第8話 初めての敗北
蓮が目覚めると、そこは病室だった。
「起きたか、蓮。」
頭に包帯を巻いたまっさんが椅子に腰掛けた。
「みんなは?」
「ノアとシューヤが重傷だ。他の奴らは防犯カメラから奴らを追ってる。なぁ蓮、何があった?あの能面たちは何もんだ?」
「"元忍び"と名乗ってました。数は10人、全員が相当な強さです。特に翁の能面は、俺よりも圧倒的に強い。」
あの時を思い出し、蓮は悔しさと怒りで拳を握りしめた。
「元忍びか...それなら調べようがないな。忍びはデータベースに情報が残らない。」
「一瞬見ただけなんで確証は無いんですけど、棍棒を持っていた『般若の能面』をつけていたやつ、多分あの清掃員かもしれません。」
「あいつか〜。厄介だな...」
「総理大臣は3日後モールに来るんですか?」
「行かせられるわけないだろ。今上は緊急会議中だ。」
「にしてもあいつら要求がでかいですね。何が狙いだろう?」
突然カーテンが開き、赤坂が入ってきた。
「2人が目を覚ましました。」
「そうか、よし!こっちも会議するぞー!」
まっさんは勢いよく出ていった。
赤坂が椅子に座り、沈黙が流れる。
「蓮、大丈夫か?」
「珍しいね、お前が俺の心配とか。」
「大丈夫そうだな、行くぞ。」
蓮は赤坂と1番仲が良かった。真面目な赤坂と不真面目な蓮、なぜか合った。
2人は病室を出て、シューヤの病室へ向かった。病室にはすでに蓮と赤坂以外全員集まっていた。
「お!蓮起きたんだ〜!」
シズクが手を振った。全員暗い、シズクもおそらく空元気だろう。
重い空気の中、最初に話し始めたのはカナノだった。
「まさか蓮が負けるとはね...」
1人が切り出したことで話しやすい雰囲気ができた。蓮は自分のせいで暗くなった雰囲気を、少し明るくさせようと思った。
「まじ面目ねぇっす。てかノアちゃんその怪我大丈夫?」
「うん...」
ノアに話を振ったのは間違いだった...
「やつらは自分たちを『能面』と名乗っているようだ。」
まっさんは総理宛に送られたものを見ながら、全員に共有した。
「そのまんまだな...」
蓮はもう少し捻りのあるかっこいい名前があると思っていたが、当てが外れた。
「まず状況を整理しようか。10人の元忍びで構成された能面に、シューヤが働いていたカフェの店長、そして攫われた少女の母親が働く婦人服の店長。これに平岡組が今回の敵だね。能面は1人の強さが蓮までとはいかなくても、シズクレベルだと考えると数も相まって正直太刀打ちできないかもね。」
カナノが冷静に状況を分析したことで、今どれだけ絶望的なのか理解できた。
「てかさ〜、能面の目的ってなんなの?」
シズクはどこから取りだしたのか棒付きキャンディを咥えながら言った。
「復讐かな...」
ボソッつぶやくまっさんを蓮は見逃さなかった。
「とりあえず、俺たちに依頼された仕事だ。明日トレド坊ちゃんと少女の救出を最優先に行くぞ!」
まっさんは気合を入れるように立ち上がり、病室を出て行った。
蓮はある場所に行っていた。古びたアパートで、ドアも力でこじ開けられそうだ。2階に上がる階段へ行くと、今にも崩れそうで錆び付いていた。
蓮は1番奥まで進み、インターホンを押した。これ鳴ってるのか?
