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まやかし幻士郎  作者: 佐藤遼空
第二話 水行氏、水杜香澄
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火蓮真機流

「香澄ちゃんを、元に戻せ!」

 幻士郎は方眼から紅い閃光を放ちながら、牙羅蛇を攻撃した。しかし牙羅蛇は下半身を蛇のようにくねらせて、幻士郎の攻撃を躱す。牙羅蛇が左手の蛇から、泥を吐き出した。

「くっ」

 二発まで、懐刀で斬り飛ばす。しかし三発目は膝に、四発目は肩に被弾した。そこから石化が始まった。

「しまった!」

 幻士郎は全身に方力を発散させる。内部からの方力の力で、膝と肩の石化泥は焼失した。幻士郎はその時、理解した。

(香澄ちゃんは、この石化を止められないくらい消耗していたんだ)


 そう幻士郎が思った瞬間、右斜め後ろに牙羅蛇の気配がした。

「――ぐっ」

 右脇腹に重い衝撃を受ける。幻士郎の身体が吹っ飛ばされた。

 幻士郎は飛ばされた先で、床を転がる。床に這いつくばった状態で、幻士郎は牙羅蛇を見た。

 牙羅蛇が薄笑いを浮かべて幻士郎を見ている。

「俺の身体は硬度を変えられる。今のは効いただろ?」

 見ると、蛇とは逆の右腕が、石のように硬化していた。立ちあがりがら幻士郎は牙羅蛇を睨んだ。

「……唆魔妖(さまよう)と名乗ったな? それは何だ?」

 幻士郎の問いに、牙羅蛇は意外そうに目を丸くした。


「何だお前、そんな事も知らないのか? フン、最近、魔明士になった新人か。残念だったな。これから自分が唆魔を倒して人を救うんだ、とか思ってたんだろう? けどな、お前は此処までだよ」

 幻士郎は、黙って牙羅蛇を睨んだ。牙羅蛇は面白そうに、言葉を続けた。

「まあ、教えてやるとだな。唆魔多怪は唆魔が人間に憑りついた状態だ。だがやがて悪意を満足なほどに実行に移すと、魔がヒトを喰い尽くす。それが俺たち、唆魔妖だ。つまりな、俺たちは人間をやめ、人間以上の存在になったのさ!」

「どうして唆魔多怪を助けようとする?」

「それはな――こういう訳さ!」

 幻士郎が問うた後、牙羅蛇は急に下半身をくねらせ、唆魔多怪と化している杉田朱美の傍まで近づいていた。いきなり牙羅蛇は朱美の腰を抱いたかと思うと、その唇にくちづけた。


「ムッ――ンンーッ」

 地蜂の姿が朱美の姿に戻る。牙羅蛇はキスなどという甘い状態ではなく、朱美の顔面を咥えこみ、その生気を吸い出そうとしていた。

 呻き声をあげながら、朱美が力なくうなだれていく。その腕の中で力を失った朱美を、牙羅蛇は放り捨てた。

「フフ……まあまあ美味い悪意――(じゃ)(せい)だったな」

 幻士郎は驚きに眼を見張った。その様子に、牙羅蛇は口を腕で拭きながら笑ってみせた。

「俺たちは人間としての肉体は捨て、半霊体の状態で生きている。まあ、妖怪みたいなものだ。俺たちの食い物はヒトの悪意――それが邪精となる。唆魔多怪と化した者は、普通の人間より多くの悪意を貯めこんで膨張させている。それは上質な邪精となるんだ。つまりな、俺たちが喰う前に、お前ら討魔衆に唆魔多怪を退治されちゃあ、俺たちの御馳走がなくなるわけだよ」


 幻士郎は忌まわしい話に、眉をひそめた。見ると、杉田朱美は這いつくばって動こうとしている。

(邪精を吸われても、死んだわけじゃない。じゃあ、唆魔多怪を放っておけば、新たな唆魔妖になるわけか)

「お前たち討魔衆は、唆魔多怪はまだ人間に戻せるから唆魔を浄化しようとする。しかし俺たち唆魔妖は人間としてはもう死んでるから、容赦なく俺たちを消そうとする。つまりお前たちは、俺たちの天敵だ。お前を活かしておくと、いずれ俺たちに災いをなす」

 牙羅蛇はそう言うと左手の蛇を向けた。石化泥が発射される。幻士郎はそれを切り飛ばすが、連続攻撃の数が多すぎた。


(香澄ちゃんが言ってた……薄く、障壁を作って防御する)

