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まやかし幻士郎  作者: 佐藤遼空
第二話 水行氏、水杜香澄
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幻士郎の秘密

(――そりゃあ、お爺ちゃんと話がある訳だよねー)

 幻士郎は家に連れてきた香澄が、丁寧に幻雲に挨拶するのを見て、妙に納得した。

「お久しぶりです、幻雲様」

「あんたは…?」

 戸惑いを見せる幻雲に、香澄は微笑みを浮かべた。

「水杜香澄です」

「おお、水杜の娘御か! 大きくなったなあ」

 相好を崩した幻雲に対し、香澄は真面目な顔で口を開いた。

「幻雲様に、幻士郎くんの事でお話があります」

 幻雲も固い表情を浮かべる。皆は居間へと移動して対座した。


 香澄は幻士郎と並んで、幻士郎に起きたこれまでの経緯を明晰に説明した。幻雲は嘆息した。

「そうか……方眼が目覚めたか」

「はい。幻士郎くんの方眼は、珍しい『()(しん)(がん)』。潜在的な方力は相当のはずです。さっきまで、自分の方力の使い過ぎで歩くのもやっとでした」

 香澄は幻雲を見つめた。

「やっぱり…幻士郎くんは方力の使い方の修行を受けてないんですね?」

「うむ……」

 幻雲は渋い表情で頷いた。

「幻士郎の方力は、十六歳の誕生日まで、わしが抑え込んでいた」


「そうなの、お爺ちゃん?」

「うむ。しかし誕生日、やはり限界が来て、わしの方が倒れてしまった。あの日、お前は方眼が覚醒したのだろう?」

 幻士郎は頷いた後に、祖父に問うた。

「けど、どうしてそんな事したの?」

「お前の身を守るためだ。お前の方力を抑え込む必要があった。しかしいきなり方力に覚醒したら、方力が暴走するかもしれない。お前に渡した火蓮石の宝珠は、それを制御するためのものだ」

「そうだったの……」

 自分自身について無知なことに嘆息した幻士郎は、口を開いた。

「お爺ちゃん、魔明士って何? 何故、ぼくにそんな力があるの?」

 幻雲は、幻士郎を見つめた。

「お前の両親は……魔明士だった」


「お父さんと、お母さんが?」

「そうだ。そしてお前も、幼少期からその力の片りんを見せていた」

「ぼくが……?」

 驚く幻士郎に対し、香澄を言葉を加えた。

「紅道は火、火行の家柄。わたしは水、水行の家柄。魔明士は五行、つまり――木・火・土・金・水のどれかに特異な術を持っている。貴方は間違いなく、火行の方力の持ち主」

 新しい情報が多すぎて困惑する幻士郎は、とにかく最も聞きたい事を問うた。

「お爺ちゃん、六年前のお父さんの事件て、何?」

「それは――話せん」

「なんで?」

 幻雲は厳しい顔で、幻士郎を見つめた。


「事は魔明士全体の秘密に関わる事件だ。魔明士に関わる一般の人の記憶は全て消される。――お前が魔明士になるというのなら、それを知ってもいい。しかしお前が魔明士になるという事は、一ヶ月後の宗家戦で、他家の跡目候補と戦うという事を意味する」

「それが、あの二人だったのね」

 香澄は納得したように頷いた。赤羽揺介と火高あかり。幻士郎は、あの二人を想い出した。

「戦うって……何をするの?」

「魔明士としての実力を競うのが目的で、互いの跡目候補を潰すのが目的ではない。どういう方法でそれを競うかは、その時代によって様々だ。しかし――場合によっては、命を落とした例もある」