ドアをノックすると、声が聞こえた。ドアが開き、ユキちゃんの母親が出てきた。今の今まで泣いていたのだろう、潤った目に周りが赤くなっている。
「こんばんは。ユキちゃんとマイちゃんの友達でして...」
蓮は思いつきで来たため、何を言うか何も考えていなかった。
「蓮お兄ちゃーん!」
勢いよく走ってきたマイちゃんが減速せず足にしがみついてきた。
「マイ!」
母親が離そうとするが、マイちゃんはしがみついたまま離れようとしなかった。
蓮はマイちゃんを抱きかかえて背中をさすった。
「お姉ちゃん助けて...」
「うん、約束ね。」
「え?ユキのこと何か知っているんですか!?教えてください!」
話せない。自分が忍びであることはもちろん、明日モールに誘拐犯達が来ることは絶対言ってはいけない。この母親なら、言ってしまうと明日モールに来るだろう。蓮は言葉を選びながら母親を落ち着かせようとした。
「僕も全力でユキちゃんを探しています。あの子は頭がいいから絶対に無事です。必ず見つけましょう。」
「そうね...ユキは頭がいい。」
マイちゃんが離れなかったため、家の中へ案内された。
泣き疲れたのかマイちゃんは蓮に抱っこされた状態で眠ってしまった。寝室に連れていき、そっと寝かせた。
「ご迷惑おかけしてすいません。」
「いえ、全然迷惑じゃないで気にしないでください。」
ユキちゃんとマイちゃんは、整った顔立ちで大人になると綺麗な女性になると確信させる。その2人の母親だ、とても美人な女性だった。
「私、17の時ユキを産んだんです。これまで1人であの子たちを育ててきて、なんでこうなるの?あんなに優しいユキとマイが...」
「...最近、ユキちゃんとマイちゃんご飯作ってくれてるでしょ?いい子たちですよね。」
「そっか...君がユキとマイが言ってたお兄ちゃんか。」
蓮は微笑んだ母親を見て、包容力がとてもある優しい母親だと思った。
突然、ドアが乱暴に音を鳴らす。母親は恐怖に満ちた表情で小刻みに震えている。
「すいません、そこのベランダから出てもらえませんか?怪我だけはしないで...」
「了解っす!」
あっさりと自信たっぷりの笑顔で言う蓮に、母親は少し笑ってしまった。
「無茶ぶりしてごめんなさい。」
蓮は手を見た。震えが止まっている。ベランダから屋根に上がり、誰が来たのか確認しようとした。あの震えは尋常ではない、このままほっとくわけには行かなかった。
「おいサナ!おせーよ!」
サナとは母親のことだろう。
「ごめん、バタバタしてて...マイが寝てるから静かにして。何しに来たの?」
「明日でかい仕事があってな?それ前に1発やっときたくて来たんだよ。ガキ寝てるならちょうどいい。」
なるほど、婦人服の店長だ。
「気持ち悪い、そういうのやめてって言ったよね?」
「2人も3人も変わんねーだろ?中入れよ。」
嫌がるサナさんを見て、蓮は屋根から降りた。
「気持ち悪いってよ、おっさん。」
血管が浮き出るほどキレている。
「お前誰だ?」
胸ぐらを掴んできた。腕を捻り、痛みで膝をついたところで顎に膝を入れた。
「キャッ!」
「こいつ平岡組ですよね。殺人未遂で逮捕しましょう。」
「え?殺人未遂?」
「こいつのせいで耳欠けたってことにします。」
蓮はロープで男の足を縛り、帰りに持って帰るために2階から吊るして逃げられないようにした。
また中に入り、サナさんの話を聞く。
「あいつは2人の父親です。まぁ親らしいことしたことないんですけど...最初はとても優しくて、いい人だったんです。私は高校生であの人は社会人、大人の余裕に惹かれたのかもしれません。ユキを身ごもってからヤクザってことを知って、辞めてもらおうとしたんです。そしたら別人かのように怒って別れました。」
ヤクザは面子と損得勘定で動いている。おそらくサナさんも飽きたら平岡組の経営する店で働かせるつもりだっただろう。
「それから5年位かな?それくらい経って急に家に来たんです。更生した、やり直して欲しい、サナだけしかいない、とか色々言われて私も許してしまいました。ユキにも父親が必要だと思ってたから...」
後悔しているのだろう。涙が溜まっている。
「それからマイを出産したら、組に戻れることになったって出ていったの。それから掛け持ちしていた時にあのモールで働けって言われて。」
唯一まともに付き合った相手なんだろう。捨てるつもりが捨てられたくない、帰る場所はあるというマインドにしていたんだ。
しばらく沈黙が続き、蓮は1枚の紙を取り出した。
「これは内密でお願いしたいんですけど、俺国関係の仕事してます。そこで1つ仕事を紹介出来ることになったんですけど、2人との時間も増えて給料も良くなります。考えてみてください。」
サナさんは受け取ると、溜まっていた涙が溢れてきた。
「ありがとう、でもユキが...」
娘が居なくなり、情緒が不安定だ。男に恐怖して、男をボコした男から仕事の紹介だ。頭が混乱するのも無理は無い。
「大丈夫、ユキちゃんは絶対連れて帰ります。」
「お願いします...」
家を出た蓮は今までに無いくらい、怒りとやる気で満ちていた。
電柱を登り、明かりの消えたモールを睨みながら拳を強く握りしめる。