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第1話1:死んだような日常と気分屋の秘書

「世界は回り続けていると言うけれど、俺の世界はとっくに止まった。」

今ではただ、落ちないようにするのが精一杯だ。


静寂が圧し寄せてくる。オフィスの時計の秒針の音だけが響き、まるで失敗のメトロノームのようだ。ビジネスは数週間前から死んだままで、今日も変わらない。部屋の向こうでは、ヘカテがソファで爪を研いでいる。


一見、彼女は普通のオフィスレディに見える。まあ、普通ではないが。シャープなスーツ。完璧な姿勢。ひと目で男を破産させられるような、美しさを持った女性だ。


だが、長く見ていると気づくだろう—わずかに漂う硫黄の匂い、爪に浮かぶ異様な光沢、そして彼女が苛立ったときに、まるで死にゆく星のように閃く瞳。それが、彼女が本当に何者かを示している。しかも、それは単なる気性の問題じゃない。


「さて。」俺は伸びをしながら呟いた。「もうすぐ閉店か。」


「ってことは、今までずっと閉店してなかったのか。」ヘカテは顔も上げずに皮肉っぽく言った。「騙されたわ。ほんと、お前ってダメ男だな。」


その口調は甘ったるく、けれどその一言で侮辱と軽蔑が同時に襲ってくる。


「私が働くなんておかしいわ。私は王族だし、使い走りじゃない。どんな悪魔がこんな奴隷仕事をするのかしら? こんな無価値な臆病者に縛られる運命だなんて。」


俺はため息をつきながら荷物をまとめ、帰る準備を始めた。彼女の言う通りだ。ビジネスは低迷していて、どうにか生き延びている状態だ。正直言うと、俺は誰かの助けがないとやっていけない。それを認めるのは、プライドが痛む。


「待っててろ!」無理に明るく声を出す。「次の大仕事がもうすぐ来るんだ。」


ヘカテはただ目を転がしながら俺を見た。俺が帰る準備をしていると察し、立ち上がってテーブルからチラシを手に取った。「受賞歴ありの写真家、清水カズマ」彼女は皮肉なほど元気よく読み始めた。「『毎日制服』発売中、写真家の依頼受付中。」


「わかったよ、わかった。」俺は手を振って彼女を制した。「マーケティングは苦手なんだ、今度は何か新しいことを試してみるよ。」


「マーケティングが苦手?」彼女は鼻で笑いながらチラシをひっくり返した。「超常現象の専門家、私立探偵……あんた、カメラを持った詐欺師みたいなもんだな。」


俺をまっすぐに見つめて言った。「あんたは一つしか得意なことがない。それがこれじゃないってわかってる? いつまで夢を追いかけてるフリをするつもり?」


俺は一切反応しなかった。反応したら、あいつには満足されるだけだ。


放っておけ。世界に笑われたっていい。俺はもっとひどい言葉を受けてきた。それに、すぐ後で血を流して死んだ奴らに言われたことだ。


それでも、気がつくと俺の拳はぎゅっと握りしめられていた。


俺は肩をすくめてドアに向かって歩き始めた。「なんとかするさ。」ヘカテはすでに一歩先を歩いていた。「このままじゃ無理だって分かってるけど、選択肢が限られてるんだよ。」


電気を消して、鍵をかけるとき、ふと振り返ると、ヘカテが俺に向かって飛びかかってきた。ハサミが目の前、ほんの数センチで止まると、火花が散りながら弾かれた。


「オフィス用品を盗むなって言っただろ。」ため息をつきながら言った。


「チッ。」ヘカテは舌打ちした。「クソ野郎。いつかスプーンでお前の魂を抉り出してやる。」彼女は歯をむき出し、吐き捨てるように言った。「その瞬間、楽しんでやるから。」


これも日常の儀式みたいなもんだ。ヘカテの首にあるチョーカーが、彼女の反抗に反応して警告のように赤く光った。「実はね、あんたの首輪外してあげてもよかったんだけど、交渉なんてできる相手じゃないんだよね。」


首輪を引っ張りながら、彼女の目が怒りで燃えるように輝いた。「交渉? 人間に土下座なんてしないわ。死者の王女が、ペットみたいに縛られてるなんて。あの連中が笑ってるのが聞こえるわ。」


彼女はその声を低く、嘲笑のように変えて、他の悪魔たちの嘲りの声を真似した。「人間なんて殺せない。」


「俺が勝ったんだ。」胸を張って言った。「お前が負けたのは、俺に上手く騙されたからだろ。」


ヘカテは俺を通り過ぎ、冷たく言った。「安っぽい手を使っただけ。」


ヘカテが本当の自分を見せるのは、怒っている時か酔っている時だけだ。それ以外は、社会に驚くほど上手く溶け込んでいる。まるで最近のモンスターたちみたいに。いや、もしかしたら、社会そのものが堕落してしまったのかもしれない。どっちが悪いのか、もうわからなくなってきた。


少しだけ罪悪感を感じる。偶然、俺たちの道は任務中に交差した。あるカルトが悪魔を召喚しようとしていた。問題は、鶏血を使って召喚しようとしても、ろくな奴は呼べないってことだ。呼ばれたのは、ギュリンカンビというノルウェーの雄鶏で、普段はヴァルハラにいる。こいつの名声と言えば、災厄の始まりを告げるただの目覚まし時計だ。高レベルの存在じゃない。便利だが、恐らく彼らが望んでいたものではないだろう。案の定、その雄鶏の鳴き声でヘカテが目を覚ました。


俺が到着した時には、カルトの連中はすでに全滅していた。


誰が先に手を出したのか、覚えていない。ただ一つ、はっきりと覚えているのは、俺が惨敗したということだ。


「敵が正々堂々戦うと思うな、素人の一番の間違いだ。」俺は胸を張って言った。「それとも、わざと負けてやったのか?」


ヘカテはその言葉に反応しなかった。


あの日以来、俺の人生は静かな瞬間がなくなった。死の前で安易な手を使う代償というものだろう。急いで彼女の後を追い、階段を降りながら並んで歩き出した。「家で会おう。」


煙のように、ヘカテは姿を消した。


死なず、問題に巻き込まれ続ける男の日常。これが、俺の人生だ。

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