 幻士郎は息を呑んだ。

「そ…そんな事……」


「紅道家の跡取りであるお前が十六歳なると、宗家戦に参加する資格を有する。そして一ヶ月後に、宗家戦が行われることになっていた――」

「そんな大事なこと…どうして今まで話してくれなかったの?」

 幻士郎は祖父に訊いた。幻雲は、苦悩の表情を浮かべて答えた。

「お前が魔明士にならないなら……それでもいいと思っていた」

“ぼくねえ……将来、パティシエになりたいと思ってるんだけど”

 幻士郎の脳裏に、自分の言葉が甦った。

「魔明士にならなくとも、生きる道は沢山ある。お前はお前のやりたい事をやればいいし、現に跡取りが出ずに潰れた魔明士の家も沢山ある。時代が変わってきてるのだ」

「けど……ぼくが魔明士にならないと、お父さんたちの事を知ることはできないんだね?」

 幻雲は頷いた。


「魔明士にはなるとしても、宗家戦を辞退できないの?」

「駄目だ。宗家戦を辞退したり、あるいは手を抜いて戦う事は、魔明士を全うする気がないと見做される」

「そうなると…記憶を消される?」

 幻雲は黙って頷いた。

(そんな……ひどいよ。だって、ぼくのお父さんとお母さんのことだよ? どうしてぼくが知っちゃいけないんだよ。どうして戦わないと、知る事ですら許してもらえないの?)

幻士郎は俯いていたが、やがて肩を震わせると立ち上がった。

「そんなの――理不尽だよっ!」

 幻士郎は居間を飛び出すと、自分の部屋に駆け込んだ。


 幻士郎はベッドにうつ伏せになって、枕に顔を埋めていた。

(魔明士になるって事は、いつもあんな化け物になった人とかと戦うって事だ……)

 幻士郎はカメレオンと化した二階堂の事を想い出した。伸びる舌先で舐められた感触。その攻撃で大樹が傷つく様。

 さらに幻士郎は赤羽揺介と火高あかりの事を想い出した。

(それに、あの二人とも戦う…。そんな恐い事、ぼくにできるわけがない)

 幻士郎はそう考えながらも、もう一つの胸の想いに気付いていた。

(お父さんとお母さんが…魔明士だったなんて――。それに六年前の事件は…ただの交通事故じゃなかったんだ。一体、何があったの? 魔明士にならないと、それを知ることはできないの?)

 幻士郎は逡巡した。その時、部屋をノックする音が響いた。


「幻士郎くん、入っていい?」

 水杜香澄の声だった。

「…うん……」

 幻士郎は身体を起こすと、それだけ言った。ドアが開いて、香澄が入って来る。香澄はいたわるよう笑みを浮かべながら、幻士郎の隣に腰かけた。

「突然の話で…驚いたでしょう?」

「うん…。けど水杜さんは、前から知ってたんだね」

「そうね。わたしは水行氏の跡目だから」

「水杜さんは魔明士なんだよね? 恐くないの? あんな化け物と戦って」

「――恐いわ」

 香澄は少し息をついて言った。


「けど、唆魔に憑りつかれた人は、そのままにしておけば本当の魔物になってしまう。それは人間としての死を意味するの」

「死ぬの?」

「そう。それに魔に唆されて、人を殺した人も大勢いる。そうならないように、魔を明かして封じるのが魔明士。私も思い悩んだ時があったけど――自分のすべき事として覚悟を決めたわ」

 幻士郎は、そう言って微笑む香澄に感心した。

「水杜さんは強いね」

 そう言った幻士郎を、香澄が強い眼差しで見つめる。


「……わたしは、幻士郎くんが、魔明士にならなくても…」

「――ならなくても…?」

 その言葉の先を続けず、香澄は少しだけ首を傾けた。

「ね、幻士郎くん…本当にわたしのこと、全然覚えてないの?」

「うん……ごめんね。けど、きっと六年以上前に会ってたんだよね」

 香澄は、微笑して見せた。

「わたしが魔明士になろうと思ったのは、幻士郎くんに助けられたからなのよ」

 香澄はそう言って、幻士郎を見つめた。



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