13. 地域の わ の中で過ごした日々。
此処を離れる時は、着実に近付いてくる。
実感としても感じ始めていた。
立つ鳥跡を濁さず。
文乃はお世話になった集落のみんなにお礼の挨拶へと赴く。
数年前の初秋、
最上吉日と言われる一粒万倍日の天赦日、
私はこの集落に引越して来た。
移り住む前は初めての土地、地域に不安を感じていた。
しかし引越しの挨拶回りをした際、どの方も穏やかで明るく、とても感じの良い人達であったことに拍子抜けした事を覚えている。
その初見の印象通り、みなさん朗らかで、本当に良くしていただいた。これも験を担いで最上吉日を選んだおかげかな?
地方都市に所属する山の上、繁華街からは自動車で30分程度の距離。他の集落からもう一つ小さな山を越えた先に広がる、田舎の隠れ里風なエリア。
会社までは自動車を使えば10分程度で到着することが出来、家の前の道はメイン幹線から離れており交通量もほぼない為、猫ものんびりと自由に歩き回れる。
猫好きの猫飼いな私にとっては、願っても無い好立地。
家は平屋の一軒家、テラス屋根の使い勝手が良く、建屋倉庫
もありバイクや物を収納するのに大変便利だ。
家の前にはごく小さいが畑もあり、簡単な家庭菜園もできる。
此処に住み始めてから、前に住んでいた場所とは違い地域の人達とはとても良好な関係を築くことが出来た。この先永い時が経ったとしても、思い出が胸の中から消え去ることはきっとないだろう。
それくらいに私のことを地域の一員として、暖かく見てくれていた。実感としてそう思える。
こうして振り返ってみると、結構いろんな事に参加して来たんだなぁって思う。
年二回の草刈り&ゴミ拾い、神社の神事、地区の集会、夏のお祭り、秋の収穫祭、新年のとんど。
..ときには大家さんが自宅に呼んでくれることもあり、地域のおじいさん達と(大家さんもおじいさん)お酒を飲みながら談笑することもあったなぁ。
まぁ面倒だなぁって思うこともあったけど、参加してみれば楽しかったし、振り返ってみれば心の中に確かな思い出として残っていってたんだね。
今にして思い返してみると、あんなに地味な思い出なのになんて眩しく輝いて見えるんだろう...。
人間にとって大切なものって、「それ」を手放すときになって初めて、価値を感じれるのかもしれないね。
...
...
...とある日。
文乃はバイクにカゴをくくりつけ、ギフトショップで発注した台所用洗剤のミニギフトを積み込む。
文乃「よし、行くか。」
エンジンをかけ、ご近所回りに出発した。
今日は天赦日ではないけど一粒万倍日、引越しの挨拶回りに関係するのかはよくわからないが、感謝を伝えるって観点で言うなら縁起としては良さそうだ。
...そうして私は集落の家々を周り、引越しすることを伝え、挨拶して回った。
文乃「.....なんかお菓子いっぱいもらっちゃった...♪集落のみんなから見たら、私なんかまだまだお子ちゃまなんだなぁ..ははw」
なんだか気恥ずかしくむずむずとするが、文乃は集落の人達の気遣いに感謝し、自分を地域の一員として認めてくれていたことに感慨深い感情が溢れてくる。
このエリアは所謂限界集落というものに属する場所だ。
ほとんどの方が70才以上のお年寄りばかりで、若い世代は2世帯があるくらいだ。
子供も片手で足りるほどの人数しかいない。
なにせ、65才になる人でさえ若手と言われている。
...確かに、此処の輪の中で見ていると言われる通りに本当に若者に見えてきてしまう。
そんな感じだからなのだろう、皆が私を孫でも見るように御世話してくれた、本当にありがたいことだ。
熊本に帰り、次に顔を出す機会が出来たときにはみんなと元気な姿で会えるんだろうか?
今が今であり続けることなどなく、誰にでも必ず「その時」というものは来る。
だからこそ熊本に帰り落ち着いたら、できるだけ早くお土産を持ってまた遊びに来たい。
みんなが変わらないうちに、落ち着いた気持ちで、新しい世界で暮らしを始めた私で、もう一度会いに来たい。
優しく送り出してくれたみんなを思い浮かべ、文乃は思いを強める。
文乃「ふふっ♪でも...、なんだか悪い気はしないなぁ。なんか、おじいちゃんおばあちゃんがたくさんいるみたい♪」
家のテラスにアウトドア用の椅子を出して座り、移り住んでからの記憶に思いを巡らせる。
ここに来ておよそ五年の歳月、振り返ってみればあっという間に過ぎ去ってしまったように感じる。
そんな僅かな期間だが、ここでしか得られなかった思い出も、記憶を辿っていけば色んなものが思い出されてくる。
文乃「一つ記憶を思い出せたら、なーんか芋づる的に他の記憶も思い出して来ちゃうね...。そんな余裕がある今...良いねぇ、なんか楽しい...♪」
挨拶から戻った文乃は、記憶を辿り、眠っていた、忘れていた記憶を一つ一つ掘り起こしながら、一人思い出に浸る。
住み慣れた土地の空気を肌で感じ、
見慣れた庭の景色にさえ感動し、
広くはないけど心地の良い田舎の空を目に焼き付け、
もらったお菓子を、淹れた紅茶と共に頂きながら。
噛み締めるように「我が家」での、残り少ない時間を、文乃は楽しんだ..。
当たり前に暮らし過ごして来たこの場所。
それは単なる当たり前のように見えるが、人生においてもとても特別だった事に気づく。
確かな別れが近づいてくる中、この場所がくれた幸せを噛み締めつつ、文乃は思い出へと浸る..。