 幻士郎は方力の放出を操作し、自身を包むように炎の障壁を創り出した。泥弾が障壁に当たり、消滅していく。

「フン、石化弾を防御できたからって、いい気になるなよ!」

 そう言い放った牙羅蛇の姿が突然消える。と、幻士郎は真横に牙羅蛇の気配を感じた。

「――くっ!」

 幻士郎の顔面を狙った石化拳を、かろうじて幻士郎は躱した。いや、躱しきれずに、石拳が頬をかすめる。幻士郎はとっさに、牙羅蛇から距離をとった。


 牙羅蛇を睨みつけた途端、幻士郎の唇から血が滴った。幻士郎は懐刀を持ってない左手の甲で、口を拭った。牙羅蛇がその様子を見て、残忍な笑みを浮かべる。

「おい、可愛い顔が台無しだな? お前を唆魔多怪にして、たっぷり吸ってやろうか?」

「……そんな事ができるのか?」

「お前を弱らせて抵抗力が無くなったところで、俺の邪精を流し込む。その邪精はお前の中の悪意と結合して唆魔になる。そうすれば、お前も唆魔多怪になるのさ」

 また牙羅蛇が消えた。いや、今度は幻士郎には見えていた。牙羅蛇は足を蛇化し、それをうねらせて特別な速さで移動している。牙羅蛇が斜め後ろから伸ばしてきた蛇の腕を、幻士郎は懐刀で顔の横に受け流した。

(今、攻撃できる)


 受け流した懐刀を返して、そのまま牙羅蛇の首に斬りつける。炎をまとったその刃が首に僅かに斬り込んだ刹那、牙羅蛇が驚きに眼を見張った。

「クッ!」

 牙羅蛇は首を硬化すると同時に、素早い移動で離脱する。距離を取った牙羅蛇は、首を抑えて幻士郎を睨んでいた。

 牙羅蛇の視線をよそに、幻士郎は新たな事に気付いていた。

(剣術だ。小太刀でも、お爺ちゃんから習った火蓮真機流が使える)

 幻士郎が夢中になって使ったのは、火蓮真機流の『初学の太刀』にある『火炎返し』であった。


 本来なら相手の喉に対する突き技を、僅かに上に上げつつ顔の横に受け流し、間合いが詰まったところで横一文字に相手を斬る技である。

(落ち着け、相手の攻撃を見切れば、返し技も使える)

 牙羅蛇は左右に移動しながら接近してくる。不意に左手の蛇を幻士郎に向けた。蛇が口を開け、泥を吐き出す。

(火炎障壁)

 方力を薄く放出し、障壁を作る。幻士郎に当たる手前で、泥は焼失していった。幻士郎はその間にも牙羅蛇に接近し、突きを放った。


(中段の太刀、天降炎舞)

 真っすぐに放った突きが、相手の直前で垂直に跳ね上がる。突きを防御しようとした相手のがら空きになった脳天へ、渾身の一撃を見舞う中級の技であった。

「ムゥッ!」

 牙羅蛇は眼を大きく見開き、降ってきた懐刀を凝視した。懐刀が牙羅蛇の脳天を割る――かに思えた瞬間、懐刀はその頭頂部で止まった。方力を放出するが、火炎はそれ以上広がらない。

 牙羅蛇が不敵な笑みを浮かべた。


「生憎だが、相性が悪かったな。俺は魔力系で、五行では土行だ。五行相生で、火は土を生み出す。つまりお前の火は、俺にとっては養分になりこそすれ、相当の威力でも脅威にはならないのさ。ついでに言うとな、五行相克で土は水を克服する。あの女も、俺には相性最高の獲物だったのさ」

 そう言った途端、幻士郎は腹部に衝撃を受けた。牙羅蛇の石化拳が、幻士郎を襲っていたのだった。

「ぐぅっ」

 幻士郎は一瞬呻くと、その威力で吹っ飛ばされた。

 床を三転した後、幻士郎は腹這いの状態で牙羅蛇を睨む。牙羅蛇は勝ちを確信したような笑みを浮かべていた。

「どうあがいたって、お前もあの女も、俺に勝つことはできないんだよ! 自分の非力を呪って死ね!」


 牙羅蛇が泥弾を発射する。幻士郎は素早く身を起こすと、駆け出しながら泥弾を斬り潰す。牙羅蛇に急接近した幻士郎は、懐刀で斬りかかった。

「苦しいのか? 動きが鈍くなってるぞ!」

 牙羅蛇は足を変形させ、幻士郎の攻撃をことごとく躱す。幻士郎の焦りは頂点に達した。

(ならば、躱せない攻撃!)

 幻士郎は方力を高めると、広範囲の業火を一気に放射した。牙羅蛇の身体が火炎に包まれる。

「……どうだ…」

 方力を出し尽くす勢いで放出した幻士郎は、立っているのもぎりぎりの状況で炎の後を見た。しかし、その炎の消えた後には、牙羅蛇は余裕の表情でそこに立っていた。


「そ…んな……」

 呻く幻士郎に、牙羅蛇は薄笑いを浮かべた。

「ハン、やぶれかぶれの攻撃か。お前じゃあ、俺は討魔できないぜ」

「く……そ…」

 歯噛みしながら、既に立っていられない幻士郎は地面に倒れ込んだ。その額から方眼が消える。

「――というわけで、お前は殺しておく。死ね!」

 泥弾が連発で発射された。

(香澄ちゃん…ごめん)

 幻士郎が歯を喰いしばった瞬間、泥弾が何かに防がれて飛散した。

「なに? 誰だ!」

 牙羅蛇が見やった方へ、這いつくばった幻士郎も眼を向ける。

「……白川先生?」

 そこに現れたのは、担任の白川博子であった。



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