9. 穏やかな日々、育まれる好奇心。
爽やかな朝。
とある思いつきから、文乃はホームセンターへと足を運ぶこととなる。
この何気ない行動が、文乃の今後の人生の基幹となるとは、この時には思いもしないのでした。
朝、窓を開けると今日も晴天。
小鳥は囀り、木々は青く萌え、穏やかな季節の優しい空気が流れ込む。
退職より数日。
一連の手続きは終わり、もうほぼ会社には行く必要がない。
嬉しいけど、少しだけ手持ち無沙汰感?
仕事のことなどを考える事もなく、こうもフリーなお休みが続いていくと、どうにも気も抜けてくる。
何かして動き続けている時は良いのだが、
ソファに座ったら根っこが生えたみたいに動けなくなる。
今はぼんやりと動画を自動再生しているが、
観るでもなく、何となくに見流す。
そんな中、ある時にふと目に入ってきたのは、ニンニク栽培の動画だった。
文乃は極めて小規模ではあるが、庭でニンニクを栽培している。
動画を観ていると、ふと実家について思い出す。
実家では畑や山林を所有しており、母親ひとりでは管理しきれず、放置されている所も多々あるという。
文乃「ふむー。実家に帰ったら趣味もかねて、畑いじりや山いじりするのも楽しいかも。童心に帰って、秘密基地とかも作ってみよっかな〜、なんてw」
文乃「ふ〜む。....ヨシッ!」
文乃は何かに背中を押されたように、ソファからおしりを切り離し、畑のニンニク達へと向かう。
このニンニク達、もともとは焼肉をした際に友人が持って来てくれたものだった。
たしか3粒のにんにくから始まった栽培であった。
これまで消費やトラブルもあったため、4年ほどかかってようやく6株(およそ20〜30粒程)に増えていた。
育てているうちに愛着が湧いてゆき、文乃にとってある意味、我が子のような存在となっている。
文乃「あんた達も何気に増えたねー。今や6株!向こうには使って無い畑もあるし、この際だからもっと増えちゃう?」
ニンニクに話しかけながら、文乃は来る実家暮らしを想像する....。
....。
お昼過ぎ、文乃はホームセンターにいた。
文乃「何となく来ちゃった...、畑いじりするなら道具の事も知っとかなきゃだよね。」
まずは農具の陳列棚へと向かう。
なるほど、なんか色々ある。
文乃「農業ってスコップや鍬だけじゃないの?てか、なんか違う形の鍬がいっぱいある、何が違うの?」
文乃「こっちは、鎌。鎌もなんじゃこりゃ?なんでこんなにいっぱい種類があるの?これも鎌なの?なんか鉈みたい..。」
文乃「これはハサミか...、こんなに形状違い並べてある。こんなに必要なの?」
特に意識的に見ることもなかった道具を興味を持って見てみると、思った以上に色んなものがあることに気づく。
現状は何がなんなのかさっぱりではあるが...。
文乃「うーむ、分からん。なんかいっぱいあると言うこと以外は特に分からぬな。」
とりあえずその場を去り、種があるエリアを見てみる。
文乃「こりゃまたたくさんあるわね。上等じゃないの...。」
文乃「季節?早生?植え付け時期、ポット?種って畑に撒くだけじゃないの?なんで、同じものなのに、こんなに種類があるの?やばい。情報が飽和状態だわ....。」
文乃「ん?肥料?そうか、植物には肥料よね。液肥くらいならわかるけど...」
肥料売り場に来る。
視界いっぱい一面に、...、なんかある。
文乃「あはっ。ですよねー。やっぱりたくさんの種類があるんですねー。」
一通り見て回るが、やはり用途がわからない。違いもわからない。
文乃「油粕?油とったカス?土汚れないのかな?あ、HB101!これは知ってる♪..名前だけ....。」
文乃「石灰....有機?苦土?牛フン....鶏フン....、バーク?、養分比?、8-8-8?14?培土?....。ふふっ、頭痛くなってきた....。」
文乃は、挿すだけ液肥(100円)と、なんかペレットの肥料(600円)を握りレジで精算して、店を出る...。
文乃「ふんっ、今日はこのくらいで勘弁しておいてあげるわ、覚えてなさい!」
文乃は捨て台詞っぽい言葉を言いながらホームセンターを後にした。心に芽生えた好奇心と、情報爆弾を受け損傷した頭を抱えながら帰路へと着く。
...こうして、理解度はどうであれ、
文乃は農家の卵としての第一歩を踏み出した...ような感じだった。
....
そして帰宅。
文乃「あー。やっぱり専門外だと知らん物だらけよねー。ネットで少し勉強しとこ。」
文乃「そうだ、引越しの準備もぼちぼちやっていかなきゃだよね...。寿喜に荷物置きスペース用意できるか聞いとかなきゃだね。」
文乃には弟がいる。
その弟、寿喜の顔を思い浮かべながら、来る引越しの日を思う。
広島を離れる時は、着実に近づいて来ていた。
用途が理解できない道具の面々。
聞き慣れない単語の数々、想像していたよりも深い世界に、文乃は受け止めきれずに敗走する。
しかし、道具を見学したことでさらなる好奇心が芽生えていく。
文乃の心の中に目覚めた何かは、着実に育っていく。




