、疑念を無視して、前に進むだけだった。
俺はため息をつき、胸に重いものが落ちるのを感じた。「計画なんてない。」
でも、口からその言葉が出た瞬間、胸の中で何かが締め付けられるような感覚があった。なじみ深い不安が戻ってきて、俺に後退しろ、狂気から逃げろと促している。しかし、今はできなかった。今、彼女たちがまだここにいるのに。次に何が来るか分からなくても、俺は彼女たちを一人でその先に向かわせるわけにはいかなかった。
彼女たちの視線が俺に集まった。
彼女たちは、まるで俺が答えを知っているかのように見ていた。でも、俺には答えなんてなかった。いや、次の数時間さえ無事に生き延びるかどうかも分からない。でも、彼女たちには他に誰もいない。俺は、彼女たちを見捨てるわけにはいかなかった。
俺は壁から体を離し、肩を回しながら筋肉の痛みを感じた。
「俺たちは、今までだって計画なんてなかった。今更、何で始めるんだ?」
「行く。奴を見つけて、終わらせる。」
フェイが眉をひそめた。「直接攻撃か?」
「直接攻撃だ。」俺はその言葉を繰り返し、言葉に決定的な響きを感じた。
それは簡単そうに聞こえるかもしれない。しかし、そうではなかった。その決断の重さが腹にずしりと感じられたが、今更引き返す道はなかった。俺は、永遠に彼女たちを守れるわけじゃないと分かっていた。だが、くそっ… 彼女たちを何も知らないままこの地獄に引き込むわけにはいかなかった。彼女たちは俺と一緒だ。そして、俺は少なくともこれを終わらせるために戦おうとしている。
リンが小さな、無力な笑い声を漏らした。それは、まるで泣きそうな声だった。モモは膝の上で手を握りしめた。カナは袖で目を拭い、静かにすすり泣いていた。
ヘカテは長く息を吐き、歯の間からゆっくりとため息をつき、微かに諦めの笑みを浮かべて頭を後ろに傾けた。「いつもお前と一緒だ。」彼女は囁いた。
アリスは指先を合わせ、妖精の羽が薄暗い光の中でかすかにひらひらと揺れた。「呪文の準備をするわ。幻覚を食い尽くすようなものを。」
ツユヒメはかすかにうなずいた。「一緒に行く。さもなければ、行かない。」
しばらく、誰も動かなかった。
その時、リンが前に身を乗り出し、くしゃくしゃになったお守りをテーブルに慎重に置いて、小さな声で言った。「私も行きたい。」
リンの手はまだ震えていた。俺は、初めて会った時から持っている彼女の恐怖を、今もその静けさの下に隠しているのを感じた。しかし、今回は違った。何かが変わっていた。冷徹な覚悟が、俺をぞっとさせた。彼女は怖がっていた。ただ…持ちこたえようとしているだけだった。
最後の言葉で、彼女の声がかすれた。それでも、彼女は言った。
他のメンバーは静かにうなずいた。これは彼女たちの選択だった。俺が守れなくても、彼女たちはすべてを賭ける覚悟を決めていた。
俺は何も言わなかった。その静けさを、灰のように肌に感じながら、外に出た。




