新たな決意(メリル視点)
風変わりな剣術指南役・フォルドの稽古から1週間が経とうとしている。
メリルは娘・ネリィの成長ぶりに目を細めつつ、かつての自分と重ね合わせていた。
ネリィはガルド譲りの陽気さでフォルドともすっかり打ち解け、棒術にも自信をつけていた。
── それに比べて私は、まだあのときの後悔を引きずっている──
メリルはひそかに胸の奥でつぶやいた。
かつて同じ勇者パーティにいたセラを救えなかった無念を・・
ネリィが声をかけてきた。
「ねえママ、また考え事?」
「いやそうじゃないけどね・・・・」
日が傾き、窓から一筋の夕日が差し込む。
そろそろお客も落ち着いてきた頃合い、店のドアが大きくガランと開けられた。
そこにはこの前のフォルドの姿があった。
にこやかに迎える。
もちろんオウムのポリーニョも一緒だ。
「あらフォルドさん、この前は娘がお世話になりました」
「あれぐらいどうってことないよ。実は今日話があってね」
「あら、そうなの。ところで今日は何になさる?」
「そしたら、フォルド仕様カフェオレで!」
(鳥:ふぉるどしようかふぇおれで!)
「フフッ 面白い鳥さんね、ネリィ!代わりに淹れてくれる?」
ネリィも嬉しそうに頷き、カウンターへ戻っていった。
メリルがフォルドをテーブルに案内すると、フォルドは少し躊躇したあと口を開く。
「実はな、その・・・・セラの婚約者だった人を見つけたんだ・・」
フォルドの思いがけない話を聞き、椅子に座る前に硬直してしまった。
「え!本当に!セラはあまりそのこと話たがらなかったから」
「うん。どうやら婚約者は重い病気にかかっていて、セラも俺たちには黙っていたらしい。だが、奇跡的に病が癒えたらしくて、手紙で知らせてきたんだ」
「そう……で、彼はセラが亡くなったことも、まだ知らないのかしら?」
「・・・・・・・・」
フォルドはしばらく俯いたまま沈黙したあと、静かに顔を上げた。
「手紙の文面からは、そのことには触れていなかったようだ」
大きく息を吐いて頷くとフォルドは続けた。
「だから――その人に、君が会ってほしいんだ。
メリル、彼女が一番信頼していたのは君だ!」
徐々にフォルドの目的が分かっていたので驚きはそこまでではなかった。
「彼がどこにいるか教えてください。すぐに向かいます」
フォルドは深い安堵の息をつき、店をあとにする。
私はその背中を見送りながら、静かに口を動かした。
(婚約者が重病だったなんて……セラはどうして、私に言わなかったのだろう? でも、すべてはこれでわかるはず……)
その後ガルドに事情を話した。
最初は知らない男性と会うことに嫌悪感を示していたが、徐々に理解してくれた。
翌日身支度をすませ、家を出た。
日差しはあるのに何故か肌寒い。
フォルドの言葉を思い出しながら、メリルは地図を手にして街道を歩く。
「アルディス……あなたは、セラが最後に心を寄せた人」
小声でつぶやきながら、山道を進むと、やがて霧に包まれた「風霧の谷」の入口が見えてきた。
── そこが、アルディスが暮らす街、グレイズェン。
魔力の流れが安定しており、魔力障害や病に苦しむ者の療養地として知られている。
石畳の坂道を進むにつれ、視界は淡い霧に包まれていく。
ふと顔を上げると、霧の向こうに鈍色の街並みが浮かんでいた。
ようやく見つけた二階建ての小さな家の前で、
深く息を吸い、戸を叩いた。
「トントン……」
落ち着きがありつつも、確かな知性が宿った男性が迎えてくれた。
「どなたでしょうか?」
「メリルと申します。元勇者パーティでセラと共に冒険をしていました」
男性は目を見開き、驚きを隠せない様子だった。
「あ、あそうですか!失礼しました。是非上がってください」
男性は咳払いすると2階のお客専用と思われる部屋へ通してくれた。
「申し遅れました、アルディスです。今日は遠いところから
お越しいただきありがとうございます」
私はどこから話そうか決めていたにも関わらず
急に頭が真っ白になってしまった。
「こちらこそ突然訪問してしまい申し訳ありません。あの~」
アルディスは次の言葉を予想したのか
「いえいえ、こちらから手紙をだしたので返事を待っていたのですよ。
直接セラにも手紙を出していたんだがなかなか来なくてね・・・」
いよいよ訃報の知らせをしなければならない。
俯き加減に言葉を振り絞ろうとした時だった。
「メリルさん、薄々気づいていたけどセラはもうこの世界にはいないんだよね」
驚くほどよく通る声だったためか
気づいたときには目元をハンカチで抑えていた。
「えっと、、私あの、えっと同じ勇者パー・・ティだったんですけど、最後私が
助け・・てあげられなかったんです・・・」
胸の奥で嗚咽がこみ上げ、声を詰まらせた。
アルディスは表情を変えてないものの、目の奥はどこか寂し気だった。
「メリルさん、大丈夫ですか?確かに知らせを受け取りました。
決してあなたのせいではないですよ」
「でも・・・解毒薬さえ間に合っていれば・・・」
「メリルさん、ダメですよ、自分を責めては。彼女も天国で悲しんでいますよ」
暫く沈黙が続いた後、意を決して私はバックからペンダントを取り出した。
「実は今日このペンダントをお持ちしました。最期に彼女からいただきました。
今まで持っていましたが、私が持つべきではないです」
机にペンダントを置きアルディスの方にゆっくり移動させた。
アルディスは暫く思案した後
「メリルさんは家族がいらっしゃるのかな?」
「はい、夫と年頃の娘がおります」
「そしたらこのペンダントはお守り代わりにどうか持っておいて頂けないかな?」
穏やかな口調だったが1mmの迷いも感じられなかった。
「え、私が? そんなことはできません!」
「実のところあなたの気持ちだけで十分満足です、これはあなたが持つべきだ。
きっとこの先を照らす明かりとなってくれるだろう。
私はもうこのように隠居の身だ、病気は回復したが以前のように働くこともできない」
私はまだ若くしてそのような決断を下すアルディスが不憫でならなかった。
「アルディスさん、承知しました。せめて最後にお祈りさせてください。
どうか神のご加護があらんことを」
アルディスにはいつでも喫茶店に遊びにきてほしいと伝え
別れ際彼の顔が見えなくなるまで視線を送った。
道中バッグからペンダントを取り、握りしめる。
確かな感触、手の中から伝わる確かな温もり。
--母としてもう迷わないし、挫けない--