2. 会社という固定視点
新しい朝が来た、希望の朝だー。
もちろんそんなことはなく、文乃ににとっては絶望に等しい朝だ。
そんな中でも、習慣と、使命感と、生活のために、文乃は今日も惰性的に立ち上がる...。
...外が明るい。
そうか、もう朝なのね。
朝はいつもやって来る、代わり映えのない朝。
何の期待も楽しみも湧き起こらない、とくに望んでもいない朝。
いつも通り定時に起きて、事務的に準備をし、会社に向かう。
会社では機械のように、やるべきことを、ただの仕事だ、義務だと割り切って、片付けていく。
もう無茶な指示にも、調子ばかり良い同僚の押し付けや逃げなんかも気にならない。
...いや、気にし過ぎたせいで焼き切れてしまったというところか...。
「仕方ないもんね、これが社会なんだ。」
「要領が悪いからきっとこうなるのよね。」
「悪いのは私、もっと使命感持たなきゃ」
.....もう何度同じことを呟いたものか...。
文乃「...こういう所なんだろうな〜、私のダメさって。」
後ろ向きな自分に悪態をつきつつも、手早く支度を済ませ、会社への往路に着く。
〜会社〜
「おはようございます。」
「おはようございます。」
「では、今日の作業内容ですが〜.....」
今日も今日とて、始まった。
相も変わらず、ワンマン社長の一人舞台。
前日の打ち合わせの意味がない、その時気分の御高説。
それに追従イエスマン。
忠誠心こそ会社の命!
されどその実、
権威の弱い誰かを盾にして、巻き込んで、生贄にして、ターゲットをそらしてしまえば遠巻きに眺め、我関せず、それどころかともすれば、石さえ投げてくる、心優しく要領の良い同胞達...。
ヘドってやつが、「ごきげんよう」してきますわ。
文乃「...またかよ、昨日の打ち合わせと違うじゃん...、もう自己管理マニュアル作って自分を正せよ...。」
こちらももう何度呟いたことか...。
まぁ、マニュアルなんて作ったところで、毎日気分で更新、手順マニュアルver.1.9650とかになりそうw
そして、
朝から蟻の巣を突いたように半ばパニック気味に、それぞれの職場に散っていく。
今日も冴えない1日の始まりだ。
〜終業時間PM5:00〜
うん、終わらない...
もはや当たり前の、所謂(サービス残業)
日によっては(サービス早出)もある。
社長曰く
「会社員である以上、会社の利益を最優先に守っていく義務があるのだっ!」
「書類整理や事前準備は、社会人として当たり前のことだ!そんなものは残業として認められない!」
「お客の連絡を待つのは仕事ではない!お客様あっての商売なのだ、会社の一員として、喜んでお待ちするべきだ!そもそも、ただ座って待っている者に給金を渡していたら、他の社員に不公平ではないか!」
....?
メインの連絡待ち、時間待ちの間、時間が無駄にならないように、一生懸命に書類整理や翌日の仕事をやってるんですけどね...、それ自体がもう仕事じゃないそうですね。
ここまでサービス残業を正当化されると、もう清々しいくらいですね。
「残業をするものは、能力が足りていないからだ!だから私は自分の判断で、社員のために!あえて残業代は払わない!これは君達の能力を高め、雇用を守るためだ!」
...とんでもなことを平気で綺麗事にしてしまったよ...。
要は社長が直接指示した仕事のみ、残業に値するらしい。
これ以外の事務処理、残務処理、事前準備等々の作業は、社員が勝手に作り出した余剰に相当するとのことで、仕事に当たらないそうだ。ちゃんと仕事していれば、仕事など時間内に終わって当然なのだと言う...、ほう。
ただでさえ人を回してもらえない上に、部下の尻拭いまでして、さらにこんな処理をやっていたら、帰宅時間は当たり前の様に21時を回っている。
時には日を跨ぐ事もあった。
そうは言っても片付けておかなければ、明日以降に確実に深刻な影響が出てくる。
だから、やるしかない。
もちろん、この作業は、社長には仕事とは認められていない作業にあたる、即ちサービス残業となる。
.....そして、今宵も安定の20時以降の帰宅...。
時間にして、三時間のタダ働き。
身を粉にして誠心誠意、会社に尽くす。
ええ、美しい精神ですこと。
昭和なバブル期なら、身を削って働けばそれに対する見返りもまるまると還ってくる様な時代だったようだが、時は令和の世だ。
そんな熱血ときめきシステムは存在しない。
何より働き方改革などという穴だらけのシステムまで蔓延している現在、それを逆にええように解釈して、振りかざすやつもいるという現実だ。
要領の良い人間は、体よく人に任せてさっさと帰ってしまっている。(所謂無責任だねー。)
それが出来ない私は、いつも通りのサビ残コースから逃れられない。
「...無様だな...私。」
帰り道、憤りを覚えつつも何も変えることのできない自分に、ぽつりと出てくる言葉だった。
〜帰宅〜
9時前帰宅。
何のことはない、なんならいつもよりも早いくらいの帰宅時間だ。
家に留守番している猫達が、総出でお出迎えして大合唱してくる、騒がしいが今の私にはそれが心地良い。
何をする気にもなれないので、コンビニでお弁当とレモンサワーを購入している、それが晩御飯となる。
この時間となると、家での行動は限られてくる。
お風呂入って、ご飯食べて、寝るだけ。
今日一日を振り返るような余裕もない。てか、思い出したくもない。
ひとしきり、帰宅後のルーティンをこなしてやっと一息。
「最近のレモンサワーは美味しいわねー。」
ほかに特に思いつく言葉もないまま呟き、
サワーを飲みながらウトウトしてきたら、もう今日も終わりだ。
洗面所でひとしきり作業を済ませ、今日が終わる。
ひとときの安らぎ、疲れた脳と体にまどろみが降り、せめてもの休息をベッドがくれる...。
そして、また望まない朝が来る....。
...
...
...。
猫達に起こされ、目が覚める
「う.....、もう朝...?....仕事....、行かなきゃね...」
長い社会人生活。
忙しさの中で、記憶から溢れ落ちて、消えてゆく楽しみ、喜び、熱意や情熱。
今の文乃は、燃え尽き、燻ったような状態となっていた。
ただ、そんな中にあっても責任感や前へと進もうとする意志はまだ、失ってはいない。
燻った薪は木炭へと変わるように、文乃もまた、自分では気付かぬうちに再燃する時を待ち侘びているのかもしれない。