第9話4:霧に溶ける言葉、残された煙
山道を半分ほど下ったところで、背後から足音が柔らかく踏みしめられる音が聞こえた。
「振り返らない。」僕は言った。
「振り向かせようとも思ってないわ。」ヘカテが返した。
僕は歩みを止めなかった。彼女も止まらなかった。
霧が濃くなり、前方の道を飲み込んでいった。風は今、鋭さを増していて、肌をこすって赤くさせ、生きていることを思い出させてくれるような感じだった。
「さよならも言わなかったわね。」彼女が言った。
「彼らは俺なしでも大丈夫だ。」
「信じてないわね。」
僕は答えなかった。
左手の森で枝が折れる音がした。何かが走った。あるいは、見ていたのかもしれない。どうでもよかった。
「お前、今、崩れていってる。」彼女がつぶやいた。
「ずっと崩れてる。お前がやっと気づいただけだ。」
ヘカテの足音が遅くなった。僕は立ち止まった。自分でも不覚だと思った。
彼女は木々の方をじっと見つめていた。声が出てきたとき、それは鋭くもなく、嘲笑するでもなく…小さかった。
「前は人を問題みたいに見て、解決しなきゃいけないものだと思ってた。でも今は、人がどれだけ速く死ぬかを計算してるみたいに見える。」
「間違ってない。」
「違うわ。お前はただ疲れてる。怖がってる。まだ気にかけていることを認めるには、あまりにも頑固すぎるだけよ。」
僕は息を吐いた。水蒸気が冷たい山の空気と混ざった。
「俺が死んだら、戻さないって言ったな。」僕は言った。
彼女は苦い笑いを漏らした。「それは、まだお前が死んだ男みたいに見えなかった時の話よ。」
僕たちは沈黙の中に立ち尽くしていた。
「どうしてついてきた?」
彼女は肩をすくめた。「お前が今回は本当に逃げるのか、見たかっただけ。」
「逃げてるわけじゃない。」
「違うの?」彼女は首をかしげた。「じゃあ、これは何?情けか?彼らのため?それとも自分のため?」
僕は答えられなかった。もしかしたら、答える価値のあるものなんて、最初からなかったのかもしれない。
ヘカテは一歩近づいてきた。「お前はヒーローじゃない、カズマ。誰もそんなお前を求めちゃいない。でも、モンスターだって信じるものが必要なんだよ。」
彼女は振り返り、道を上り始めた。「お前がまだ人間かどうか決めたら、戻っておいで。」
僕は彼女が歩いていくのを見送った。霧が彼女を飲み込むまで。
再び一人。
それがいつものはずだった。
僕はタバコに火をつけた。味がしなかった。しばらくの間、何もかも、ずっとそうだった。




